第六話 犯罪は犯人の住居を中心に起きるか?


 なんとなくうろ覚えにしていることで、「連続犯罪は犯行地点の中心あたりに犯人の拠点がある場合が多い」というような話を聞いたことがある。もし犯人が隠蔽についてあまり考えない知性や態度の持ち主ならば、確かにそうなるであろうことは想像に難くない。

 しかし犯罪捜査の側で実際にそういう理論があるのか、あるとしたらどのようなものなのかはつい最近まで知らなかったのだが、犯罪学関係の古本をまとめて買ってきたものをぱらぱら読んでいたら、ちゃんと載っていたのである。

まとめて買った犯罪関係書籍


 それによると、デヴィット・カンター(1944-)という英国の心理学教授が犯罪者プロファイリング色々と発展させたらしいのだが、その一環として「地理的プロファイリング」を提唱したという。
 カンター自身の「円仮説」(Circle Hypothesis)は地理的プロファイリングの先鞭をつけるものであり、「犯行地点のうち最も離れた2点を直径とする円のなかに、犯人の住居や生活圏がある」と仮定する。

 そして、これに当て嵌まる犯人を「拠点犯行型」、当て嵌まらないタイプを「通勤犯行型」とし、イギリスの性犯罪者45人を対象に調査したところ、87%が「拠点犯行型」であったという。

笠井達夫他『犯罪に挑む心理学』より。


 なお日本でも連続放火犯のデータを用いて追試したところ、約5割のケースについて円仮説が成立し、推定円の近くに住居があったケースも含めると約7割が該当したとのこと(この結果を『犯罪に挑む心理学』は「罪種の違いもあるので単純に比較することは妥当ではない」とし、『都市の防犯』では「仮説を支持する結果」としている)。

 どうもこれが、冒頭で述べた「犯行地点の中心あたりに犯人の拠点がある場合が多い」という理論っぽいのだが、同じ頃に出てきた理論でもう一つ似たものがあり、それについても述べる。

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 英国のプロファイリングは、70年代後半に起きた「ヨークシャーの切り裂き魔」ことピーター・サトクリフによる連続通り魔事件の捜査がモタついたことから本格的に導入された、とされている。

 「ヨークシャーの切り裂き魔」を追跡するにあたって、内務省中央調査部長であるスチュアート・S・カインド博士を中心とした調査チームは「地理的重心モデル」という手法を考案した。
 こちらは、犯行現場をカンターのように円で囲うのではなく、その重心となる地点を定めようとした。そのさい重心とは「一連の犯行現場との距離の総計が最も短くなる地点」とされた。

 この手法によって調査チームは「ブラッドフォードが重心的な捜査対象地域である」とした調査報告書を提出し、そのあとにサトクリフは職務質問によって逮捕された。
 サトクリフの住居はまさにブラッドフォードにあり、地理的重心モデルの有効性を裏付けるものとなったという。

 下図は実際にサトクリフ事件の犯行地点について、円仮説による居住推定領域と重心地点(G)、そして実際の犯人の住居地(☆)を記したものだ(内側の円は「疑惑領域」という、重心から犯行地点を半径とした円を描くとその中に犯人の居住地がある率が高いとする、のちに改良された理論とのこと)。

 カンターの「円仮説」かカインドの「地理的重心モデル」のいずれか、あるいはその両方が、どうやら僕のうろ憶えの出典であったようだ。

同書より。


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 犯罪をするつもりはまったくないが、もしするとしたらいかにして捜査を撒くか、という想像をすることはある。そのさいに「やっぱ犯行地点が自宅を中心に分布してるようじゃマズいわなあ」と考えたりしていた。つまり「通勤犯行型」みたいな隠蔽策を練っていたわけだ。
 以上見てきたように、実際そちらのほうが重点的に捜査されずに済むので、すぐに逮捕されずに犯行を重ねられそうである。

 否、犯罪はダメですよ、絶対。びょうたろうとの約束だよ!(やっぱりおあとがよろしくない



 【参考文献】

 笠井達夫他『犯罪に挑む心理学 現場が語る最前線』なお当記事は旧版をもとにして書かれています。

 小出治監修『都市の防犯 工学・心理学からのアプローチ』


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安田鋲太郎
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