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天牛名義考「種名考察編(しゅのなまえのことなど)」

<B-2> ベニカミキリと学名談義(1/2)


1. 竹藪後記

子供の頃, カミキリムシは半ば偶然に遭遇する昆虫だった. 厳密に生息地をねらって捕獲することなど考えてもいなかった. また, 紅色のカミキリムシなどは, その存在すら知らなかった.

それが, 『へなちょこ』* 1  に誘(いざな)われ, 2007年にベニカミキリを生まれてはじめて, しかも2月に竹藪に見出して以来, わたしの中でこのカミキリムシと竹藪とは分ちがたく結びついてしまった. 竹藪を見ても, それに赤い車を見ても, しばらくの間, 動悸が起こったのである.

だが, その年の6月13日のことである. 東隣にお住まいで, ご自宅の庭に花を絶やさない快活な A.I. さんが, こんなのがいたわよと届けてくれたのが, なんとベニカミキリだった. 花に来たのを素手で捕らえたという. 運動神経抜群なのである. いや, 問題はそーゆーことではない.

竹藪の夢に魘(うな)され続けた挙句, 2月にようやく手中にしたベニカミキリの重みがなんだか低減してしまった. 肌寒い時期に竹藪に長時間屈んでゴリゴリやらずとも, "かぐや姫" は春になれば向こうから花を訪ねてくるのであった !

それ以来, わたしは春先に竹藪に潜り込むことを止め, 庭に植えたガマズミやヤマボウシの開花を待ち望むようになった(冒頭の写真). ガマズミやヤマボウシの開花期には, 竹を寄主とするベニカミキリだけでなく, 広葉樹を寄主とする近縁種ヘリグロベニカミキリも来た*2.

左から, ベニカミキリa(♀ 9.Ⅵ.2013), b(♂ 9.Ⅵ.2013), c(♀ 13.Ⅶ.2013), d(♀ 22.Ⅵ.2015).
右端はヘリグロベニカミキリ(♀ 7.Ⅵ.2015).
a, b:庭のガマズミの花に来た. ♂は触角が長く体長を超える.
c:小淵沢で捕獲した体長21mmの巨大な個体.
d:庭で捕獲した個体. 鞘翅に朧げな小紋が一対あるが, 会合線はベニと変わらない.
ヘリグロベニは, 鞘翅に小紋一対があり, 会合線が黒ずむ.
竹ではなく広葉樹を寄主とする.
庭のクリの枯れ枝を折り割ったら中から成虫が出てきたこともあった.


図鑑によればベニカミキリは体長12.5-17mm*3  前胸背と鞘翅はその名のごとく濃い紅色. ただし, 前胸背には黒斑がある. 頭部, 触角および脚部と腹面は漆黒で, 紅色と見事なコントラストをなしている.

ベニカミキリの仲間には, 西日本に大型のモンクロベニカミキリが, また, 希少種としてムモンベニカミキリがいるらしいが, ずぼらなわたしにはそれらを求めて放浪する覇気はさらさらない.

2.学名談義・・・その1:二名法

生物種の国際的な登録に使用される学名(種名)は, ラテン語風に造語された2語で構成する規則になっている. 「二名法」というらしい.
種名 = 属名 + 種小名(しゅしょうめい)という次第だ.
ちなみに, ベニカミキリの学名は Purpuricenus temminckii *4*5 である.

日本だけで通用する「和名」では種名は1語だ. それでも学術的にはその上位に属名はある. ベニカミキリは ”ベニカミキリ属” . ここで「二名法」風にあえて属名を併記すると “ベニカミキリ ベニカミキリ” となる.
喝!! 和名で「二名法」を真似ても情報はちっとも増えないぞ.

属名は, その属に分類される(複数の)種に共通の名前だ. だから, もしそれがカミキリムシの何らかの特徴を示しているなら, その特徴は1つの種を超えて共通に備わっているはずである. いっぽう種小名は, 属に共通の特徴とはまた別の, しかし個体の個別性を超えた, 種に共通の特質を示しているに違いない.

こう考えると, 「二名法」を旨とする学名は, 「単名」の和名よりもカミキリムシの特徴を細かく表現できて合理的かもしれない. と, 命名の着眼への期待が高まるではないか. いったい, 命名者はカミキリムシのどんな特徴に目をつけて "名づけ" たのだろう. どきどき.

( <B-3>につづく. 次稿でいよいよ学名との対決です )

*1
市川和雄『へなちょこカミキリロード 初心者のためのカミキリ入門』, 随想社, 2006, pp.168-180.

*2
ベニとヘリグロベニは互いにこれほど外見が似ていて, 幼虫の食餌である寄主植物がまったく異なるというのが不思議といえば不思議だ. 生存上の競合を回避する "遺伝子の選択" だろうか.

*3
大林延夫, 新里達也『日本産カミキリムシ』, 東海大学出版会, 2007, p.474. に掲載されている値. これに比較して挿入写真の ベニカミキリ c が異様に大きいことがわかる(体長21mmは, 図鑑値17mmに対し約1.24倍, 面積にして約1.5倍, 体積にして約1.9倍. つまり, 体重が2倍弱ということになる).
飛翔中の姿が遠目にもあまりに大きいので, すわ, モンクロベニカミキリついに山梨上陸かと無我夢中で追跡, 捕獲した. 結果はかくの通りである.
わたしがカミキリムシ採集をはじめた2005年以降こんにちまで, 体長が図鑑値を超える種との遭遇は少なくない. 自然環境が変化しているらしい.

*4
学名では種名の字体をイタリック体(italic type)にする慣習がある. その趣旨は英文論文で本文と種名のアルファベットを区別するためという. Noteではイタリック体が選択できないけれども, 本文が日本語だから, 種名は立体(upright type)のままで充分際立ちます.

*5
プルプリケヌス=テミンキイイ. 発音はローマ字読みに近いが c字 は k音となるようだ. <B-3> にてこの種名の語源探索に挑戦します.


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