SILENT HILL 2(2024) プレイ感想
前書き
2001年9月24日、世界のホラーゲーム史に重要な1ページが刻まれた。
サバイバルホラーの歴史的発明『バイオハザード』、ウォーキングシミュレータの新世紀を拓いた『P.T.』、ホラー対戦ゲームという新たなジャンルを確立した『DEAD BY DAYLIGHT』。
『SIREN』、『零』、『Alan Wake』、『夜廻』、『ib』、『Shadow Corridor』、エトセトラエトセトラ……
ホラーゲームというジャンルにはたくさんの語るべき作品が存在しているが、しかしそれらを踏まえてなお「これだけは避けずに通れない」と呼べるタイトルがある。
そう、『SILENT HILL 2』(以下『SH2』)である。
本ゲームはヒーローでもヒールでもない等身大の人間たちの懊悩を描いたサイコロジカルホラーとして、20余年後の現代にいたるまで極めて高い評価を受け続けている傑作だ。
その『SH2』が、新しい技術と新しいプロジェクトチームの手によって、Play Station 5のゲームとして蘇った。
本作のリメイクプロジェクトが立ち上がり、それが海外チームの手で行われると聞いた時、正直に言って、筆者は不安な気持ちを拭うことができなかった。
もちろん、本作(新SILENT HILL 2)の製作を担当するBloober Teamのことは知っていた。『Layers of Fear』を始め、非常にクオリティの高いゲームを作る会社だ。
インタビュー記事を読むと、彼らの思想の根底には『SILENT HILL』シリーズへの大きなリスペクトがあることがわかる。海外チームへの委託という前提で言えば、ベストな采配のひとつであることは疑う余地がない。
しかし、それでも心が晴れなかったのにはいくつかの理由があった。
『SILENT HILL』シリーズには多くの作品が存在するが、ナンバリングが終わって以降の作品群はほとんどが海外チーム製作になっている。そしてそれらに対し、筆者はあまり良い評価をしていない。
ひとくちにホラーと言っても、その単語をどう定義するかは個々人の触れてきた文化に大きく左右される。海外製作だった過去作の多くは、それ以前の『SILENT HILL』の価値観とのすり合わせがうまくできていないように思えた。
本作についても、チームを疑いたくはなかったが、「海外製作の『SILENT HILL』」というワードに反応してしまう気持ちは抑えられなかったのだ。
コナミという会社への猜疑心もあった。
『P.T.』の素晴らしさを『SILENT HILLS』で再体験できない事実について、筆者は当時強いやるせなさを感じていた。小島秀夫監督の辣腕は『メタルギア』シリーズや『DEATH STRANDING』を見れば一目瞭然である。その力が存分に発揮された『P.T.』は、新たなサイレントヒルの物語への期待を否応なしに引き上げていた。
しかし小島監督のコナミ脱退によって、『SILENT HILLS』計画は頓挫した。脱退の経緯については他の記事に譲るが、どうやら円満なものではまったくなかったらしい。
その後発売された『メタルギア サヴァイヴ』がローンチ当初極めて低評価であったことも含め、コナミのコンシューマーゲームやブランドに対する品質管理を疑う声が多く挙がった時期があった。
『SILENT HILL』シリーズを雑なクオリティで出されてしまうことへの恐怖は、かなりはっきりと存在していたのである。
しかし、2024年10月8日。
『SILENT HILL 2(リメイク)』(以下『新SH2』)がもたらした体験は、そんな心配を完全に吹き飛ばした。
前置きが長くなってしまったが、ここから『新SH2』のプレイ感想を述べていく。
物語の核心には触れないよう配慮しているが、それでもネタバレを大いに含む内容となる点をご了承いただきたい。
物語
『SH2』を語るうえで不可欠となる最大のピース、それは人の心の暗部にずぶずぶと身体を沈めていくような、不快で生暖かくて五臓六腑に沁みる脚本だ。
