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数々の社内起業家・経営者を生み出してきたインキュベーションのプロが語る、社内起業成功のためのノウハウ

JTBで新たに立ち上がったイノベーション創発プロジェクト「nextender(ネクステンダー)」。社会のさまざまな共創パートナーとともに、社内起業家(イントレプレナー)輩出や新しい事業の創造を目指すプロジェクトです。
 
いざ社内起業と言われても、「自分にできるのだろうか」「何から手をつけていいのかわからない」と、そんなふうに思う方も多いのではないでしょうか。
 
そこで今回は、これまで数々の社内起業をサポートしてきたインキュベーション(事業創出サポート)の第一人者でもあるインターウォーズ株式会社社長の吉井信隆さんと、JTB常務執行役員で自身も社内起業の経験を持つ大塚の対談形式で、イントレプレナーの魅力や具体的なノウハウなど、新規事業創出についてお伝えします。

吉井信隆(よしい のぶたか) インターウォーズ(株)代表取締役社長。商社を経て、1979年、(株)リクルートに入社。1994年、同社内でキャリア事業〈現:(株)リクルートキャリアコンサルティング〉 を立ち上げ。1995年に、インターウォーズ(株)を設立し、現職に就任。社内起業家の発掘や育成をするイントレプレナー塾の運営や、起業家の方々が出入りして事業作りに使えるオープンオフィスの運営、事業を一緒に作るための人材紹介、投資、インキュベーションコンサルティングなどを行い、これまでに携わった事業は160を超える。
大塚雅樹(おおつか まさき) JTB取締役常務執行役員、ビジネスソリューション事業本部長。入社後、新宿支店営業課にて勤務の後、社内公募にて本社市場開発室に異動しワークモチベーションの研究を開始。1993年、グループ会社として「(株)ジェイティービーモチベーションズ」を設立し、2004年に同社の代表取締役社長に就任。2021年より現職。

インターウォーズとJTBの関わりの歴史

大塚:私が吉井さんと出会ったのは、もう30年ぐらい前のことですね。ある異業種交流会に、吉井さんが講演をしに来られたのがきっかけです。当時の吉井さんはインターウォーズを起業したばかりでしたよね?

吉井:そうですね。もともと、リクルートでHR事業の責任者を務めたり、社内起業家として再就職支援の事業を立ち上げたりしていました。しかし当時、バブルの崩壊とともに求人が減り、そもそも雇用創出をしなければどうしようもないという状況だったんですね。そんななかで、アメリカのシリコンバレーではベンチャーやスタートアップが雇用の70〜80%を生み出しているということを知り、雇用創出のために新規事業作りのインキュベーション支援をしようと思って、インターウォーズを設立しました。

大塚:当時、私はJTB本社の市場開発室に所属していて、新規事業の開発を手がけていたので、吉井さんのお話をもっと聞きたいと思ったんです。数日後、吉井さんのオフィスに電話をして「お会いしたいです」とお願いしたところから、今まで長くお付き合いが続いています。インターウォーズには、本当にさまざまな角度から社内起業や新規事業立ち上げの相談に乗っていただきました。
 
吉井:大塚さんとの出会いは今でもよく覚えていますし、ここまで長く深く関わり合うことができてとても嬉しく思っています。我々はこれまで162社のインキュベーションに携わり、大きな事例ではイオン銀行やオイシックス・ラ・大地などを手がけてきましたが、JTBともいろいろとご一緒させていただく機会があり、実はJTBベネフィットのお手伝いもさせていただきました。

社内起業という選択肢の可能性

大塚:吉井さんの運営するイントレプレナー塾からは、起業した人だけではなく、もともと所属していた会社で社長になられた方もたくさん輩出していますよね。
 
吉井:そうですね。第1期生が20人ちょっといたのですが、そのうち11人が社長になりました。
 
大塚:結果的に起業はしなくても、起業について学ぶことで経営がわかるようになり、本社で経営者になっていくというパターンも少なくないんですね。私も似たような経験をしてきたので、感覚はわかるような気がします。
 
吉井:社長に就任した方々と食事をしていると、みなさんほぼ同じことを言うんですよ。それは、イントレプレナー塾に入って営業・財務・マーケティング・コンプライアンス・広報など、事業や会社を成り立たせるための要素を全て考えるようになったということ。そして、それによって視野が広がり、より広いキャリアプランを考えられるようになったということです。
 
大塚:企業側からすると、イントレプレナーを育てるということは企業内で事業を生み出すことができるだけでなく、経営者を育てることにもなるんですね。もちろん、個人にとっても、イントレプレナーを目指すことでキャリアの可能性を広げられます。大企業のなかにいると職種が縦割りで、たとえば営業に配属されると営業のトップになることだけを夢見てしまいがちですが、それ以外の可能性にも目が向けられるようになるはずです。

