そのガバナンス改革、サステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点~
(第十六回)株価は稼ぐ力とワクワク感で上昇するんです!!
前回のボジョレー・ヌーヴォーは「脱炭素の敵」
前回のボジョレー・ヌーヴォーの話題に対して、飛行機で運ぶなんて「脱炭素の敵じゃないか!!」というコメントをいただきました。その通り!!ただし、企業としては消費者にニーズがある以上、万難を排してお届けするのが役割でもあるわけで(そもそもニーズを作ったのは誰か、というとマーケティング理論の根幹にかかわる話になるのでやめます)、それでワインを楽しく飲んでくれればビジネスモデルとしてヌーヴォー祭りはサステナブルになる、ってことです。なんと、今回はワインの話題はこれだけです。
ボジョレー・ヌーヴォー祭りってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点~|わこさん
原点回帰。ESGって企業のマネジメントの肚が重要
このNoteの第一回は「ESGってサステナブルですか?」というタイトルでした。企業は環境対応や社会問題への対処をする必要があるとか言われてますが、そうした対応をするにはお金がかかります。そのお金は空から降ってくるわけではなくて、企業が自社で稼ぐ必要があります。それを中長期的に継続するためには、企業が環境対応や社会的な責任を果たしながら持続的(サステナブル)に成長を続けていけるようにしなきゃいけないわけで、そのためには、しなやかな対応をしながら経営努力を続けていくことが必要です。そうした努力を続けられるかどうかに関して、一番大事なのは経営陣(マネジメント)の肚の座り方じゃないでしょうか、ということを述べたつもりです。
ESGってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点|わこさん
今回は東証の素敵な有識者会議のお話です
なぜこんな話をするかというと、久しぶりに昔々日本株ストラテジストだったわこさんの血が騒いでしまったからです。トランプ氏の返り咲きやボジョレー・ヌーヴォーの話をしている間に、東証の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」という素敵な有識者会議が、投資家や株式市場の要請に十分こたえていない上場企業に対するプレッシャーをまた一段と強めてくれました。(こうした話に慣れていない方のため、今回は、ご専門の方には相当物足りないレベルになりますが、潜在的投資家層拡大につながると思ってお許しください。)
MAGAってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点~|わこさん
平たく言うと「株価が上がるようにそれぞれ努力しようぜ」
この有識者会議は、日本の上場企業の多くが自社の株価や企業価値向上に対する意識が低い状況を変えよう、という問題意識を強く持って、上場企業に働きかけを続けています。2023年3月末には、東京証券取引所(東証)がプライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象として、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請して、そのあと日経平均などの株価指数が上昇したきっかけになりましたが、この要請をまとめた会議です。
上場した状況に安住せずに努力しよう
上場した状況に安住して、その後自社の企業の価値(要は株価です)を上げようとしない企業が多いことが日本株全体に対する魅力を失わせていて、投資しても儲からないから日本株なんかどーでもいいよ、という国内外の投資家が(多分今でも)多くいます。こうした投資家の目を日本市場に向けるためには、日本企業が自分たちの価値を上げる努力をしなきゃいけない。してもらいましょう。ということです。
努力したくないから自主退場?にみえるケースも
本当は、努力しないなら即刻出ていけ、と言いたいところでしょうが、それはそれ、東証さんも上場企業の数が急に減ると懐に響きますんでやんわりと。実際、MBO(会社自身が市場から株を買い取る)形で上場廃止をするというケースが最近増えているようにみえるのですが、これはある意味でメッセージが届いて(努力したくないからor投資家がガタガタうるさいから)自主退場しているということでもあるでしょう(もちろん、一旦身を引いて、立て直してから出直します、というケースもありますが)。