本作の脚本は原作を忠実に再現しており、余計な継ぎ足しも過剰な削ぎ落としもない。『SH2』の脚本は作品の中で最も評価されているポイントのひとつだ。同作に対するリスペクトがある製作陣であれば、ここは不要な手を入れることはしないだろう、という消費者の期待をよく理解している。
そのうえで、実際のゲーム体験に大きな役割を果たす「戦闘」「探索」については、バックグラウンドを据え置いたままその中身だけを大きく作り変えている。
RPGゲームにおける物語とは、プレイヤーの体験である。イベントシーンで語られる内容だけでなく、プレイヤーがキャラクターを操作することで起こる探索、戦闘、それらに起因する様々な成功失敗の体験が、プレイヤーにとっての物語となる。
『新SH2』はこの「イベント以外の体験」の刷新・最適化に注力してリメイクが行われていて、これこそが本作を高評価せしめている部分である。
以下にそれぞれの詳細を記していく。
戦闘
『SH2』について語る際によく挙げられる点として、「戦闘がぬるい」という問題があった。
『SH2』のクリーチャーは私が同作を推している評価ポイントのひとつで、外見も挙動も非常に気持ち悪くて最高だ。しかも倒してもアイテムをドロップしない。経験値もない。つまり通路や部屋の中を安全にするため、というくらいしか戦うメリットがない。ステルスゲーや死にゲーとは異なる理由で「戦いたくない」「逃げたい」を表現しようとしているのだ。非常に良い試みだと思う。
しかし本当に残念なことに、戦うと敵が弱い。暗がりから奇怪な動きで現れる恐ろしい見た目のクリーチャーたちが、接近してみると棒で小突くだけで簡単にひるませられてしまう。周囲をゆっくりと旋回しながら攻撃ボタンを連打しているだけで、特に困ることなく倒せてしまう。
『SH2』のウリは戦闘の面白さではない、わかっているが、これはちょっと無視できなかった。
『新SH2』の戦闘は、この問題を完璧にクリアしている。
まずシンプルに、クリーチャーが強くなった。一番最初に遭遇する「ライングフィギュア」がちゃんとダメージを与えてくるのだ。以前なら一対一だと攻撃を受ける要素などなかったのだが、今作では「歩きでは避けづらい遠距離攻撃」「アーマー付き近接攻撃」など、ちゃんとこちらが対処しなければならない行動を持っている。「戦いたくない」という気持ちにさせてくれる。これは大きい。
個人的にもっとも嫌だったのは「マネキン」だ。こいつは元から多少すばしっこく、他の連中と比べてもいくらか戦いづらい部類ではあったのだが、本作で完全に化けた。挙動は以前よりも機敏になり、攻撃のリーチは見た目に反して非常に長く、こちらの攻撃をたまに回避してくる。しかもこちらが発見するまでは基本的に動かず隠れており、ラジオのノイズも鳴らないため、気づかないまま接近すると奇襲されてしまう。
『SH2』の時はカメラが固定式だったため、特定の場所をのぞき込むということができない。なので死角になる場所はあらかじめ決まっており、プレイヤーは固定された画角の中で敵が隠れていそうな場所を検討するだけでよかった。一方、『新SH2』ではカメラが自由に動かせるようになったことで、一時的に死角となる場所が大幅に増えた。マネキンはそういう本作の特徴をフルに活かし、自ら自由に動き回って、嫌なところに身を潜ませる。とても良く考えられた、最悪な敵である。
ジェイムスの戦闘方法も変化している。
前作での仕様だった自動ロックオンが仕様変更されており、敵をターゲッティングする精度が低い。近接攻撃はある程度敵の動きに追従してくれるが、敵はこちらの攻撃を回避したりブロックしてきたりするので、一振りに全幅の信頼を置くことはできない。銃は完全に手動照準となっており、しかもまあまあな範囲の手ブレを起こす。
全体的な印象として「おおまかに敵のいる方向へ攻撃する」ことに不足はないが、狙いすました数撃でシステマチックに敵を捌くというようなアクションはやりづらく、戦闘の素人であるジェイムスらしい乱射、乱打戦が主になる。
極めつけは、近代的なアクション戦闘システムでありながらガードがない、という点。
