誤振込の法律関係と阿武町役場の対応における問題点【整理メモ】
R4.5.19整理メモ
「誤振込」の法律関係について、どういう理屈だったかなと、うろ覚えですが、勉強した記憶を思い出してきたので、noteにメモ書きしておこうと思います。
「誤振込」は民法と刑法が交錯する問題です。
「誤振込」の法律関係の当事者は4人です。
①振込依頼人
②送金元銀行
③送金先銀行
④口座名義人
「誤振込」とは、①振込依頼人が振込先口座や振込金額を間違った依頼を②送金元銀行にしてしまい、②送金元銀行が③送金先銀行に入金データを送って、③送金先銀行が入金データ通りに④口座名義人の口座に「入金」を終えてしまった状態です。
口座に「入金」する前に、①振込依頼人が気づいて②送金元銀行と③送金先銀行に入金停止を依頼すれば、「誤振込」は生じません。
また、②送金元銀行や③送金先銀行が入金データを誤った場合も、基本的に「誤振込」になりません。引き出される前なら「入金取消し」がされます。引き出した後でも預金残額との「相殺」で回収されます。
「誤振込」のポイントは、銀行側に「落ち度」がないことです。「落ち度」は①振込依頼人にあります。
「誤振込」があった場合には、通常は「組戻し」がされます。「入金」が「組戻し」により「出金」されます。「誤振込」でも、③送金先銀行と④口座名義人との間の預金債権債務関係は有効です。そのため「組戻し」には④口座名義人の承諾が必要です。
まず、民事では「不当利得」の問題になります。
「誤振込」なので「法律上の原因」がないからです。
ポイントは、「誤振込」において「法律上の原因」がないのは、①振込依頼人と④口座名義人との間でだけということです。
②送金元銀行と③送金先銀行には「法律上の原因」があるので、銀行側には「不当利得」の問題が生じません。
①振込依頼人は④口座名義人に対して不当利得返還請求することになります。
次に、刑事では「詐欺罪」又は「電子計算機使用詐欺罪」の問題になります。
④口座名義人が「誤振込」と認識して、入金されたお金を、窓口で引き出せば「詐欺罪」、ATM等で引き出せば「電子計算機使用詐欺罪」です。
ポイントは、詐欺の相手(騙した相手。被害者)は③送金先銀行であることです。
「誤振込」であっても、民法上は、③送金先銀行と④口座名義人との間には有効な預金債権債務関係(法律上の原因)があるので、「詐欺(騙した)」とは言えないのではないかが論点になります。
最高裁判例は、信義誠実の原則(信義則)により、④口座名義人には③送金先銀行に対して「誤振込」があったことを伝える義務があるとします(預金債権債務は契約によるものですが、「誤振込」の告知義務は信義則によるものです)。
それを伝えずに(告知義務に違反して)「誤振込」されたお金を引き出す行為をしたことで「詐欺(騙した)」と認定します。
なお、③送金先銀行は④口座名義人から「誤振込」を告知されれば、①振込依頼人と②送金元銀行に確認のうえ「組戻し」の手続をすることになります(口座からお金を引き出すことはできません)。
よって、「誤振込」と認識してお金を口座から引き出せば、「詐欺罪」又は「電子計算機使用詐欺罪」が成立します。
以上が「誤振込」の法律関係です。判例解説も読まずに「うろ覚え」で書いたので、間違いもあろうかと思います。学生の頃に勉強した法律の適用問題です。
阿武町役場の対応でまずかったなと思う点についても、メモ書きしておこうと思います。
最初の銀行への依頼ミスもありますが、どちらかというとミスがあった後の対応に問題があると思います。
4/1に採用されたばかりの新人職員が初めて処理することになり、上司や会計管理者による二重チェックも不十分(「報連相」不足)だったために、銀行への依頼ミスが生じたと思います。
おそらくFD等に入れるデータ(給付対象住民の氏名と振込先口座)自体は、前任のベテラン職員が異動前に準備していたと思われるため、油断があったのかもしれません。
最初は「FDに添付する振込依頼書の提出漏れ」という小さなトラブルでした。
トラブルは対応コストよりも予防コストのほうが安くつきます。なるべくトラブル発生を予防する組織運営ができる体制にしておくべきです。また、トラブルが発生した場合は、丁寧な初期対応をしておかないと大きくなるものです。
