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後方彼氏面(こうほうかれしづら)について
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何年か前に病院のある検査で、30分ほどベッドの上でじっと横たわっていなければならなくなった。
カーテンを引かれ、薄暗いパーティションのなかで目をつぶっていると外の会話が聞こえてきた。高齢男性らしき患者が、看護師の女性との事務的なやりとりにかこつけ、しきりにしょうもないジョークを飛ばして「愛想笑い」を引き出していた。
あーあ困った爺さんだな、面白くもないこと言ってわざわざ精神労働を増やして・・・と思っていたのだが、じっと聞いているうちに、だんだん
「これって自分がずっとやってきたことでは・・・?」
と思えてきたのだった。
振り返るに自分の人生、たとえば靴を買う時だとか保険を更新する時だとか、多少なりとも女性の接客(相手が男性でも僕は少しそういう傾向があるが)を受ける段になると、反射的に「ちょっとしたユーモア」を醸し出そうとしていた。派手にギャグをかますとかではないのだが、なんだか少しクスっとさせたいみたいな衝動が起こり、ついそういうふうに振舞ってしまうのである。
で、大半は思惑通りに女性がクスっとなってくれるので「ああ、俺ってお茶目な奴だなあ」なんて思って満足していたのだがあれらの大半は単なる「愛想笑い」だったのではないか? 僕は相手に余計な精神労働をさせていたのではないか? と気付いてしまったのである(ちなみにこの話をキャスでしたら「あー、気付いちゃったか」というコメントがあった。ワラ)。
そう思うと、ひじょうに面目ない気分になってきたのだった。
*
女は、男の前では多かれ少なかれ「営業トーク」をやっている。仕事中でも、プライベートでも。
つまらないジョークでも作り笑いだとバレない程度には笑ってくれるし、男はバカなのでそれで本気でウケていると思い込む。不愉快な発言も即座に咎め立てしないので、男は許容されていると信じて疑わない。
多少親しくなってお互いの内面を話すさいも、男の(ヒロイン・姫的な?)女性観を大きく崩さない文脈で話してくれるので、こういうことがあって辛いとか哀しいという話はしても、よりストレートな嫌悪、憎悪、嘲笑、マウンティング、野心、我欲、排斥心みたいな感情を見せるタイプは少ない。女同士の確執とかも(けっこうあるくせに)男には見せない。
男は神経がやわなので、男同士ではそのようなストレートな、歯に衣着せぬ話をしているにもかかわらず女がそういうことを言い出すと「ギョッと」して引いてしまう。私見ではリベラルでものわかりの良い風の男ほど、女がそういう面を覗かせると「ギョッと」してしまい、許容できない。同じ人間なんだから、そりゃそういう感情もあるっての。
それでまあ、自分はそういうヒロイン・姫的な形式に添った「お話し」だけじゃなく、素のままのあまりきれいではない感情、他の軟弱な男が「ギョッと」してしまうような感情を安心して開示できる、そういうのを余裕で受け止められる懐の広い男になりたいなあ、と思ったのだった。
*
・・・という話をスペースで気の合う(とこちらからは思っている)、とある夜の接客業をしている女性フォロワーさんに話したら
「後方彼氏面ですね😊」
とのことだった。こ、後方彼氏面あ!?
美竹単推し後方彼氏面オタク漫画 pic.twitter.com/ddivZ2tj0N
— らい公 (@raikou104) July 15, 2019
本記事の冒頭にあるように、「後方彼氏面」とは前方で喰いつくベタなファンと違い、意中の子のメンター的なポジションになりたがる、あるいはなったと思い込んでいるちょっと面倒くさいタイプのファンを差す。
夜の接客業をしていると、一定数そういうタイプの客、つまり「自分にだけは本音をさらけ出していいんだよ」みたいな客が来る、とのことだった。
・・・さっきまでの話のワイまさにそれやん。
(ちなみに彼女によれば、以前に薬局で働いていた時、男性客から話しかけられまくって適度に会話を切り上げないとまったく仕事にならないという体験もしたそうである。これはまさに冒頭の病院のエピソードを裏付けする)
無自覚に女性に「営業トーク」を強いる男もいかがなものかと思うし、かといって「自分はわかってる奴」みたいな後方彼氏面でチラッチラッするのもそれはそれでキモいンだわ。
・・・とはいえ、こういうことに気付くのは取っかかりの一歩としてはいいのではないか、と思う。
あれこれ試行錯誤し、経験を積んで男を磨いてゆくうちにわざとらしさも削がれ、「充分に訓練された後方彼氏面はもはや普通に懐の深い男である」という感じに自然に振る舞えるようになるのではないか。どうなんだろう?
先は長く上は限りない、と思っといたほうがやりがいがあるじゃないですか、何事も。
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