近距離で接敵した際、いったん何も考えずに防御ボタンを押して一呼吸置く、という選択が取れない。なので反射的に動くことを要求されるが、いきなり敵に襲われて適切なタイミングで適切な方向に回避を行う、というのはかなり難しいことだ。だいたい軽いパニックになって回避ボタンを連打したり、やみくもに攻撃を振り回したりしてしまう。結果壁のある方向に動いてしまって避けられなかったり、敵の動きをきちんと見られておらずカメラの外へ動かれて見失ったりする。
こういう経験を何度も繰り返すと、備えていない状態で敵と遭遇することに強い恐怖を覚えるようになる。警戒心が増し、閉所や暗所に必要以上におびえるようになる。
「敵が強すぎる」でも「面倒くさい」でもなく、浮足立たせるこの感覚を強めてストレスとする、まさしくこれは「アクションゲームに求められるホラー体験」そのものだ。そして上記の仕様は、そのことを狙ってデザインされているように思える。
(筆者は『DARK SOULS』や『DEVIL MAY CRY』といったアクションゲームをプレイし続けてきた層であり、特に敵の現れる場面においては見敵必殺を信条としている。そのため本作でもクリーチャーと出会えば必ず攻撃し、戦闘をうまくハックできないかと検討したが、結論としては「回避を練習する」が唯一の攻略ポイントだった。
ジェイムスの回避アクションは非常に機敏で、動き始めには無敵時間が存在する。自身の攻撃の終わり際をキャンセルして回避行動に移ることも可能。そして本作には回避不可の攻撃は存在しない。
つまり相手の動きをきちんと観察して、精度の高い回避を出し続けられれば、ダメージを受ける心配はない。
口で言うのは簡単だが、実際には上述したように敵の発見が遅れることもあるし、敵の攻撃の予備動作も経験を積まないとわかりにくい。多対一の状況もザラに発生する。恐ろしいものを理解し、戦闘に集中してなお、ある程度歯ごたえのある難易度だったことを付記しておく。)
探索
『SH2』の気配はそのままに、『新SH2』では探索を行える場所の作りがまるっきり変化している。
ジェイムスが踏破していくことになる「アパート」「病院」「刑務所」「迷宮」「ホテル」はどれも完全新規のマップとなっており、原作と同じ雰囲気を楽しみつつ、まったく異なる開拓が体験できる。それでいて、原作で特徴的だった「ダストシュート」「鍵だらけの箱」などのギミックはしっかり残されていたりもする。
サイレントヒル市街地にも多く手が加えられており、旧作ではほとんど壁同然だった商店や住宅などが一部進入可能となった。3Dアクションゲームをプレイする人間として常に思ってきたことの一つは、「背景で作られてる建物ひとつひとつにシームレスで進入できたらすごいだろうな~」ということである。最近のゲームではそれが徐々に現実となってきている。
こうした変更に則り、謎解きもそのほとんどが一新された。
Riddle levelがNormalの時の難易度が絶妙で、謎が完全に解けていれば手早く終わるが、解けていなくても別の切り口を用いたり、時には割り切った総当たりで突破できたりする、という調整だった。一部の謎解き過激派にはぬるい仕様だと思われるかもしれないが、サイレントヒルはあくまで「ホラーゲーム」であって「パズルゲーム」ではない。ゲームの進行を過剰に妨げるくらいなら、多少ゴリ押しが利いた方がよい、というのが筆者のスタンスである。
(ちなみにRiddle level Hardはとてもきつい。筆者は今アパートのメダルパズルで詰んでいる。攻略は見たくない。どうしよう。)
一点、本作でカメラの位置が自由となったことで解禁された、位置と視覚を用いたギミックがもう少しあればなあ、と思わなくもなかったが、これはあくまで『SH2』と『新SH2』を比べた話なので、ゲーム単体の評価としてはそれほど重要なポイントではないと考えている。
総じて、初見で面白いゲームであることはもちろん、旧作を遊んだ人へのサービス精神も非常に豊かな仕上がりとなっている。
その他
デザイン・グラフィック
ここまで構造の部分について話をしてきたが、忘れてはならないのはやはりデザインやグラフィックについてだろう。
PS5とPCの専売だけあって、サイレントヒルとトルーカ湖、一帯の自然などの圧倒的に美しい、もしくはひどく醜怪なビジュアルを堪能できる。過去作を遊んだ人はもう起動5分で買った甲斐があったと思ってしまうであろう、それくらい美麗なグラフィックだ。
