むかしばなし
学校のチャイムが鳴る。まるで早く席に着かないと叱られるぞとでも言いたげに。
僕はランドセルを机の上に置いて席に座る。
「おい、あれ誰だよ」
誰かわからないけれど、男子がそう言った。
「転入生、かなぁ」
女子も首を傾げてこちらを見ている。
「かなぁじゃないよ。転入生だって」
自分の席だと言われたところに座っていると、周りからそんなたくさんの眼差しを受ける。
僕は白熊だ。白熊の熊谷重吾だ。
周りは自分と同じ年齢の、茶色い子熊しかいない……。
疎外感を感じていると、また皆と同じ茶色いメスの先生がやってくる。
「はいはい。皆さん落ち着いて。重吾君。こっちに来て」
がやがやと騒がしい。
僕は注目をされる。
「はい……」
僕はそんな中で席を立って黒板前に立つ先生の隣に行く。
先生はにこにこして、僕の背中をぽんっと触った。
「今日から皆のお友達になる、熊谷重吾君です。それじゃあ重吾君、自己紹介をして」
僕はいろいろと言おうとして、あれもこれも言わなきゃと混乱しながらこう言う。
「あ、えっと。熊谷重吾です。歌とか、ゲームとか、甘いものや辛いものが大好きです。皆さんと違う白熊かもしれないけれど、どうか仲間に入れてください!」
そう言って頭を下げる。
頭を上げると皆は少しきょとんとしながら笑みを浮かべて拍手をしてくれた。
「熊谷、サッカー好き?」
茶色い熊の男子からそう聞かれて、僕は「う、うん。それなりに好きだよ」と答えた。
「よっしゃー! じゃあ、今日の帰り皆でサッカーやろうぜ! 熊谷来るよな?」
「……うん!」
どうやら僕は男子には受け入れてもらえたようだった。
女子にはどうだろう。そう思っていると、女子達は「結構かっこいいよね」などと言った声が上がっていて、なんだか気恥ずかしくて、顔を手でぎゅっと包むようにしていると、「可愛いー!」という声が聞こえてきた。
「はいはい。皆さん落ち着いて」
先生は先ほどと同じことを言っている。
「それじゃあ、熊谷君、自分の席に戻って。皆、熊谷君と仲良くね!」
「はーい」
それから学校の授業があった。
学校は小中高一貫校で、エスカレーター式に上がっていくから、この学校の皆とは卒業するまで一緒になる。
でも、受け入れてくれてよかったな。そう思った。
そして放課後、男子の皆とサッカーをして、家に帰った。
「お母さん、ただいま!」
「重吾! おかえりなさい。どうだった? 学校は。いいお友達出来た?」
「うん! あのね、皆白い僕のことをね、笑ったりしないで迎え入れてくれたんだよ!」
「そう。よかった……!」
「えへへ」
それから何日も一緒に居ると、自然と皆の名前も覚えるし、いろいろな遊びも一人じゃなくて、皆で出来る。
ちょっとでも悲しいことうや困ったことがあると、皆一丸となって助けてくれた。
そして僕は心優しく、そして心の綺麗な皆に囲まれて育っていった。
「重吾ー。今度ドッヂボールやるから入ってくれよ!」
「うん! いいよ!」
皆と一緒に楽しく遊んで、勉強もして、全ては順調に行っているかのようだった。
だけど、中には転校生だから、それとも皆と違うからか、僕のことをよく思わない人も後々出てきたのだった。
そんな人には一々反応しているだけ無駄だと知っていたし、僕は前から特別視されてしまうことには慣れていたからどうしたらいいのかもわかっていた。
子供なりに、いろいろと知って、対策を取ることもしていたのだ。
毛の色が違う。それしか違わない。だから、大丈夫。
根本的な心の部分は、誰よりもしっかりとしているから……。
そう思うようにした。僕は白熊だけれど、それを理由に特別視しろなんて思ってないし、皆と一緒ならよかったなと思うことはあっても、この白い毛とは一生付き合っていかなきゃいけない。だから、どうせなら嫌うんじゃなくて、もっと自慢しようとも思っていた。
でも、年齢が上がっていくと、他人と違うことが僕は恥ずかしく思えてしまった。
皆に聞いたらきっと「そんなの気にしなくていいよ」と言ってくれることだろう。
思春期というものだろうか。それとも反抗期?
