”なりわい暮らし”の提案と大家という仕事について
1月30日、ユーミーさんとの打ち合わせ。
ユーミーグループ丸山アーバンの長村さんが提案してくれた構想は、「TSUBANA」のような”なりわい暮らし”のアパートでした。駐車場の細長い敷地に長屋風のメゾネットタイプのアパートを建て、近くの駐車場にはカフェやコンテナの店舗をつくって、一帯で賑わいを創出してはという案でした。
1月12日のツアーでいろいろなコミュニティ賃貸を見学したなかで、「BRANCHE」のような無垢材の床と漆喰の壁のシンプルで上品なテラスハウスで十分じゃないかという気持ちもあったので、”なりわい暮らし”という提案は「できるだろうか?」という不安の方が大きく感じられました。
それでも、とりあえずこの案を見ながら、道沿いには1階をカフェなどの店舗、2階をコワーキングスペース&一棚書店とする棟をくっつけるのはどうかといった検討をしました。
その後、長村さんから、藤沢市に住んでいる一級建築士の早川慶太さんにも設計をお願いすることを考えているとの話があり、翌週、湘南モールフィル行われるイベントに早川さんも来るのでそこで挨拶することにしました。
この日は、とりあえず”なりわい暮らし”の提案を受けて、持ち帰って考えるということになりました。
帰ってから、ネットで現代風の長屋を調べてみると、結構、全国にうまくいっている長屋があるようで、1階で”小商い”ができるようなメゾネットというのも「アリ」なのかと思ったりもしました。しかしながら、”小商い”をしたい人がどれだけいるんだろうかという疑問は拭えず、考えがまとまらないながらも、とりあえずその方向で考えてみようかという感じで、進むことにしました。
そして2月4日、湘南モールフィルで神奈川県建築士事務所協会の藤沢支部が主催する「ふじさわ建築しごと展2024」に夫婦2人で伺い、出展している建築家の早川さんに挨拶しました。
早川さんのブースでは、横浜市の金沢区にある「八景市場」という、小商いができるメゾネットタイプの賃貸アパート「八景市場」が紹介されていて、今、イメージしている物件にぴったりだなと感じました。また、早川さんの木造の自宅の紹介もあり、そちらもセンスのいい建物だなと思いました。
それも、長村さんが相応しい建築家を選んでくれたからではあるのでしょうが、早川さん本人もとても感じがよく、小商いのコミュニティ賃貸を検討していこうと思いました。
また、2月2日には改めて「Cの辺り」を訪れました。
今回は、美砂子さんだけでなく一彦さんにも時間をいただき、話をさせてもらいました。”なりわい暮らし”の賃貸アパートの話をすると、「とても面白そう、いい物件になるといいですね」といったことをおっしゃっていただき、コワーキング&一棚ライブラリーについては、人を雇っては運営が赤字になるといった話もうかがいました。また、一彦さんからはイベントなどのキッチンを設けたいならば、事前に役所に相談して飲食許可を取れるような設備にする必要があるとのアドバイスももらいました。
コミュニティ賃貸アパートについて、考え始めてから一月半程度です。「ちっちゃい辻堂」を知ってから、一気に物事が動き始めた感じです。
そもそもの話になりますが、うちの実家はもとは兼業農家で、小さい頃に初めてアパートが建ち、その後、畑だったところが駐車場やマンションになっていき、やがて国道一号線に面していた実家の場所にはマクドナルドが建ち、その南側のかつて畑だったところに家が建て替えられたりと、不動産の収入がそれなりにありました。
僕はいわゆる大家というものにポジティブな印象がなく、とりあえずいくばくかの収入が入ってきて、それなりに暮らしていくことができるけれど、意欲的に大家業をやっていこうとは全然、思っていませんでした。
自分の仕事としては、大学を卒業して就職する際には、出版業界、あるいはテレビ関係の仕事がしたいと思い、バブルがはじけた直後でしたが、就活で50社くらい受けて、ことごとくダメで、最後の最後に拾ってもらった出版社に入りました。
その会社が職種一括採用だったので営業部に配属されて、営業をやりつつ出版社を4年目で辞めました。その後は編集プロダクションで編集の経験を積んで、40歳過ぎで独立というか、東日本大震災の煽りを受けて、いくつかの出版社の企画がペンディングとなり、編集プロダクションを辞すことになり、それからはフリーとしてやっていました。
それから細々とではありながら、編集・執筆の仕事をするなかで、実家の不動産管理業を積極的にやっていこうという気は大きくなりませんでした。はっきり言ってしまえば、大家をやっていれば、食べていくことはなんとかなるような状況で、ライター・編集の仕事をそこまで必死にやっていたというわけではないのですが、あえて大家業には必要以上に力を入れずに暮らしていました。
そんななか、まちの未来をつくっていくような賃貸住宅があることを知って、それまで仕事や普段の生活で考えていた「歴史」や「社会」や「環境」といったタームと大家業がつながったという感覚が僕の中にありました。
そこから、今回のプロジェクトが動力を持って動き出したのでした。
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