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「日の出の要塞」


*キャプション
 四囲にソ軍 虎視眈々
 動を静めて
 満を持す
 友軍トーチカ

 日ソ戦第一歩
 「日之出山」の要塞


 広い、なだらかな起伏のある斜面のあちこちに、円型の草の生えた人工の小山、200m、300mの不等間隔に砂をまいたように、点在していてすぐに
トーチカがあることが判別された。
 外からは、段を少々下り奥に入るようになっていた。
 中に入ると、床にはぎっしりと缶詰がしきつめてあり、その上に干し草を敷きつめ、又、コンクリの壁際には、小銃、軽機の弾薬箱、手弾弾などの弾薬箱が積んであった。
 最初は、足の下に缶詰があるとは気がつかなかった。
 煙が立ち登るとすぐに、ソ軍の戦闘機に急降下して射撃されても、やはり、たまり水で米をとぎ、飯盒でご飯を炊き、こうあんマグロの味噌汁が皆から喜ばれた。
 缶詰のあることは、2日ぐらいしてから聞かされた。古兵連中は勿論知ってはいたが誰も手をつけようとはしなかった。
 そして、中の銃眼からは、実に遠方までよく見えた。
1つのトーチカには、1個分隊の10名入っていたように思うが、夜になると誰も外に出て草の上で星を眺めて休み、涼しくなったら中に入ったように覚えている。

 そして、この日の出山にいる時、五叉満の町や兵舎が猛爆を受けているのがすぐそこのように見えた。
 ソ軍の爆撃機が角度を下にし、こんどは、少し上向きになった後、物すごい勢いで黒煙が真っすぐに立ち上がるのが何10本となく見えた。「あれでは、地球が変型する。」と話し合っていた。
 ソ軍機は、爆撃と同時に宜伝ビラもまいていた。そのビラを拾ってきた兵隊が皆に見せていた。(五叉溝の兵舎から、8月9日の夜、全員一斉に出動したのではなく、2、3日まだ少し残っていたようである)
 ビラの第1行目に、大きな文字で、『東北健児の皆さんに告げる。』とあった。
 ソ軍側では、ここの守備をしている部隊は、東北出身の兵が主力だということを既に察知していたのであった。

 ここの、日の出山では、トーチカから別のトーチカへ色々な内容の伝令には度々出されたが、空と陸の両面で、ひやひやの思い出を残してきた。
 有鉄線の張ってある近くで軍犬が歩いていた。この軍犬、有刺鉄線の向こうの松林に1番近いトーチカから出入りし、走っている日本兵を利用して訓練されていたらしかった。
 このセパードは、走るのではなく飛んでいるようで、その速いこと、走り出したと思ったらもう私の横にきていた。係の兵が何か言った。すると、私の行く前方をさえぎるようなかっこうで、べったりと、まるで棒のように一直線になって腹と足も手ものばし、私の方を向き、舌をだらりとだし、ハアッ、ハアッとやっていた。
 帰りに向こうの松林を見たら、トーチカの入口の壕の近くで係の兵と共に3匹も4匹もこちらを向き、お尻だけ地につけてすわっていた。
 もとより、トーチカからはすぐに出てはならない。まず空を見て、ソ軍の戦闘機の有無を確認することが第一である。
 走るから追いかけられる。歩いたらどうか、と特にいそがずに歩きだし、もう少して私のトーチカという時、犬の係の兵が「走れ!」と怒鳴った。その瞬間のひらめき、私の敵は誰か。犬ころではない。夢中で走る後から、ソ軍の戦闘機の爆音が追っかけてきた。が、間一発の差、トーチカに頭より飛びこみ、壕の階段の上から下までそのまますべりこんだ。
 急行下し、すぐに急上昇、頭上で宙返りする時の独特の、キーンというかん高い金属音を残し、2回もくり返し、入口を狙い銃集された。
 音が過ぎたら頭を出し、機影が視界から消え去るまでながめた。
 戦闘機に狙われたらいい気はしない。はじめは、射撃し終えた飛行機が、機首を上にし、キーンと音が遠のいたら、すうっと、首をもたげ、もたげたと思ったら、パ、パ、パンと2・3発の発射音で又びっくりして首をひっこめていた。
 発射の音は、後から聞えてくることは誰も知っている。理屈では分っていても、現実に弾が飛んでくるという場では、音によって再び身を隠そうとするのは、どうにもならない人間の弱さかもしれない。

 だが、銃撃での被害はあまり聞かなかった。空の動く場所から、動く標的を狙うのだから命中率が悪いのだろうと思っていた。
 松林は、1mぐらいの松が延々と植林してあり、その松林のすぐ手前には、50cmぐらいの高さの杭に有刺鉄線が二重三重に張りめぐらされていた。「この松林の近くには絶対に近よるな。」と、これが、日の出山に到着した時の第1番目の訓辞だった。
 「昨夜(昭和20年8月9日のこと)のうちに、この有刺鉄線に沿うて、地雷の設が完了した。これは、軍の極秘通達である。」とその理由の説明もあった。

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キンクーマ(祖父のシベリア抑留体験記)
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