入金した当日(4/8)に「誤振込」が判明したのは幸運だったと思います。また、銀行での「組戻し」の手続のために、当日中に本人(口座名義人)の自宅に赴いて、「誤振込」の説明をしたのも良かったと思います。
しかし、口座のある町外の銀行に向かう途中で、当日中の「組戻し」を行うことを拒否されました。
この時点でヤバい(引き出されて回収困難になるかもしれない)と思うべきです。
少なくとも土日(4/9,4/10)の間に弁護士に法律相談を行って、想定されるリスクの洗い出しや対応を検討し、明確な方針を立てておくべきでした。
月曜(4/11)に本人への連絡をとれなかった場合は、最悪の事態を想定して、裁判所へ「仮処分」や「仮差押え」の申立てをすべきだったと、私は思います。
4630万円の「誤振込」は、迅速な法的対応を用意周到にやるべき金額ではなかったかと思います。たとえ杞憂や徒労に終わっても、回収不能に陥る危機感から法的手段も辞さないという初期対応なら、被害も最小限で済んだのではないかと思います。
「組戻し」が不奏功に終わった当日に町長がどういった指示をしていたか、説明責任があると思います。
個人のミスがあっても、周りがバックアップやカバーをして、ミスの影響を最小限に抑えることができるのが「良い組織(チーム)」です。
過去には戻れないので、阿武町役場が「より良い行政組織」になるために、今後の教訓にしてはどうかと思います(複数名の外部の弁護士による「検証委員会」を設置して、地方自治法に基づく「内部統制」の観点から事実関係を調査して評価も行った「報告書」を作成し、公表すればどうでしょうか。口座名義人を責めるばかりで終始してしまうのでしょうか)。
銀行とのコミュニケーション不足が招いた面もあると思います。
「振込依頼書」を追加提出する際に『先ほど出したFDに添付するのを忘れてました』といった鉛筆書きの付箋をしておくとか、そもそも「振込依頼書」の提出が必要なのか銀行担当者への確認をしておけば…と思いました。
最初の「振込依頼書の提出漏れ」というミス(結局のところ提出不要だったのでミスでもなかった)による小さなトラブルの段階で、丁寧な対応をしておくべきだったと思います。
ミスをしてしまった4月採用職員はまだ本採用になっていないので、懲戒というよりも、試用期間中の分限免職になる可能性があります。
ただ、新人(初めてその業務に当たる人)は要領が分からずミスをしてしまい、トラブル対応にも不慣れなものです。
個人の問題というよりも、やはり組織の問題だと、私は思います。
R4.5.21追記メモ
町長の説明には腹がたつ。役場職員がクレームや批判の矢面になっているのに『耐えて』としか言えないとは…。これでは役場(組織)が疲弊するだけだ。
「検証委員会」を立ち上げて役場の対応の問題点をきちんと検証してもらう予定と説明したら、役場批判も少しはマシになると思う。
外部の弁護士に役場内の監査をされるのがイヤなら、町長は2期分の「退職手当」の受取を辞退する意向と言えばいい。月給70万円×5×8年=約2800万円で、一定の補填にはなる。400万円程度なら町長の給料を1年間30%カット(252万円)で覚悟を見せられるが、今回は4630万円もの金額だ。
当日の「組戻し」が失敗した段階で、町長には法的対応を見据えた行動を迅速にしなかったミスがある。
町長選告示が4/13であり、判断の優先順位を間違えた可能性がある。無投票再選に水を差す出来事なので、対応が遅れたのではないかと疑う。
トップが責任をとるという覚悟を行動で示さないと、組織を守れない。つくづくトラブルに対する迅速で丁寧な対応をとれない組織だなと思う。対応が後手に回り、全く先手を取れていない。
誤振込した口座があるメガバンクの支店に公文書を送っても無意味(裁判所の仮差押命令文書が必要)。町の指定金融機関である山口銀行なら意味があったのかもしれないが、山口銀行阿武支店は当日の不自然な公金移動に気づいて「誤振込」ではないかという連絡をしているので責められない。入金データ処理を山口銀行のシステム専門部署がしている場合は、阿武支店の銀行員も当日になって気づいたと思われる。
