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完全挙手制の恋愛(2)


僕は君の奴隷になるさ。
なぜなら人類は鶏の奴隷だからさ。
君も僕もニワトリの支配から逃れられない。

「人より、鶏の数の方が多いなんて、なんだか皮肉。地球が滅んだら、トリは宇宙空間へ、飛び出すよ。火星に移住すんだろな」

初めての東京ライブは地獄だった。

アコースティックギターを背負って、空を見上げてるだけで、街行く人に笑われた。

不幸は重なるものだしかし

東京から帰った週の暮れ、納車予定日に事件が起きた。

手に入るはずだった新車が置いてあった場所の屋根が落ちて。車がボコボコに凹んでしまった。新しい車にした理由は、妻が20トントラックに居眠り運転でぶつかられて廃車にしたことがきっかけだから、驚きだ。

世間は僕と妻の幸せを憎んでいるのだろうか。

それはタバコを吸って吐いた煙が自分に向かっておおいかぶさってきた時のよう。

ふと独身時代を思い出した。

その頃の僕は、アルバイトの掛け持ち生活。

暮らしはまるでカンディンスキーの抽象絵画のよう。やることなすことが複雑に入り組んでいた。

学童保育のバイトは心の救いであり、それは男の免罪符。子どもたちと歌い、ダンスをして、一緒に時間を過ごして、へとへとになって団地沿いの夜道を歩いて帰る。そんなときにその野郎が部屋にいて、カップラーメン臭いリビングに入ると、ブン殴りたくなる。

仕事をしながら、次のレコーディングの計画を進めていただけに、僕のストレスはピークだった。

ちっとは精をだして働け青年。その男の名は本田宗一。エレキ。ベース弾く男。桑名正博のバックバンドだったことを自慢しやがる幸の薄いセミプロミュージシャン。僕の家にいそろうしては、穀潰し。いつもヘラヘラしている。おまけに冷蔵庫に入っている。キンキンのサッポロビールを勝手に飲みやがる。発泡酒を飲めといっても、缶ビールばかり開けやがる、身分の高いボンだ。いや、ボンが二つのボンボンだ。一服しては一階にある居酒屋で、たむろしてまた上がってきて、その家にて夜を明かす。女たちは呼んだ。宗一のことを「そうちゃん」と。4流男を甘やかすな。

宗一の仲間たちと夜のドライブをしたことがある。その時、エロ本を買うため国道2号線沿いにあるローソンに寄った。みんな沢山の酒を飲んでいた。芋焼酎、赤猿の水割りだ。僕にはたくさんルールがある。弁当や夜食はUbereats。あまり使いもしないコンドームはAmazonで買うと決めていたが、思いつきで夜のコンビニで買った。そんな日に限って、女の店員だ。恥ずい。僕は宗一が、トイレで気張ってることを忘れて車を発進させてしまった。温泉街に着く手前、宗一が車に乗っていないことに気づいたものだった。わざとらしいハプニングは賞味期限切れのナスの漬物みたいだ。不自然で歯切れが悪く、あまりに面白くなかった。しかし不思議なことだが、宗一との間に起きたハプニングは、いつも快い笑いに満ちていた。海にも滝にも先に飛び込むのは、いつもそいつだった。アバウトな言葉遣い。

そんな宗一には取り柄があった。全人類の誰よりも優れた鍋奉行だという事。冬の夜の窓をあけて、ぼくたちはよく、ビーチボーイズの(I love you baby)を歌った。近所迷惑だとわかっていたが、なんせ他人であってもひとりびとりに、愛を届けたかった。

孤高なエゴは時に愛につながる。

僕が顔を赤らめながら、好きな女の話をすると、宗一は一つの物語りを聞かせてくれた。

私は川べりに舟を浮かべ、ハニーのいる部屋まで
オールを漕いだ。ホテルは川沿いにある水色の建物だ。私は壁伝いに自分たちが泊まっている部屋にボートごと近づいた。そして部屋の窓をホウキで叩いて妻をよぶ。その間にギターのチューニングをして部屋の窓から妻が顔を出したとき、一曲サプライズソングを贈るつもりだ。しばらく待っても反応がない。いたたまれなくなり、ギターを片手にボートの上で歌い出した。アレルヤ。すると窓が突然開いて、大きな銃声が3度なった。かと思うと私の胸部に一つの穴が空いていた。私は、妻に撃たれたのだ。

恋愛は、いくつかのサインによって
成り立っていると想う。物が落ちてひろったり、相手の誕生日だったり、ぼくの苗字だったり、色合いや、ワンポイント、メーカー。ちょっとした微かな小さき兆しが、不確かな赤い糸を確かにつないでいたように思う。



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