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【夜盲症】
オーテーテ
ツーナイデ♪
夜盲症の便所行
ご苦労さん
不寝番殿
北朝鮮の古茂山、富寧(共に咸鏡北道)では、炊事は各隊毎の飯盒炊さんだったが、主食はいつもポーミー(とうもろこし)しかなかった。
ポーミーを一晩水にひたしたり、石の上でこまかく砕いたりして炊いても、やはりポーミーはポーミー。その固いごりごりが、いささかの変化を示すわけでもない。無理して喉を通しても、もともとが牛馬の飼料としてのポーミーを胃や腸の内部構造の違う人間が横取りしても受けつけるはずもない。
「消化不良→猛烈な下痢」というのが定石どおりの筋書きだった。
満洲国では、そこの地方人がこれを食べる時には、弱いとろ火で1日かかって大鍋一ぱいも炊くそうだが、ここではそんなのんびりしたことはできないから、どうしても、強い火でゆであげただけのことになっていた。
しまいには、腹が減っても食欲はわかなかった。
長期に渡ってポーミーとあかざの塩汁だけの食事が続いてから、三合里面の収容所に移動したのだが、その献立で栄養失調にならないのがおかしいくらいだ。
三合里の収容所に到着してから間もなくのこと、私達といっしょに富寧より移動してきた集団の中から、一斉に、おびただしい夜盲症患者が続出した。
俗にいう、猫も杓子もという調子で、かからない兵が少ないくらいだった。そのために、夜間、夜盲症患者のための便所案内の不寝番が急きょ設けられた。
「不寝番殿。」と呼ばれたら、起き上って待っているその夜盲症患者の手を引いて便所まで連れていってやり、用がすんだらもとの場所まで連れて帰ってやることがその任務だった。
夜盲症
『とりめ』のこと。ビタミンAの不足が原因。
夜盲症患者には、粒の粗い黄粉が大さじに1杯ずつ、朝食のあとであてがわれていた。それがビタミンAの不足には最高の特効薬らしく、早い者では3日ぐらい、遅い者でも1週間もしたら直っていた。
私も1回だけこの不寝番をしたがすぐに夜盲症さわぎは終了した。
この夜盲症は一斉に出てさっと引いてしまったが、後日、病棟に入室してみたら病棟にも夜盲症の兵がした。
しかし、病棟は、室内は勿論のことだが、便所にも明るい電灯がついていて、中隊のように薄暗い電球ではなかった。だからここでは夜盲症のための不寝番はいなかった。
三合里の収容所は広い演習場を囲った中にあって、至る所に草むらがあった。
朝早くから起こされて草むらを探し、蛙を捕まえたりした。
その蛙の皮をはいで、塩をふりかけ、湯わかし場の火で焼いて食べたことがあるが、どうも、この仲間の中からは誰も夜盲症はでなかったようだ。
結果的に、蛙が夜盲症の防止に一役かっていたようだった。
ビタミンAの不足を補うために蛙がいいから捕えようという気の利いた発想をするような連中には思えない。何分にもたいくつな身のもてあましの末の着眼点のゆくところが蛙になったまでのことである。
若い仲間のだれかが、ここは蛙がいっぱいいるそうだ、足だけしか肉はないそうだが焼いて食べるとうまいもんで、先着の兵が相当荒したらしいが、まだ早朝だといくらでもいるという話を持ちこんできた。
早速眠いのを起されて、露の草むらを探しに出た。
行ってみると、話題以上だったのは蛙を探しにきている兵の数で、お目あての獲物の方は話の半分どころか、下半身露でびっしり濡らしてやっと1匹だった。
深い草むらの中で、蛙よりも蛇が出そうで気味が悪かった。蛙は夜行性ではない、無理して朝の早いより、日中の方がよく捕えることができた。
蛙こそ迷惑だったろうが、物音に驚いたり餌を追っかけたりして、うっかりぴょんぴょんとやって探索中の兵の眼にとまったらもうそれで第一巻の終了。
別に他に、これだけはしないといけないという定職も仕事もない連中だけしかいないから、捕えるまでは追っかけていた。どこまでも追うその執念に対し蛙は逃げられはしない。1度その味を覚えている、ひまと体をもてあました人間にかかったらもう最期である。
それどころか、人によっては蛇でさえ見つけたら、必死になって逃げようとした努力が無駄なあがきに終っていた。
穴に入ればスコップを持ってきてそのまわりを掘りおこしたり、石をおしのけたりしてつまみ出し、すぐに皮をはいでいた。
まわりの人垣を意に介するものではなく、手馴れた手つきでやっていた。
ここ北鮮では、蛙の天敵は蛇ではなく『人間』!
蛇の天敵はマングースではなく、これもまたまぎれもなく『人間』!
自然破壊も人間なら、文明を破壊するのも人間、いつの時代でも、人間が天敵となっているものが少々多すぎるようだ。
だが、手のこんだ小細工をして、夜盲症患者だと自称していた兵が夜間に逃亡したという人騒がせなお粗末劇があったが、人に迷惑をかけっぱなしのこういう自己本位の手あいには、何らかの天敵や天罰があってほしいと思った。
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