「皆にはわからないんだ」という気持ちが胸の中を占めていく。
ちょっとセンチメンタルになってしまったのかもしれない。
嫌なことは避けてきた人生だと思うけれど、この時みたいに苦い想いをするのは何度もあった。
そんな中で、僕はちょっとずつだけれど、胸にもやもやを抱えていく。
どうして皆と一緒じゃないの? どうして僕は特別視されなくちゃいけないの?
白熊って、そんなに悪いこと……?
そんな風に思ってしまって、僕は少し、自分にも、自分を必死に生んでくれたお母さんと一緒に僕を育ててくれているお父さんに申し訳なくなった。
そしてある日、僕はちょっとだけ、ほんの少しだけ、学校を抜け出して学校の近くの川に行っていた。
魚でも取って食べよう。そう思って川に入ると、偶然にも父さんがいた。
いつも獲物を取って来たり、木の実などを持ってきたりしてくれる父さん。
お父さんは僕を見つけると「重吾じゃないか。どうしたんだこんなところで」と言ってきた。
お父さんも僕とは違って、茶色い熊だ。なんで茶色い熊のお父さんとお母さんから、僕のような白熊が生まれるのかがわからなかった。
「どうして茶色に生んでくれなかったの」と言えればいいのかな……。
そんなどうでもいいような、でもその頃の僕が一番気にしていたことをいじいじと考えていると、お父さんが「重吾も魚取るか?」と言ってくれた。
「え……」
お父さんは、学校のことは聞かずにそう言ってくれた。
僕が戸惑っていると、お父さんは僕の手を引っ張って川の中に入れる。
「この辺りはふっくらとした身の美味しい魚が多いんだ」
「へぇ……」
そう言って、僕も魚を探す。
すぐに足元に魚がいるのを見つけて、僕は魚を素早く取った。
お父さんに上達したでしょう? と言うかのように誇らしげに魚を見せる。
お父さんはそんな風に褒められたがっている僕の気持ちを知ってか、ニヤッと笑う。
「上出来だ」
僕は褒められて凄く嬉しかった。これだけでも、学校を抜け出した甲斐があったというものだ。
「それを食べたら、学校に戻るんだぞ」
「うん!」
どうやらお父さんというものは僕が思っているよりもずっと凄いらしい。
僕のことをどこからどこまで知っているか知らないけれど、でも僕は思う。
お父さんみたいな熊になりたいなと。
そうして、僕はお父さんと一緒に魚を食べてから学校に戻った。
学校に戻ると先生に思い切り叱られて、仲間の熊達からは「お前魚食っただろ!」と言われ、お腹の鳴く音が何度も聞こえてきた。
ちょっと申し訳ないなと思いながら、未だ口の中に残る魚の旨味に舌鼓を打つのだった。
小学校はそんな感じで、結構いろんなことを経験したけれど、最近はちょっと忘れてきてしまっている。うーん……。
中学生になると、皆反抗期と思春期を迎える。
お父さんやお母さんのことが煩わしく感じられたり、友達を優先したりするようになる。
さらには、他人というものに敏感になるためか、他人と違うものを攻撃しようとする熊もいるのだった。
僕は気づけば標的にされかけていた。
「白い熊なんておかしい……」
「目立つんだよ。熊なんて話の通じない人間に見つかったら一発で終わりなんだから」
「お願いだから、私達を巻き込まないでね」
そんなことを言われて、僕はとても傷ついた。
でも傷ついたところでどうしようもないのはわかっていたし、そんなことを考えている暇があったら、将来どうやって過ごしていくかを考えなければならなかった。
「重吾、悪いんだけどさ、あまり……その……」
言い辛そうにそう言われかけて、いよいよ僕は仲間外れかと思った。
どう考えても、それしかなくて。
僕は悲しくて、でも受け入れるしかないのかなと、どこか心は冷静だった。
