カツどん と 力うどん
学生時代 個人の方が経営されている「蕎麦・うどん」屋さんで バイトをしました。
一階が店舗で 二階がお住まいになっている アットホームなお店でした。
御主人は 一見 職人気質で頑固親父・風。
面接に伺った時 挨拶をしただけで 仕事内容や勤務時間のことなどを話しをしたのは 恰幅のいい 笑顔の素敵な奥様だけでした。
どうしよう…御主人が怖かったらいやだなぁ…と瞬間的に感じました。
今と比べものにならない程(⁈)引っ込み思案で 恥ずかしがり屋だった私。
スンナリと採用は決まり 早速翌週からシフトが入るのでした。
私の他に パートのオバ様が1人いましたが その人は 週末の夜が多くて ほとんどご一緒する事がなく 平日の昼〜夕方がシフトの私は 御主人と奥様と三人でお店に立っていました。
テーブルが6つに 小上がりが少しの 本当にアットホームなお店ですが 幹線道路に面していたために 食事時はいつも混み合うのでした。
細々した決まりや手順は 奥様が優しく教えてくださって ドキドキしながらも なんとか形になっていきました。
御主人は作るのが専門なので 表には出てきません。お客さんがお帰りになる時だけ 「ありがとうございましたぁ!」と大きな声で言われるだけでした。
常連さんは優しい方が多く 私に「板わさお願いね!」と注文された方がいました。
初めて聞いた「板わさ」と言う言葉が 何のことかわからず ポカ〜ンと立ち尽くす私に 「ゴメンゴメン!カマボコだよ!カマボコ!酒飲めない歳の子は 〝板わさ“なんて言わないもんなぁ アハハ!」なんて言って 物知らずな私を 庇ってくださるのでした。
夏前に採用されて なんとか慣れてきた冬に 私は オーダーミスをしました。
注文は カツどん
御主人が作ったのは 力うどん。
(力うどん とは 透き通ったお出汁のうどんの上に 網で焼き目をつけた 角切りのお餅が1つのったメニューです。)
注文の通し方は 当時は手書きの伝票でした。丁寧に書いたつもりでしたが 御主人には伝わらなかったのです。
勿論直ぐに説明して 謝って 正しくカツどん を作ってもらって お客様には提供しました。
でも 作ってしまった 力うどん…どうしよう。
とても美味しそうなのに。熱々で 湯気がたってます。あと30分ほどすると 私の休憩なので そのまま取っておいてもらって 私が買い取ろうか…。いろいろな事を考えていると 奥様が「気にしなくていいのよ。あとで私がお昼に食べるから。大丈夫よ!」
と言って下さいました。
そのうちに私の休憩時間になりました。
いつも お昼ご飯として メニューの中から どれでも一つを御主人にお願いすると 賄いとして作ってもらえる事になっていました。
この日は自分でも心がションボリしているし とても「コレを作って下さい。」なんて自分からは言えないと考えていました。
すると 御主人が「今日は カツどん 食べてみてよ。まだ食べた事無かったでしょ?カツ 平気だよね?」と言ってくださって 熱々で ご飯も炊きたての大盛りを用意して下さいました。
私はお礼を言うのが精一杯で 残さない様に 一生懸命味わって それはやっぱり本当に美味しくて 胸もいっぱいで 精一杯早く食べて仕事に戻るのでした。
そして御主人に いつも通り「ご馳走様でした。とても美味しかったです。」と言えたのでした
残念ながら 学校の授業の都合で そのバイト先は長く続けられませんでした。
あの時 間違えてしまったオーダー。
朝早くから 御主人がお出汁を取って 麺を打っているのを知っているから 無駄にしてはいけないと 強く思いました。
でも どうしたら良いのかが分かりませんでした。
御主人も 全く私を責めず 賄いで カツどんを作って 逆に美味しさを教えて下さいました。
今はもう伺うことはない そのお店。
私がずっと忘れない オーダーミスと 『力うどん』という初めて知ったメニュー。
本当に優しかった 蕎麦・うどん屋の御主人と奥様の話しでした。