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天牛名義考「種名考察編(しゅのなまえのことなど)」

『天牛名義考』の <B>「種名考察編(しゅのなまえのことなど)」をスタートさせます。 こちらも <A> 同様, なかなか本題に入らない, 脇道寄りまくりの内容ですがご容赦願います。 しかも, <B-1> は初手から "名義考" そっちのけの採集譚です。 すみません。


<B-1> 竹林にベニカミキリを見出す


ベニカミキリ ♀  17.Ⅵ. 2012
秋に竹の一節の中で羽化し, そのまま竹の中で翌年の晩春〜初夏まで出番を待つ.
出現後はガマズミなどの花に飛来して花粉を食す.
鞘翅の鮮紅と, 六脚ほかの漆黒との対比が印象的だ. 体長は17mm程.


1.奇書拝見

 カミキリムシ採集家, 市川和雄⽒の奇書『へなちょこカミキリロード』*1  を読んだ. 2006 年秋だったかな. これが奇書たる所以は, ⽬指すカミキリムシを採集した時の, 著者のほとんど野獣的な感嘆詞が⽣々しく記載されている点だ.
「くおおぉぉぉぉぉぉっ」.
 
まあ, それはともかく, 同書によって, カミキリムシの中には冬でも成虫が採集できる種類のあるのを知った. たとえば, ベニカミキリである. 『へなちょこ』にその採集の詳しい逸話が載っていて, それにおおいに刺激を受けてわたしも探してみたくなった.

ベニカミキリの生態を某図鑑はおおよそ次のように解説する *2.
成虫は春から初夏にかけて活動し, 竹の傷, 裂け目などに産卵する. 幼虫はそのまま潜入して竹を内部から食害しながら越冬し, 翌年の盛夏に蛹化. 秋頃に羽化して成虫となるも, そのままもう一冬, 竹の中で過ごして翌春にようやく外に出る.

つまり, 採集のねらいは竹の中で春を待つ新生成虫だ. その⽵を割って⾒つかるなら, ベニカミキリはさしずめ "かぐや姫" である.

ただし, 竹林を探せばこの "かぐや姫" が必ず見つかるというものでもないらしく, 『へなちょこ』には遭遇までの苦労譚が縷々綴られている.

青々とした元気な竹よりも弱りかけた, どちらかといえば枯竹が好まれるとか, 竹はやや太めがよいとか, 竹の表面に小さな穴が開いている場合には中にいる可能性が高いとか, そんな竹を割ってみたら「きな粉」状の糞が出てきただけだったといった体験談の後に, 3度目の竹林探索でついに発見したという数頭の美しい写真が掲載されている. いいナ.


2.現(うつつ)か夢か

『へなちょこ』の該当⾴を何度も読み返しながら, ⼿近なところに⽵林はないものかと, それ以来, 折々に気をつけていた.

山梨の家から⾞で10分ほどのところに鎌倉時代の⽯造⿃居があるというので, とある神社まで出かけた時のことである. ⼈家の近くながらひっそりとたたずむ社殿の背後は荒れた⽵藪だ. よし, ここだと見定めて, 早速, ⽵を割る鉈や作業⽤の⼿袋なぞを買い込み, 翌年早々の探索を思い描いて日々を送った.

ある日, いよいよ今⽇こそと意を決してその⽵藪に出かけると, どういうわけか神社の周囲に⼈だかりがしている. どきどきしながら近づいてみると, 驚いたことに皆がカミキリムシ採集のために集まっているのだった.

灯明が晃々と照らす社殿内には, 採集成果を⾒せ合っている者もいる. だれかの⼿から逃げ出して飛び回っているカミキリムシもいる.

これは遅れをとったと, 顔⾯蒼⽩になりながらも社殿裏の⽵藪に⾜を向けたはいいが, 事前に買いそろえた鉈をはじめとする採集道具はなぜか⼿元にない. わたしは蓋もない空瓶みたいなものを拾って⽚⼿に握っているだけなのだ. あまりの情けなさに茫然としたところで⽬が覚めた.

これは東京の家でみた夢だった.

この話を妻にしたら⼤笑いされて, そういえば山梨の家の⽬と⿐の先に廃屋があって, その裏に⽵藪があると教えられた.

灯台下暗し. 次の⼭梨⾏を待ちきれない思いで, しばらくは東京で⽇を送った. すると, それまで全く意識していなかったのだが, 東京の家の庭の東南隅にも⽵が数本あることに気がついた.

これまた灯台下暗しとばかりに, 今度こそぴかぴかの鉈を持ち出して庭に出てみると, どれも⻘々とした元気な若⽵ばかりだった. ああ, ここにはいないなと鉈も使わぬうちにがっかりしたら, ⽬が覚めた.

⽵なぞは昔からこの庭にはないし, 鉈も⼭梨に置いたままなのである. 「⽬と⿐の先に」という妻の言葉が, わたしの脳に深く刻印されて結んだ夢だった.

かように, しばらくは現(うつつ)か夢か判然としない⽇々が続いたのである.


3.いざ⽵藪

いろいろあったが, 2007年2⽉3⽇, 前夜から⼭梨⼊りして朝を迎えた. さっそく近所の廃屋の⽵藪を確認し, 鉈と容器とを持ち出して探索開始だ. 今度こそ覚醒状態である.

2〜3⽇前に降ったという雪が枯芒の根元のところどころに残る, ⾜場の悪い狭い空き地を抜けて, ⿊ずんだ廃屋に近づいて⾏く. ⽵藪といっても⼩さなもので, しかも相当に荒れている.

⽵はクロタケと呼ばれる種類で, 表⽪は筋状に⿊みがかった紫⾊. 元気なものもあれば折れて枯れているものもあり, ずいぶん前に伐採されて放置されているものもある.

枯れたままに傾いている⽵が⾏く⼿を阻むから, 鉈で払っていく. これはと思う枯⽵は思いのほか固い. 鉈の背の鋸で, 節と節の間にいちいち切れ⽬をつけてから丁寧に折り割って中を覗き込んでみるが, どれも空洞だ.

1時間ほどやって, ああ, これが『へなちょこ』の書くところの「きな粉」状の糞か, と思しきものに⾏き当たった. が, カミキリムシは⾒つからない. 膝も腰も腕も疲れてきたのでこの1本が最後の竹と思いつつ, ごりごり切れ⽬を付けていたら, その振動で切れ⽬の上にある節のあたりから「きな粉」状の糞がこぼれ落ちた.

ああ, またかと思いながら, その眼の端を何か鮮やかな⾊彩が掠めたのを⾒過ごして, ん? と, あらためて眼をやる.

ベニカミキリだった. 竹の節の近く, 糞で塞がれていた扁平な⽳が開放され, 潜んでいた個体が滑り出て紅⾊の半⾝を現わしたのだった. 糞がらみでやや幻想性を欠くものの, "かぐや姫" との対面である.

ベニカミキリ ♂
初めての, しかも2月の⽵藪での出会い. ⽵の粉に塗(まみ)れている.
2007 年当時の携帯電話のカメラ機能を使った応急撮影で, 画質が悪い.


(次稿 <B-2> につづく. そこでは "名義考" が展開します)


*1
市川和雄『へなちょこカミキリロード 初⼼者のためのカミキリ⼊⾨』, 随想社, 2006, pp.168-180.

*2
⼩島圭三, 林 匡夫『原⾊⽇本昆⾍⽣態図鑑Ⅰカミキリ編』, 保育社, 1969, p.88.



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