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ジャーナル論文による研究業績評価と土木工学研究
渡部靖憲
論説委員
北海道大学
Coastal Engineering Journal 元Editor-in-Chief
この数十年の間に大学における研究評価は大きく変化した。過去に和文論文や国際会議論文が主要な研究業績として認められていたものが、現在は国際ジャーナルでの論文数、引用数から客観評価される。最初にこの遷移期間において次々に発生した問題の一例を紹介する。
過去3年間の出版論文の総引用数を論文数で除した所謂インパクトファクター(IF)がジャーナルの価値の目安になり、著者は高いIFのジャーナルでの出版を目指し、ジャーナルは多くの引用を得られる高レベルの論文の獲得を目指す。2014年に報道されたSTAP細胞問題は、最高レベルのIFをもつNatureへの採択を目指す激しい研究競争の中、改ざん、剽窃等の不正が既に横行し正当な研究評価が捻じ曲げられていたことを明らかにした。その後オンライン上の全ての出版文章がデータ化され、投稿論文との類似表現を検出するシステムが開発された。導入当時は剽窃された文で埋め尽くされた投稿の多さに愕然とさせられたことを思い出す。また大手出版社間の協定の下、著者資格の厳格化や成果の再現性の担保を求めるなど倫理規定が整備された。著名な研究者を装って作成したメールアドレスを査読者として推薦し、自身の投稿の査読依頼を自身で受け取る悪質な不正行為が横行しだすと、編集者が適切な査読者を判断できる様、世界中の研究者の査読実績のデータベースが立ち上げられた。手を変え品を変え不正を仕掛ける悪質な著者と出版社とのいたちごっこは今も続いている。
ジャーナル論文が評価と直結するためジャーナルのニーズが高まり、著者が出版費を支払い読者が無料で論文を入手可能なオープンアクセス(OA)の普及もあって数多くの新OAジャーナルが発刊されてきた。これらには出版社間協定をもたない小規模出版社やそもそも何者かわからない組織が発行するものもあり、倫理規定を軽視するものも少なくない。徴収したOA費用を収入源とし、形だけの査読で採択し出版する俗にいうハゲタカジャーナルが大量に発生し、大学を始め研究機関は注意喚起を続けている。特に博士学生や若手研究者にとってジャーナルの採択一つが後の人生を左右するため、躊躇しつつもハゲタカ誌の目論みに加担してしまったという話も耳にする。
これら問題の原因は、著者とジャーナルの目的の違いに帰着する。ジャーナルは読者のために存在し読者への学術的新発見の提供を目的とする一方、自身の評価のために執筆する著者の第一の目的は採択であり自身のためにジャーナルが存在する。こうした著者の一部は第一の目的をなんとか達成するために不正を行うかもしれないし、読者の代表である査読者を欺き、あるいは金銭で採択を手に入れるかもしれない。ジャーナル論文数に縛られた業績評価が生み出した歪みが、ジャーナルが目的とする学術の正当な進展を阻害しているともいえる。
この歪は既存の学術体系をも変えてきた。学会講演会や国際会議での出版論文は評価されないため、投稿が減り、これに応じて参加者も減少、かつて研究者の活躍の場が衰退の一途を辿っている。評価だけ考えればジャーナルの論文数だけ稼げば良く、そもそも学会に入会する必要もない。他との係りを遮断し、社会の要請を拒絶し、ジャーナル論文のためのみに時間を使う研究者が高く評価されることになるが、果たしてこれは望まれるべきことなのであろうか?
グローバルマーケットの産業的ニーズを背景に古くから国際誌での承認が要求されてきた他分野ではジャーナルへの掲載のみが研究成果のアウトプットであり、土木工学の文化と大きく異なる。土木工学においても国際事業に参画する場合、国際的に承認されたジャーナルの出版物をもって学術的根拠を海外技術者に証明する必要があり、研究成果のジャーナルへの投稿は積極的に進めなければならない。一方、土木工学の研究は国内ニーズが高く、特に戦後の復興における社会基盤整備の強烈な内需に対して学会を中心とした体系の中、学術的、技術的進展を果たしてきた歴史があり、この体系が現在も基盤となる。自然災害や少子高齢化を背景に、個別の地域課題は山積し高い国内ニーズは今後も継続すると予想される。しかしながら、現行の研究業績評価の歪から、研究交流は衰退し、学会は弱体化し、国内の課題解決を担う研究者は離れていく負のスパイラルに陥りかねない。新時代へ向けて土木工学研究の推進を後押するための体系の進化が不可欠となるであろう。
第212回 論説・オピニオン(2025年1月)
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