「要請」は株価評価の低い企業に、より強く届きました
で、上に挙げた「要請」では、当初、企業の報告書などで「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に言及したうえで対応を取るように、とお願いしました。特に、企業の時価総額(市場で評価される企業の価値です)が企業の簿価ベースの資産を下回っていて(PBR=株価純資産倍率が1倍を下回るということです)、企業を経営するより会社を解散して手持ちの資産を現金化して配った方が株主のためじゃない?と思われる企業がこの要請を強く受け止めました。
企業価値は利益率と将来への期待感の掛け算
こんな話、よくわからん、という方のためにちょっとだけ簡単に説明します。企業の市場価値をPBRとすると、
PBR=ROE×PERと分解できます。で、
ROEはR/E=利益/株主資本、つまり株主資本利益率です。ROEを上げようと思ったら、利益(R)を増やすか株主資本(E)を減らすか、です。
PERはP/E=株価/利益です。将来の企業の成長に対する期待感が高まったら上昇すると考えてください。
企業の市場価値を上げるためには、ROEを上げるか、PERを上げるか、その両方か、ということになります。
余ってる資金で自社株買い激増
いろんな状況の会社がありますが、まず注目されたのが、ちょぼちょぼ稼いでそこそこため込んでるけど、今が良ければ別に新しいことをするつもりもなく現状に甘んじている、とみられてしまうような会社です。一応ROE(株主資本利益率)はプラスですが低水準、成長に向けたストーリーが見えないのでPER(株価収益率)は低位、結果としてその掛け算で示されるPBRは1倍割れ。こうした会社が手っ取り早くPBRを上げようと思ったら、自社株買いをして株主資本を減らしてROEを上げ、結果としてPBRを上げます。なので、自社株買いの勢いが2023年度以降す~んごいことになってます。これが2023年度以降の株価上昇の一因であることは間違いないです。
「資本コストや株価を意識」という文言は、約9割の企業が言及
同時に、多くの上場会社が、「ガバナンス報告書」とかいう開示資料などで、「当社は資本コストや株価を意識した経営の実現に取り組み、うんぬんかんぬん」という文言を使うようになりました。最近の東証の資料だと、プライム上場企業の約9割が、この「資本コスト…」に言及した開示をしているそうです。
「とりあえず言っとく」だけ?
ところが、この中の多くの企業が、「とりあえず言われたからやりました」的な対応にとどまっていて、中長期的に企業価値(PBRでもいいです)を継続的に上げようという方向性が見えないわけです。
ワクワク感が圧倒的に足りない
PBR=ROE×PERを上げようと思ったら、自社株買いなどをしてE(株主資本)を減らしてROEを上げる(分数で言う分母の対応です)のがやりやすい対応ですが、株主資本を減らし続けるわけにはいきませんから、自社株買いの対応はあくまでも一時的なイベントです。そのあとRつまり利益(分子)を上げないとROEを上げ続けることはできません。一方でPERは、ごく簡単に言えば将来の成長ストーリーのワクワク感(信頼感と言ってもいいです)の反映です。利益が出ていて、その延長線上にその会社に対するワクワク感があれば、株価は上がりますよね。「とりあえずやりました」だとこのワクワク感が圧倒的に足りないんですね。
これじゃガバナンス改革はサステナブルじゃない
これでは、企業経営(ガバナンス)の改革は継続的な株価上昇につながらないので、サステナブルではない!ということです。
サステナビリティ課題への対応を含めた成長ストーリーが欲しい
もともと、有識者会議の資料でも、その問題意識の根底で通じている「コーポレート・ガバナンスコード」でも、環境問題などの様々なサステナビリティ課題への対応を含めて、成長に向けたストーリーを開示しなさい、ということになってます。
ちゃんとやってる企業のワクワクする好事例集
ちゃんとやってる会社もあります。そういった事例は、きちんと公表されています。10月末に開催された有識者会議の議論を踏まえて11月21日に東証が改めて発表した資料でも、好事例がたくさん挙げられています。環境問題や人材育成などの問題を取り込みながら自社がこうやって成長していくんだ、というストーリーは読んでるだけでワクワクします。スマホだとこのリンクは開いても読みづらいかもしれません。
mklp77000000lyr8.pdf
なんちゃって開示が問題
と・こ・ろ・が!!