イントレプレナーは物理的に会社から離れろ

大塚:インターウォーズではイントレプレナーとアントレプレナー(ゼロから一人で事業を起こす起業家)の両方を支援されていますが、そこにはどんな差がありますか。
 
吉井:強い思いがあって事業を起こしているという根本は同じだと思います。ただ、いざ社内起業を目指すと会社のなかにはいろいろな壁がありますよね。既存事業があると、その既存事業の尺度で全てが測られてしまって新しいことに挑戦できないなんてことはよくあります。そういった壁に邪魔されて、社内起業ができないから会社を辞めて、アントレプレナーとして自分で事業を起こす人も多いんです。

大塚:たしかに、私もJTBモチベーションズを作るときに「これは旅行とどうシナジーがあるんだ?」と言われたことを思い出しました。本社のなかにいると、やはり既存事業に引っ張られてしまうことが多く、思うように事業開発が進まないことから、思い切って私たちの部署だけ別のビルに移りました。
 
吉井:そうですよね。私も、リクルートで社内起業家をしていたときは、本社のビルにいると毎日役員が様子を見にやってきました。みなさん善意でアドバイスをくれるのですが、やっぱりどうしても既存事業に引っ張られたアイデアが多くて……。だから私も別のビルに移って新規事業を進めるようになりました。
 
イントレプレナーであっても、大塚さんたちがされたように外に出るのは非常に有効だと思っていて、私たちはそれを「出島インキュベーション」と呼んでいます。今支援している社内起業家の方々にも本社からは物理的に離れて事業を進めてもらうようにしています。

起業家に必要なのは「強烈な熱量」

大塚:イントレプレナーでもアントレプレナーでも、吉井さんはよく「強烈な熱量」が重要だとおっしゃりますよね。そういったパッションはどのように醸成したらいいのでしょうか?
 
吉井:日常の生活や仕事、遊びのなかで感じた「不便だな」「不満だ」といった気持ちからパッションが生まれると思います。私は分析やリサーチを出発点としてうまくいっている事業にはほとんど出会ったことがありません。それよりも起業家自身のリアルな「不」の発見の方が大事だと感じます。
 
イントレプレナー塾に入った方々には「うちの会社は」という言葉はやめてくださいとお伝えするんですね。「うちの会社は」というのは会社から何か言われたからやっているという逃げの意識です。そうではなくて、「私は」「僕は」と一人称で語ることで、自分が強烈に情熱を捧げられるポイントを発見できると思います。圧倒的当事者意識、自分だったらこうするのにな、と常々思える人であることが大事です。
 
大塚:なるほど。イントレプレナーを目指すと、「自分の会社の強みって何だろう?」ということから思考してしまう人も多いと思うのですが、そうではなくて自分を主語にするのがいいんですね。
 
吉井:「うちの会社はこういう経営資源があるから……」というのは後から考えるのでいいんです。最初は等身大の感覚でニーズを発掘していくのが大事です。もっと具体的なハウツーで言えば、ニーズを発掘する段階でまずAIを使ってみるのも良いかもしれません。たとえば、ChatGPTに自分の普段の考えを読み込ませておいて、アイデアの壁打ちをしてもらう。5〜6回もやりとりをすれば案外立派な事業フレームができます。デジタルの世界になってきたので、今ならこういった方法もありだと思います。

自分とは異なる仲間が、事業の成功を支える

大塚:面白いですね。私は社内起業家を目指す人に対して、よく「社外に目を向けろ」と伝えています。大企業にいると身内の知り合いがたくさんできるので「いつも社内の人と気軽にお酒を飲んでます」という人が多いような気がします。でも、外部の人たちと関わり、新たな刺激や情報を得て、自分の市場価値を知る機会は大事だと思うんですよね。吉井さんはこの点について、どうお考えですか?
 
吉井:全くその通りだと思います。身内だけの世界観に浸かってしまうと、近視眼的なものの見方しかできなくなるんですよね。でも、経営における大きな意思決定には時代を洞察する力が必要です。なので、判断基準の幅を広げる意味で、社外とのつながりがとても大事だと思います。
 
大塚:起業をするときには一人では何もできないので、仲間集めという意味でもいろいろなつながりを作っておくのは大切ですよね。でも、仲間集めもまた難しくて、自分と似た人ばかり集めて失敗しているのをよく見ます。
 
吉井:たしかに、同質な人ばかり集まると事業は失敗しがちです。自分がピッチャーだったら、キャッチャーのような人がいないと事業は成り立たないんですよね。我々のイントレプレナー塾では最初に自身の価値観を知ることのできる「キャリア・アンカー」(キャリア志向自己診断)を受けてもらいます。自分の思考を知って、足りない部分を補うためにどんな人が必要なのかを考えるようにしているのです。そして、自分の仕事や人生について「問い」を持っていることで、良い仲間が集まってくると思います。

失敗しても大丈夫と思える場作りの重要性

大塚:もう一つ、社内起業のハードルとして「この事業に失敗したら、本社に戻っても居場所がないんじゃないか」といった組織的な不安もあると思います。そういったハードルを乗り越えるためには何が必要だと思いますか。
 
