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『最長片道の旅』を旅する day36,37 さよなら、三江線 また津山に戻ってきたよ
「『最長片道の旅』を旅する」は
宮脇俊三『最長片道切符の旅』(新潮文庫)を忠実にたどる記録です。
day36 江津 0605(三江線)0916 三次 1128(福塩線)1312 府中 1319(福塩線)1401 福山 1407(山陽本線)1450 倉敷 1502(伯備線)1555 新見 1605(姫新線)1815 津山
day37 津山 0605(津山線)0835 岡山 1023(新幹線のぞみ)東京
(Top写真はwiki 三江線 Aifura)
Day36
さて、今回の目玉は三江(さんこう)線だ。三江線は過去、数回にわたって自然災害で不通になった。その度に全線復活してきたが、ついに2018年、廃線となった。この旅は大規模災害による長期間の運休から復帰したあとで、廃線決定される直前、廃線ぎりぎり寸前であった。
宿泊先でも三江線の長期運休からの復旧が話題になっていた。
「三江線が開通したからねえ。それまでみなずっと待っとったんだわ」
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朝6時の始発に乗る。このために昨日は無理をして夜遅く江津(ごうつ)まで来たのだった。三次(みよし)への直通列車は朝、昼、夕方の三本しかないのだ。
三江線は江川(ごうがわ)に添って走る。
朝靄の流れる水面が見えてきた。
山に挟まれた川幅いっぱいに青緑色の水がゆっくり動いている。
さすがは中国地方第一の川で、水量が多い。
先生が旅行した40年前と今でもその景色は変わらない。豊かな川は水をたたえて美しい。
三江線はこの江川に忠実に沿って敷設されている。そのため蛇行して距離が長くなり、また走行時間も長くなった。江津ー三次は直線距離では60kmしかないのに、三江線は108kmもある。
トンネルなどで直線にすると、駅が川沿いの町から離れるので地元から猛反対が出た。そのため、走行距離が長くなり時間もかかり、結局自らの首を絞めてしまったのだ。
川戸(かわど)は三方を堤防に守られた駅だ。堤防を突っ切ると町に入る。ここは桜がきれいな駅で撮り鉄には有名な駅だった。
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浜原から口羽まで駅間が長く直線的になっている。
もともと三江線は南北に分かれていて、1975年にようやく浜原と口羽間の南北を繋いで全通した。
その際、鉄建公団の新規格で新線が建設されたため、この区間はトンネル、橋梁を立てて直線(いわゆる新幹線規格)で路線を敷設した。なので直線区間が長く、この区間だけ平均速度は85km/時(旧区間は平均65km)であった。
この新線区間はスピードも速いし、揺れも少なくて乗り心地がよい。
ただし、昔みたいに地形に沿って、ぐねぐねゆっくり走る心地よさはない。人間とは贅沢なものだと思う。
その新規格路線のために、駅がとんでもなく高いところにある有名駅がある。これなど本末転倒の見本みたいなものだな。
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それが宇都井(うづい)駅である。両端がトンネルで、江川に流れ込む細い支谷の上に作られた駅で、ホームまで116段の階段で上る。エレベーターもエスカレーターもない。20mはビルの5階に相当する。おお、いやだ。
高いホームは吹きさらしで、誰も降りないし、誰も乗って来なかった。
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この路線は先生と一緒に「二人の目」で旅行しているような気がする。
見えるもの、考えることも多い。
三江線全通が近づいたころ、せめて一本ぐらいは急行が走るのではないかと私は期待し、自分なりに急行のダイヤを考えた。
三江線を経由する浜田ー岡山間の急行で、浜田、江津、三次の人びとが岡山、大阪、さらに東京に行き来するの便利なように新幹線の接続にも気を配った。
急行「ごうがわ」
車両基地:浜田
浜田発0830 江津発0852 石見川本、粕淵、口羽停車 三次発1120 上下、府中停車 福山着1310 終着岡山1400
帰り 岡山発1555 浜田着2120
文庫本にはその空想ダイヤが出ている。すごいなあ。時刻表を詠み込んで半世紀の先生の案は詳細克明で、さすがでございます。
広島県に入り、式敷(しきじき)あたりから老人が増えた。この四十年で、子どもが減り老人が増えた。そういうことだ。
先生の旅は10月下旬から12月の「冬の旅」である。私は四季折々、暇をぬっては切れ切れの「四季の旅」である。日本の四季の移ろいを楽しむ旅だ。日本は美しい。
「美しい日本」とは、山、川、海、手入れされた「国の姿」が美しいのであって、「国の心」が美しいのではないと思う。
三次 1128着。ここで2時間の待ち合わせ。町を歩いてみるが何もない。
鵜飼もあるらしいが(初耳)、昼はやってないだろう。
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駅前の喫茶店「トラジャ」でモーニングと小カレーを食べる。
この店は昔からここにあるんだろな。
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今日明日の「傾向と対策」を練る。今夜は津山泊と決定、一昨日と同じ宿を取る。結局、丸二日掛けて戻ってきたことになる。
三次から福塩線に乗る。
騒がしいので目をさますと、列車は上下(じょうげ)に停車しており、車内はここで乗ったらしい小学生の団体で賑わっている。
この小学生たちは一駅乗っただけで、次の備後矢野で降りた。遠足にでも行くのか、さすがにカープの赤帽をかぶった子が多い。
