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姉。

私は小学生の頃まで、クラスの中でも背が低い方で、整列した時いつも真ん中より前だった。でも姉はもっと小さかった。
姉が幼稚園の時の集合写真を見ると、背が低い子達が1番前に座って写っているが、その中でも頭が一段低いのが姉だった。

姉が小学校1、2年生頃の話。
体育の授業で跳び箱を、姉は小さい体ながら誰よりもよく跳んだ。
教室で先生はみんなの前で褒めたらしい。小さい体でポンポンとよく跳ぶ、と。
私ならすごく嬉しい事なのだが、姉は「そんな事をなんでみんなの前で言うの。めちゃくちゃ腹立つ!」と怒ったのだ。
小学校1、2年の子がそれで怒る?“みんなの前で言われて恥ずかしいわ”ではなく、怒る?
この話は随分後になって姉から直接聞いたけど、この人は何で喜ぶんだろう、と思った。

姉が中学生の時、母がものすごい剣幕で怒っていた光景が忘れられない。
私が友達と遊んで家に帰ってきたら、家中に異様な空気が漂っていたのを感じた。なになに?
すると、2階の私たちの部屋でなにやら騒動が起こっていた。
事の起こりは私は知らない。が、姉が大声で「私はお母ちゃんのレールに乗せられたんや!」と言っている。
げげっ!なに言うねん!
次の瞬間母は「レールに乗せな、アンタは何もでけんやろっ!」と、いつもより大声で怒鳴りながら、姉が大切にしていたLPレコードを思いっきり姉の机に何度も何度も叩きつけてバキバキに割った。
お、恐ろし…
私が母に怒られて泣いていても慰めの言葉一つかけず、薄ら笑いしている姉。
私もまた姉に対して同情する気もなく、ただ、(お母ちゃんに向かってそんなこと言うからやん)と。なんなら(アホちゃうか)とも思っていた。
母には何を言われても、何をされても、嵐が去るのをただひたすら待つのだ。
ところが姉は思ってることをそのまま口にしたのだ。
姉が唯一母に反抗した瞬間だった。
そのあとは、それまでと何一つ変わらず、お利口さんの姉、母の小型版に戻っていた。

母がよく話すエピソードがある。姉と私の性格がいかに違うか、という話。
姉の場合。
母は雨が降っていることに気付き、傘を持って行ってない姉を心配して、傘を持って小学校まで急いで迎えに行った。すると、誰もいない教室に泣きべそをかいた姉がポツンと居たらしい。
私が小学校に入った時、同じ事が起こった。
姉の時のこともあり、傘を持ってまた学校まで急いだ。が、その途中で黄色い傘をクルクル回しながら呑気に歩いてる小学生とすれ違う。それは私だった。
姉と私は通っていた小学校が違う。私の学校では各クラスに学校が置き傘を準備していた。傘を忘れた子、持ってきていない子はその傘を借りて帰れるのだ。
姉のクラスにそんな置き傘があったのか無かったのかは知らないけど、私なら、もし傘が無かったとしても、友達に入れてもらうなりして、母を待つ事なく1人で帰っただろう。

母は、姉には自分がいなければ何もできない子だと思っている。
子供の時だけではなく、大人になっても常に指示してくる。その言い方も優しい物言いではなく、「◯◯しとき!」と、言葉が強い。
「せやから◯◯しとけって言うたやろ!言う通りにしとけへんからや!」と、なる。大人になっても、いくつになっても、母の呪縛から逃れられない。
それを真っ向から受けてしまってるのが姉なのだ。

私たち姉妹は仲が悪かったが、いつの頃からか私は姉が可哀想で仕方なかった。
と、言いながら大人になっても相変わらず私には辛辣な姉だったので、付かず離れずの距離を私は意識していたけど。


姉が崇拝する母。
姉が心配で心配で仕方ない母。


それが崩れる日が来るとは思ってもみなかった。




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