いいじゃないか。一人でも。どうせ茶色い熊と白い熊じゃ、周りの熊達からの見られ方も違うのだから。
そんな風に思っていると僕はなんだか情けなくて、手をぎゅっと握りしめた。
でも、クラスの不良っぽい茶色い熊が「白けりゃ犯罪犯すのか。違うだろ。何やってるんだ。こいついじめようってんなら、オレが相手になる」とまで言ってくれた。
この熊とはあまり話したことがないと思ったけれど、どうして助けてくれたのだろう。
そんな風に思っていると、その不良っぽい熊は「ダチいじめんなよ。お前らにとってのダチってそんなものなのかよ」と続けて言ってくれた。
そうして、周りの眼も話の流れも変わった。
皆はそれから僕に謝ってくれた。それから僕はまた普通に過ごすことが出来て、とても助かった。
でも僕はあの時どうして不老っぽい熊が助けてくれたのかわからなかったから、本人に直接こう聞いた。
「どうして助けてくれるの?」
不良っぽいその熊は、舌打ちをして「外行くぞ」と言って、もうすぐ授業が始まるのに学校から移動していく。
僕はそれに付いていくと、不良っぽい熊は以前、お父さんがいた川の辺りに出て座り込んだ。
「小学生の頃、背が小さくていじめられてたオレのことを助けてくれただろ……」
そう言っていた。
そんなことあったかなぁと思いながら、僕は隣に腰を下ろした。
僕はいじめというのが大嫌いで、目の前でそんなことがあったらすぐに止めに入っていた。
ちょっとした自慢じゃないけれど、助けた熊の数は結構多い。
でも、それだけにどの熊だったかと悩んでしまう。
皆同じ茶色い熊だから、わかりにくいんだ。
不良っぽい熊は何かを思い出したながら言葉を紡ぐ。
「お前にとっては些細な事かもしれないけどな。オレがこうしてぐれないでいられるのはお前のお陰だ」
こんなことを言っていたけれど、僕はとてもとてもこう言いたかった。
「いや、十分ぐれてるし、不良として見られてるよ」と……。
それからも何度か僕は標的になりそうになっていたけれど、この不良っぽい熊のお陰でいじめだとかそう言ったこともなく、平凡に過ごせるようになった。
そして高校生にもなると、僕は身長が180cmを超えていた。
周りからはデカい白熊と思われているらしく、バスケットボールに誘われることもあった。そして誘われるがままにバスケットボールをやったりすると、必ずと言ってもいいほど僕をガードするやつがいる。目立ちすぎるのも困りものだ。
それに、僕はバスケなどのスポーツはするけれど、あまり好きじゃなかった。
基本的にはインドア派なんだ。
「おう。重吾、また活躍したんだってな」
不良っぽい熊がそう言って、僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「うん。でもそんなにバスケは得意じゃないかな……。ほら、目立っちゃうからどうしてもマークされやすくて」
不良っぽい熊とはたまに一緒に居た。なんだか不良っぽい熊とは気が合うのか、心に通じるものがあるのか、一緒に居ると心安らぐんだ。
でもきっと、それは僕だけじゃなくて不良っぽい熊もそうなんだと思う。
なんとなく、外れ者だから。
そんな理由で皆から白い眼とまではいかなくても、多少変わった眼で見られることは間違いないのだった。
「ふうん。そっか。それにしてもさ、なんか生き辛いよな」
いつかのどこかで不良っぽい熊と一緒に木の実を食べながら話していた。
「でも、もうすぐ大人だから……」
僕がそう言うと、その不良っぽい熊はため息交じりにこう言う。
「大人にオレ達なれるのかな」
なんだかいつもよりも、その姿が小さく見えた。
「どうしたの。君にしては弱気だね」
そう僕が言っていると不良っぽい熊はこう言った。
「実はさ、オレ、もうすぐ森を移動するんだよ」