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なぜ子どもたちは一駅で降りたのか、地図を見ていたらはっとひらめいた。この子どもたちは「上下北小」の子どもたちで、一駅離れた備後矢野の「上下南小」に行くのではないか。運動会か学芸会の合同練習があったのではないだろうか。先生の謎が40数年後に解けたような気がした。
私は列車で移動中はiPad miniでGoogleMapsを見ている。あ、この辺から川が出てくるなとか、もうすぐトンネルだとか、この工場はなんの工場だろうとか、この学校はなんだとか、地図を見ながらの鉄旅もいいものだ。
上下駅を出てすぐ左手に広い運動場を持った学校がある。県立上下高校だ(上の地図参照)。 ここは石見銀山から瀬戸内海に抜ける銀山街道の宿場町であったから開けているのだろう。
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府中駅で電車に乗り換える。ここからは電化されている。
学生、買い物客、老人、おじさん、勤め人など客は多い。
しかし車輌は退屈なロングシート。寝に入る。
1401 福山着。山陽本線に乗り換える。湘南型、客はまばら。小雨。
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福山は新幹線も停まる駅なのになぜか印象が薄い。ホームからは立派なお城も見えるのだが、行ったことないなあ。そもそも降りたこともないんじゃないかな。
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福山発。松の疎林を通して淡褐色の地肌を見せる低い丘陵と
学生服の看板の目立つ山陽路を40分走って倉敷に着く。
この頃はまだ倉敷、児島は学生服が主流だったんだな。今ではすっかりジーンズになってしまった。
倉敷から伯備線。新見での乗り換え時間に間に合わせるため、ここは特急「やくも」に乗る。またしてもこの伯備線、普通列車の乗りつぶしはならなかった。また乗りに来なくっちゃ。
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列車は高梁川沿いに走る。広くてきれいな川だ。本日二本目の美しい川だ。
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新見着。昨日の昼、通った所だ。二日掛けて戻ってきた。
ご苦労さん、と言うほかない。
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新見から姫新線。一両のワンマンカー。姫新線は全線ディーゼルである。
乗客は20名ほど。
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中国勝山で32分の停車。駅で地図をもらって町に出てみる。
城下町、古い町並みがそのまま残っているいい町だ。
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きくや菓舗でまんじゅうをいただく。お茶をだしていただいた。
いい散歩だった。
駅に帰って出発を待つ。出発間際、大勢の高校生が駆け込んできて満員になった。高校の下校時間を待ち合わせていたんだな。
1815 津山着。昨日の早朝、4時の始発で発った津山にまた戻ってきた。
一昨日と同じ宿に入る。
Day37
朝、0542に目が覚める。今日はゆっくり0702発の津山線の予定だが、念のため時刻表を見てみると、0605発があるではないか。
即決断。ホテルを0550出発。10分で駅に到着。セーフ。
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それでもしっかり駅へ行く途中でマンホールの蓋の写真を撮った。
けっこう地方に行くとマンホールの蓋がおもしろくて写真を撮っている。
これはこれではまるとヌマだろうなあ。
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まあ、7時の列車でもよかったんだけどね(笑)
これも、始発に乗りたがる乗り鉄の習性ですかなあ。
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津山線岡山行き。二輌編成。まばらに通勤客。徐々に客が増えてきてほぼ満員。中に「国体」お手伝いの服を着た夫婦がいた。まだやってたのか、国体。
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途中、津山ー岡山の中間点の福渡(ふくわたり)にこんな看板があった。
「行こうか岡山、戻ろうか津山、ここが思案の福渡」
0835岡山着。駅でゆっくりモーニングをして
10時半の新幹線のぞみで東京に帰る。
さて、次回は四国だ。
今では「最長片道切符」に四国は入っていないのだが、40年前の先生の時代には、宇高連絡船(岡山県宇野ー香川県高松)、仁堀連絡船(愛媛県堀江ー広島県仁方)があったために、四国と本土が繋がれており「最長片道切符」に組み込まれているのだ。
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wiki「最長片道切符」
国鉄時代、本州と四国を結ぶ国鉄航路が仁堀連絡船と宇高連絡船の2本存在していたため、同じ区間を2度通ることなく四国島内を通過して旅行することが可能であった。
したがって、この2本の航路を通ることで、国鉄の経営する最長ルート(最長片道切符のルート)に四国島内の路線を組み入れることができた。
しかし、現在この二航路とも廃止になっており、ここをどうやって凌ぐかが問題なのだ。うーん、どうするかなあ。
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