「とりあえずなんちゃって資本コスト意識」が蔓延していて、これじゃイカンという話になっているわけです。2023年の最初の要請を出したあたりから、そういった「企業の開示が形式的対応にとどまる可能性」は指摘されていたのですが、やっぱり。ということです。特にこの要請が最初に行われた段階で「当社は資本コストと株価を意識しています」と言うだけで株価が上がっちゃったりしたこともあったので、かえって安心して取り組みがくれた部分もあったのかもしれません。だから、一旦上がった後で株価が頭打ちになっちゃったのかも、です。
今回、「不合格事例集」を作成してくれました
で、今回は、「投資家の目線とずれている開示例」という別資料を作りました。ここでは個別企業を名指しするわけではありませんが、よくある話が記載されています。不合格事例集です。ご興味があって、お時間があればご覧ください、なんですが、お上がこんな不合格事例集をまとめて公開すること自体珍しいわけで、今後、この事例集に書いてあるような対応は実質的にできなくなっていくでしょう。こちらもスマホではリンク先のpdfは読みにくいかもしれません。
mklp77000000lyqy.pdf
厳しいコメントその1:経営層の危機感が薄く対象期間にもズレ
事例に対するコメントを二つだけ抜粋すると、
例えば「中長期的な企業価値向上に向けて中期経営計画をスタートしています(リンク先に経営計画の数字)」、という企業の開示に対しては、「過去に発表した中期経営計画等のリンクを提示するだけの開示で、リンク先の資料を⾒ても、十分な検討を⾏っているとは言い難く、経営層の危機感が弱いと感じてしまう。また、株価(市場からの評価)には、中期経営計画よりも⻑い期間の収益性・将来性等が反映されるものであり、期間のスコープにもズレがある」と厳しいコメントがついています。
厳しいコメントその2:具体性のない取り組みが並んでいるだけ
取り組みを箇条書きで「1.収益力の向上、2.成長投資、3.株主還元の拡充、4.コーポレート・ガバナンスの強化、5.IR活動の強化」と並べて表記してあることについては、「他社でも当てはまるような具体性のない取組みが並び、定量的な説明もないため、将来の企業価値向上にどのように寄与するのか判断ができない」とバッサリ切り捨てられています。
それ以外も多くの「不合格」事例
それ以外にも、社外取締役を選任したのはいいけれど、そうした方たちと投資家との対話を拒否する事例などが「不合格」事例として挙げられています。
なかなかすごくないですか?
「不合格」対応は今後できなくなる
「不合格」事例集に挙げられているような対応ができなくなる、ってことは、もっとまじめに企業の中長期戦略を考えて、投資家との議論に耐えうるような情報開示を行って、投資家と議論して企業の価値を上げなさい、ってことです。企業のIR(広報)担当の方は大変です、っていうか、もうIRがやってる時点でおそらくアウトでしょう。マネジメントのトップやそこに近いポジションの人たちが責任をもって開示をして投資家と対話をしていかなきゃ耐えられないと思います。
最終的にはワクワクする株式市場になってくれるのでは
そんなのめんどくせー、って上場企業さんも増えるでしょう。そういった企業さんは、マーケットにいなくて結構です、という暗黙の流れもあるんでしょう。そうすれば、自然に上場企業が淘汰されて、投資家との対話を厭わない、成長ストーリー(ないし自社の立ち位置)をはっきりさせるタイプの企業さんの比率が上がって、投資家にとって魅力的な企業の比率の高い株式市場が出来上がるんです。こんな株式市場にだったら投資してみたいと思いませんか?ワクワク。
好事例に挙げられて株価が上がるかというと、ちょっと違う?
日本の株式市場の魅力を上げようと思ったら、本当にグローバルに競争力のある上位150社くらいのグループを作って売り出した方が簡単で、実は東証はそれもやってます。ところが、なぜかこれが浸透しないんですね。似たような問題が根底にあるのではないかと思っているのですが、好事例集に言及されている企業の株価は、事例集に収録されたというニュースでは上がらないケースが多いです。
みんなが知ってる「良い企業」は長期目線での保有が良いのでは
まとめを急ぐとプロの皆さんに怒られますが、おそらく良い企業が良い、というのはもうみんな知ってる、ということではないかと思います。改めて東証にまとめてもらわなくても、ちゃんと対応できている企業は、投資家の皆さんにすでに評価されている(ある程度のワクワク感が共有されている)ということでしょう。ですから、こうした銘柄については、長い視点で保有する(NISAのコアにするとか株式累投で少しずつ買っていくとか)のが良いのではないかと思っています。
「サプライズ」をピンポイントで見つけるのは難しいので、ワクワク感の広がりに注目したいです
株価が大きく動くのは、いわゆる「サプライズ」が起きたとき、つまり業績見通しが外れたり、増減配などの株主還元などの知らないニュースが出てきたり、というときになると思います。そうした企業をピンポイントで見つけるのは簡単ではないです。特に、会社のガバナンス関係の開示資料を毎日追いかけて、しかもそれが「合格」かどうかを一般の方が判断していくのは難しいでしょう。まあ、それでもやりたいという方はどうぞ、です。最終的には日本の株式市場全体にワクワク感が広がるかどうかが一番大事なので、そこを見守りながら今後もわこさんなりの視点をお届けします。
今週は、ワインを片手にする間もなく書き終わってしまったのですが、たまにはいいでしょう?ダメ?