「え?」
青天の霹靂だった。
だって、これからもずっと一緒に居られると思ったから。
もっともっと、一緒に遊べるものだとばかり思っていた。
不良っぽい熊は僕にこう言う。
「なんでかってーと、オレの体調が悪いから。いい病院がある森に移動することに決まったんだ。父さんと母さんが必死になって見つけてくれたから、断るに断れなくてさ。重吾と離れるのはなんか寂しいけどな。ずっと一緒に外れ者やってたし」
どこか諦めた……というよりかは、なんだか爽やかな感じがした。
「そ、そんな。でもそんなに遠くない近くの森とかだよね? 違う? もしそうならどこの森に? お見舞いに行くよ」
そう言ったのだけど、不良っぽいその熊は首を横に振った。
「そんなに気にするなよ。お前だって、今後いろいろ大変だろ。白熊ってだけで目立つんだからな」
「うん……」
「お前のさ、その小さな優しさに、オレも、他の皆も救われてるんだ。お前には自覚がないかもしれないけどな」
「え……?」
僕は人を助けるということをしてみたかった。
でもそれが出来ていると認められるとどこか恥ずかしいような、そんなむずむずした気持ちが押し寄せてくる。
「そ、そんな救うなんて大袈裟なことはしてないよ」
そう。救うなんて大それたことは出来ていない。きっと、していない。
僕はそう思ってそう言っていたんだけれど、不良っぽい熊はにっと笑って言う。
「じゃあ、助けてるってのでどうだよ」
それも信じられなかった。助けるのも救うのも、僕にはあまりに大きすぎる行為だと思ったんだ。
「それ本当? 僕は僕の出来ることなら何でもするけど、助けるなんて、そんなことが出来てるのかな」
僕は不安でそう聞いた。でも不良っぽい熊は笑って僕の背中をバシバシ叩きながらこう言うんだ。
「出来てるよ。十分な」
「そっか……。そうなんだ」
叩かれた背中が痛い。
そしてしばらく僕達は木の実を食べて、どうでもいいことを話し合う。
日が暮れて、もうそろそろ帰ろうという空気になると、不良っぽい熊は突然僕にこんなことを言ってきた。
「お前さ、その内動画配信とかやるといいかもしれないぞ」
明るくそんな風に不良っぽい熊は言った。
「動画? 配信……?」
その時はどういうものかがわからなかった。
でも不良っぽい熊はそのまま続ける。
「そうそう。日本で白熊なんて滅多にいないし、面白いかも。YouTubeとかTwitterで人気になれるんじゃないか?」
「そういうのが、あるの?」
僕がそう聞くとまた不良っぽい熊は僕の背中をバシバシ叩く。
だから、痛いんだってば。
「おう。今の生活に飽きたら、やってみるといいさ。いい刺激になると思うぜ。いろんな人と話せるからな」
そして僕達はその数日後に不良っぽい熊が森を移動していき、「さようなら」をした。
僕は不良っぽい熊の言う通り、その後にYouTubeやTwitterをやるようになる。
当時、救いきれない熊も人も、今ならきっと救うとまではいかなくとも、少しは助けられるようになったと思う。
僕のことを信じていてくれた人、そして、これから僕と出会う人に、楽しんでもらっていきたいと願うよ。
そうそう。不良っぽい熊は無事に病気を完治して、僕の居る森に戻って来たんだ。
たまに昔話をしたりもするけれど、基本的には会わない。
だって、会わなくても信じていられる。そんな「友達」だ。
そうして少年時代は過ぎて行って、今に至る。
こんなに大きな白熊だけど、誰かを助けられるなら、それでいいし、歌も雑談もいろんなことをやって、いろんな人に楽しんでもらいたいんだ――。
小説:根本鈴子
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