目玉のひとつである霧の表現も本物かと見まごうばかりだし、風に舞う木の葉の一枚までリアルに動いているのには驚嘆した。やはり最新のゲームはすごい。
また、ゲーム内の一部のデザインが過去作から変化している。
個人的に興味深かったのはアンジェラの世界だ。作中でも特に異端の出来とされるクリーチャー「アブストラクトダディ」は、その構成要素である「家庭内性暴力」がより分かりやすく打ち出された形となり、代わりに以前は性器の形状を濃く反映していた部分がかなりマイルドな造形となった。昔のプレイ環境に比べて今は画面に映るものがはっきり視認しやすいから、これは妥当な変更だと言えそうだ。
同じくらい取り沙汰されることの多いアンジェラの部屋の奇妙な装飾も大きく変わっており、人の肌のような生々しい滑らかさを持つ壁紙の裏に、蒸気を吹き出しながら力強く駆動する歯車とピストン、という表現が為されている。正直なところ、あまりに露骨すぎる旧作のデザインより、筆者はこちらの表現の方が好きだ。描写としては少し間接的になりながらも、情報量が増えたおかげでメッセージ性はより強くなっていると感じる。
余談だが、ホテルでアブストラクトダディが出てこなくなったのは、私としては良い変更だったと思う。あれはあくまでもアンジェラのものだ。ホテルという、メアリーとの思い出が一番強い場所へ来て、なおジェイムスがそれを引きずっているのは違わないか、というのが筆者の考えだ。
音楽
少なくとも、原作で印象的だった曲やSEなどは、その価値を損なうことなく効果的に用いられていたと感じた。
『SH2』と言えば筆者は『Theme of Laura』『Promise of the Forgotten』あたりが大好きだ。リメイクにあたってこれらの楽曲はすべてアレンジ、再収録されており、現代らしく音のクリアさや厚みが増しつつも元の切なさをきちんと保持した良曲となっている。
プロモーション
『SH2』というタイトルに対して筆者が持っていたイメージは、「ホラーゲームオタクなら必ず知っている作品」というものだった。つまり、逆にホラーゲームに詳しくない人間であればサイレントヒルという単語を知らなくても不思議ではない、という認識である。
故に、今回本作が発売されるにあたってコナミが取り組んだプロモーションの規模は、筆者にとって予想外の大きさだった。
まず、渋谷駅前の広場に巨大看板設置。しかも毎日少しずつ錆風のペンキで加工して、徐々に裏世界へと変貌していく演出付き。
秋葉原や池袋ではなく渋谷駅の客層がターゲットなんだ、そして一週間毎日手を加えるなんて労力をかけるんだ、というところにまず驚かされた。
さらに東京ゲームショウでの宣伝。
コナミブースの半分を占める大きさの紹介スペース、最も著名であろうクリーチャー「ナース」のメイク・衣装をほどこしたコンパニオンの起用。
さらにそこで手に入る広告用のパンフレットを調べると、『人の財布』『愛宝学園かがみの特殊少年厚生施設』などの謎解き製作で有名なクリエイター集団『第四境界』が製作した特設謎解きページ『サイレントヒル歴史資料館』で遊ぶことができる、というさらなる企画の連動。
相当な気合とコストのかけ方である。そして実際にゲームをプレイしてみて、ああこれは本当にマジメに作ったんだな、だからこそあそこまでしっかり広告を打ったんだな、と改めて感じさせられた。
まとめ
おそらくはこれからのコナミの社運を担う一員として製作された『SILENT HILL 2(リメイク)』。
その完成度はまさに圧巻の一言であり、過去の名作をその価値を損ねることなく再現したというだけでなく、純粋に2024年のホラーゲームとして最高峰のクオリティをたたき出すことに成功している。
すべてのホラーアクションゲームファンにプレイしてほしいこのゲームの評価を、筆者は次の言葉で表したいと思う。
『新』とか『(リメイク)』とかは、もう必要ない。
これからはお前が『SILENT HILL 2』だ。
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