Hello, my friend 〜ユーミン
半月を過ぎたある土曜日、仕事を終えてから彼女の家に向かう。
過去2度ほどお呼ばれして伺った事はあるが、到着する自信はあまり無くて、、、
案の定、迷った。
これから出ますと彼女のご主人には連絡していたのだけれど、迷いましたの電話をかける羽目に。
山の中なので電波状況も悪く、途切れ途切れの会話。
なんとか目印の鳥居の前まで戻り(Googleナビはそのように案内していたが、私の過去の記憶とは違ったので無視していた)、なんとか近くまで来た。
するとなんとなく記憶のある風景の先でご主人らしき人の姿が。
田んぼの中をかなり奥まで行き、実際に行き止まりのそのお宅の駐車場に車を入れた。
コロナ前だからもう4.5年ぶりだろか。
案内されたお仏壇のある和室、そこにはいなくて
隣のお部屋に彼女の写真はあった。
突然の別れに、ご主人のいろいろな想いがそこにあるのがわかる。
彼女の写真の前に座って手を合わせる。
ああ本当に彼女は逝ってしまったのだなぁ、、、
微笑んでるその写真に来たよと心の中で呟く。
それから座卓を挟んで改めてご挨拶をして、私と彼女がどういう経緯で知り合ったのかの話に。
私の名前は妻からよく聞いていたと。
介護の事はほとんど妻に任せていたが、大変な時にはちゃんと言ってねと話していたと言う。
彼女は、旦那さんはねとか〇〇さんはねとご主人の話をする時はいつも優しい表情だった。
そして私たちには幾つかの共通点もあって、それも不思議な縁だなと思っていた話も。
1時間以上もお邪魔してしまったが、自分の知らない話も聞くことが出来たとちょっと表情が緩んだご主人。
帰り間際にお義父さんの事を聞く。
彼女がずっとお世話していた人。
残された家族での世話は無理でその後に施設に入所したそう。
それはなんと私の義父がいた同じ施設だった。
実は彼女の訃報を聞いた後からこの日の訪問までの間に、前回書いた『不思議な体験』が、『Hello, my friend』に変わりつつあった。
『不思議な体験』の時もだったが、『Hello, my friend』が脳内に流れるのは不思議ではあったが、最後の歌詞に納得した。
彼女へ
私たちはある意味、同志だったね。
私は一足早く介護を卒業したけど、いつもあなたの事は気になってたし、これからも定期的に会って話を聞くつもりだったよ。
今度ね義父宅に引っ越しする事になったの。
だからあなたの家に少し近くなるし、もっと時間を作れると思ってそれだけは楽しみでもあったんだ。
ただの引っ越しではなくて、あらゆる事が絡んで心身共に疲れ切って、あの日私は2階の部屋で滑って転んで確かに後頭部を強打した、、、はずだった。
足元でカーテンの裾に絡まりあっと思った時には身体は傾き、何かに掴まろうと私の両手は空を切って、その直後に大きな音が耳元でバンッて鳴った。
やってしまったと思った、、、後頭部を打った!という恐怖がやってきた。
どういう体勢で転んだのかはよく分からないが、勢いよく頭が床に落ちたと思った。
今でもあの大きな音を覚えている。
そのままの体勢で階下の夫を呼び、その間にこれから出勤の事、その前に病院へ行かなきゃとか、あっ鍵当番だったなどなど目まぐるしく脳は考える。
口に出していたのか、そんな私を見た夫は慌てもせずちょっと離れた位置で静観。
一見冷静に見えるかもしれないけれど、夫はいつも最悪の事は考えないタイプ。
しばらくして起き上がった私に、どうするの?病院に行くなら運転するけどと言った。
結局は私の指示待ち、、、病院へ電話するのも私。
救急病院で時間外窓口での待合室は、先日夫が救急車で運ばれたところ。
頭の外傷も凹みもないがCT検査をしてもらい、ドクター2人の見立ては大丈夫と。
ただ吐き気や眩暈があればすぐにここの救急に来てと言われて帰宅した。
そして出勤、、、土日のスタッフは代わりの出勤が難しいからねぇ。
仕事をこなして無事帰宅したが、確かに後頭部を強打したはずなのに、痛みもなくかと言って肩や首も痛くない。
それは不思議な事だった。
父かご先祖様が守ってくれたのかなと思ったけど、
もしかしたら、、、友人よあなたですか?
彼女の写真にお別れしてからは、
この歌詞がリフレインしてる。
彼女からのメッセージなのかな?
私も同じ事を思ってるからね。
『もう二度と会えなくても友達と呼ばせて』