吉井:日本では「就職」のことを「就社」であるかのように捉えている人が多いことも問題だと思うんですよね。「何がやりたいか」よりも偏差値で大学を選んだり、人気ランキングから企業を選んだり。もっと個人として何がやりたいのかを考えることができれば、そのハードルは乗り越えられるのではないかと思います。

企業としては、会社のなかでチャレンジした人を賞賛する文化や評価制度を作ることが大切です。一度失敗した人をすぐに左遷してしまうような会社では、なかなかチャレンジしようと思う人はいないですよね。
 
大塚:会社側が、チャレンジした人をきちんと評価したり、失敗しても戻って来られるような制度や事例を作ったりしないといけないですね。
 
吉井:すでに評価されている優秀な社員は、そのまま出世をしたいと考えるのが普通です。そのような方に「新規事業をやってくれ」と言っても、失敗したときのリスクを感じてやる気を見出せないですよね。そういう点でも、大塚さんは良い事例だと思うんです。JTBという大手企業のなかで社内起業家として新規事業に携わった方が役員になっている。こういった事例ってあまりないんですよ。だからこそ、大塚さんがnextenderの取り組みに関わっていることを聞き、期待が膨らみました。


大塚:JTBグループはnextenderの取り組みを通して、自社の社員はもちろん社外の方々とも一緒に新たな企業を生み出していければと考えています。吉井さんの目から見て、nextenderは社会にどんな影響を与えられそうでしょうか。
 
吉井:最初に聞いたときから、とても良い取り組みだなと感じていました。JTBの強みは人と人とのつながりだと思うんですよね。小学生の頃から修学旅行でお世話になったり、会社員になっても研修旅行でお世話になったり。まるで社会インフラのように、色々なステークホルダーといい意味で泥臭く人間らしいコミュニケーションをとっていますよね。こういった人間と人間の関わり合いを資源として持っている会社は少ないですし、それを生かすことができれば、大きなビジネス創出の可能性があると思います。
 
大塚:ありがとうございます。そういった価値を提供できるように尽力していきたいと思います。いずれは大学などの教育機関とも連携していきたいなと考えています。最近は大学発ベンチャーがどんどん増えていますよね。海外に比べると日本の大学発ベンチャーは数が少ないため、まだまだポテンシャルがあると思っています。
 
吉井:おっしゃる通り、海外では大学発ベンチャーが増えているし、FacebookやMicrosoftも源流を辿れば大学発ベンチャーです。学生が起業をして、大学が投資したりナレッジを提供したりすることでスケールしてきたわけです。そもそも、アメリカではスタートアップ投資額が40兆円を超えているのに比べて、日本では9000億円程度。日本のベンチャーやスタートアップ増加には、まだまだ取り組む余地がありますよね。
 
それに、日本では残念ながら大学発ベンチャーのインキュベーションを支えるためのメカニズムができていないんですよね。いずれnextenderが大学発ベンチャーの受け皿としてバックアップできる仕組みを作れたら良いですね。そのときにもJTBが持つ、さまざまなステークホルダーとのつながりが生きてくると思います。
 

イントレプレナーというキャリアは“クール”

大塚:今回のお話を聞いて、改めて起業や新規事業作りにおいて重要なマインドセットや、会社としての仕組み作りの大切さを実感しました。これを機に、新規事業開発や社内起業にチャレンジしようと思う人が増えてくれたら嬉しいですね。
 
吉井:ありがとうございます。実は日本は世界でも類を見ないくらいイントレプレナーが多い国でもあるんですよね。たとえば今や日本の時価総額最大の企業であるトヨタ自動車は、豊田喜一郎さんが豊田自動織機製作所という別の会社のなかから、社内起業家として起こした企業なんです。ソニーの「プレイステーション」の生みの親の久夛良木健さんも社内起業家として事業を起こしています。
 
イントレプレナーって、大変な面もあるけれど、かっこよくて面白く、会社のリソースを使えるし、失敗しても路頭に迷うことはないので思い切って挑戦できる。成功すればヒーローになれる。なんともクールな仕事なんですよ。起業やイノベーションと聞くと大変なことに聞こえるかもしれないけれど、実は日常生活のなかにもたくさんのイノベーションが隠れています。カレーうどんなんてその最たる例ですよ。カレーとだし汁のうどんを掛け合わせるって大発見ですが、すっかり定着しています。そんなふうに考えると、なんだかできそうだと感じませんか?
 
JTBのみなさんは技術屋さんでもないし、メーカーでもない。だけど、人と人をつなぐ力においては、ほかと比べようもないくらい強みを持っている。私自身もずっと前から、JTBだったらそのつながりを生かしてもっと面白いことができるのになと思っていました。nextenderの取り組みを活用すれば、新しいチャレンジができると思うので、ぜひみなさんに挑戦してほしいですね。

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