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完全挙手制の恋愛(5)


「やっぱり!私は、たけのこの里が良かった」

って言ってくる彼女。しつこくもなく

悪意もないのだけど、ドドドどことなく心のどこかで

こっちがつまずいたんだ。

「こっち?そっち?どっち?そこ?どこ?ここ?あれ?だれ?なに?それ」

僕のせいだって自分を悪役にすると腑に落ちるスッキリしない案件。そんな風に僕をキープしていたらいいさ

そして彼女はいつもなんでこんな時まで、さりげなく僕をつっつくんだろう。きっと女王になりたいんだな。この女王蟻。僕の人生を食い尽くせゲシュタポクイーン。

「こっち?そっち?どっち?そこ?どこ?ここ?あれ?だれ?なに?それ」

雨の日は一緒に一つの傘に入ろう。

晴れた暑い日はチョコレートの溶けたきのこの山のビスケット部分を食べて

「こっち?そっち?どっち?そこ?どこ?ここ?あれ?だれ?なに?それ」

これじゃあ”棒になった男”じゃんって言おう。

安部公房のご奉公
ほっこほっこ歩行者天国、ふるぼっこ。

だなんて。親父ギャグを言い合おう。

「こっち?そっち?どっち?そこ?どこ?ここ?あれ?だれ?なに?それ」


「今までのお笑い芸人のなかで、1番面白い笑いをやります。」


覇気のない廊下。華のない安芸人。女をとるのか、身を張るのかを迷い続けている女芸人。やる気のないスタッフ。関係者ぶった関係者。

そんな事を心の中で愚痴ってからだろう。

バチが当たった。

浅草駅前で路上ライブをして稼いだお金を、3階の楽屋席、到着間近で落としてしまった。チップがジャラジャラと鳴り響いた。頭を地面につけるくらいに低くして、超高速でジャラセンを拾い集めた。

ヤバい。一般の僕が、モグリこんだのがバレる

当然のごとく、怪しまれ、警備員に身分を訊ねられそうになったが

マスクをスタッフパスに見せかけて、体育座りで席についた。すると警備員は

「あっ!あれ、お笑い芸人か。なーんだ」

ってな感じ。セキュリティーは去って行った。

あっ、孫次郎みっけ!おーい

「孫次郎!久しぶりやん」

って声をかけたら

「あのう、自分、孫次郎じゃないっす。あっ!貴方様は、大阪のプロダクションの方ですか?関係者にしか渡していないコントDVDです。ぜひに!どうぞ」

って言って、なんか受け取ってしまった。

(あとで家で観たら、ちゃんと焼けてなかったぞ)

あーとことん、珍事件が起こるわ今日。

遠くに孫次郎がいた。100組以上の男女芸人を掻き分け掻き分け、孫次郎のもとへ。

「今までのお笑い芸人のなかで、1番面白い笑いをやります。」

雷門の赤提灯のように、火が灯ったこの心。

「明日飲みにいこうよ」

メモを投げた。

ファインプレー。キセキのキャッチ。孫次郎。

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僕は上野美術館に行って、28歳で死んだ画家の展覧会で時間を潰した。10代前半の女の子たちの絵をたくさん描いたらしいが、政府に目をつけられて、ポルノ作品とみなされては、絵を没収され、燃やされちゃったらしい。

画家の名前はたしか、「エゴ・ンサレス・シーレ」

っだっけなぁ僕は絵を観るとき、描くように観るんだ。
そして1箇所をじっと長時間眺めるんだ。

君だって、そうされたいだろ



あっ!いや、なんでもない。なんでもない。

いきなりだった。あめんぼが水中に沈む以上の衝撃。警備員のおじさんに注意されたんだ。

「こらこら順路ですから歩いてください」

「えっ?絵は立ち止まって観るもんでしょう?」

「駄目です。ルールを守って。和を乱さないで」

「はっ!絵の見方にルールなんかあるかよ」

「ほらほら、ここに書いてあるでしょう?」

「もっとラフでいいじゃん!裸婦画だけに」

「出禁です。上野美術館」

「シーレの展覧会で真面目にされてもなあ」

チーーーーーーンチン。電話がなった。

「よはつさん?都会の森で迷子になってません?待ち合わせ時間過ぎてますけど。上野公園にいますよー。階段の下に噴水あるとこ、わかりますー?」

「わかるよ。ちなみに僕ね、中学校の頃のあだ名が、上野由紀子なんだ。女の子だよ。ソフトボール選手。顔がきっと僕と似てたんだよ。上野由紀子」

「えっ!あーなんの話です?上野がなんかって?上野なんですかー?」

「上野美術館で変質者扱いされたよ」

「上野がなんすか?あっ!あれですか?街中で上野!あー!?上野樹里みたとか?」

「今までのお笑い芸人のなかで、1番面白い笑いをやります。」


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