FDは関係ない。媒体がCDだろうが、オンラインだろうが、同じミスをしていると思う。組織的な内部統制に問題があると思う。
町民の多くが役場は今のままでいい(そこまでする必要はない。役場は可哀想な立場だ)と思っているのなら、民主主義なので仕方ないとは思う。
役場(行政)の失態は町民(主権者)に跳ね返るのが、地方自治(民主主義)。
役場の人員不足が原因なら、市町村合併しておけば良かったこと。市町村合併しないのなら、役場の組織力を上げる必要があった。役場や役所の行政能力の低さによる不利益は、最終的に住民が負うもの。住民が負うのが納得できないなら「住民訴訟」を起こすべき。
私が住む自治体の長がこういった悠長で緊張感に欠ける説明をしていたら、「住民訴訟」をして責任追及すると思う(前段階として「住民監査請求」があるが、まずは「情報公開請求」して関係公文書の収集保管をする。公文書や引継書の証拠隠滅をされかねない)。
阿武町長が行政のトップとして説明責任を果たして、しかるべき謝罪や措置をしなければ、トラブルはどんどん大きくなるだろう。町議会の6月定例会で厳しく責任追及されたら良いと思う。
R4.5.24追記メモ
「誤振込」した金額の約9割に当たる4300万円が決済代行業者から返還された(「法的確保」という変わった言い回しだが)。
「国税徴収法」に基づく取立権があった(強制徴収債権)という理屈が最初は分からなかったが、「滞納税」があったので、その取立権を行使したということらしい(4300万円も滞納していたとは思えないが)。銀行への取引開示要求など、国税徴収法(地方税法で準用)を駆使して、なりふり構わずやったということだろう。
①詐欺事件として逮捕されたことで犯罪収益移転防止法が適用される可能性が出てきたことと、②4630万円の不当利得返還請求を争わず認諾したことで裁判所の差押命令を得たこと(国税徴収法に基づく取立てが違法無効でも補完できる状況)が、決済代行業者からの回収に当たって大きかっただろうと思う。
実際のところネットカジノで費消していたのか、資金プールしていたのかは分からない(どちらであっても利己的と判断されるので、「詐欺罪」の情状には影響しないように思う)。
ただ、9割も回収できたのは非常に大きい。
全国ニュースにならずに回収できなかったのかと思うけど、回収に当たって「詐欺罪」で逮捕される必要(警察を動かす必要)があったのでやむなしか…。
慰謝料請求されても仕方ないけど、そこは不当利得返還請求の裁判の中で争われると思う(不法行為の被害者側からの相殺は有効)。
役場組織の検証などが今後どうなるかは、町議会への説明と役場内の処分次第になると思う。
町長の給料を減額するには条例を通す必要がある。町長の給料を減額する前に、役場職員の懲戒処分をすべきではないと私は考える。退職手当で補填する必要がなくなった分だけ、町長は一安心ではないか。
弁護士費用を含めて残り約800万円だが、あとは裁判の結果と阿武町民の判断に委ねたらよいと思う。
もう全国ニュースであえて取り上げる必要はないと私は思う(夏に参院選を控えるので、日米首脳会談の内容等を分析するほうがもっと大事だと思う。アメリカから旧式の戦闘機を大量に買うとか約束してそうに思うが、空襲被害を多く受けた歴史からすると、制空権の大切さはよく分かる)。
しかし「滞納税」に目をつけて突破口にしたのはセンスがある。おそらく町側弁護士の知見だろうが、役場職員の発案なら有能だと思う。
当日にメガバンクへ「組戻し」を依頼した公文書も、国税徴収法に基づく開示請求(口座資金の移動把握)の前提として意味を持たせている。
犯罪収益移転防止法で銀行と決済代行業者に圧力をかけたのは、町側弁護士の手腕で間違いない(素人がやると恐喝になりかねない)。
阿武町役場から決済代行業者への請求は無茶な理屈なので、その支払があっても「法的確保」という言い回しなのだろう。4630万円の返還請求は「認諾」しているので、裁判所の差押命令によって回収完了になると思う。
プロの仕事で、個人的にはとても勉強になった。
町側弁護士が余談で話した弁護士報酬とマスク不着用も、自由を重んじるプロの弁護士としての矜持を感じるものだった。全国から注目される記者会見であえてこの話をしたのが良いね。