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土木のビッグピクチャーに寄せて

水谷 誠
論説委員
(一社)日本建設業連合会


土木学会は2022年6月6日、「Beyondコロナの日本再生と土木のビッグピクチャー[提言]」を発表した。本提言は、厳しさを増している今日の日本の危機に立ち向かうため、土木学会100年ビジョンを踏まえ、今後土木が実現すべき未来像を全体俯瞰図として示したものであり、筆者も委員として策定に加わらせていただいた。

本提言には、二つの特徴がある。一つ目は、「ありたい未来の姿」として夢と希望の持てる社会を構想し、その姿に如何に近づけるかというバックキャスト型の提言としたことである。そして、「ありたい未来の姿」とは、全ての人が生涯にわたり「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた(Well-being)状態」を感じられる社会、言い換えれば「誰もが、どこでも、安心して、快適に暮らし続けられる社会」としている。そしてその実現のためには、安全、医療、雇用、教育、福祉が確保されること、さらに、良好な自然、文化、地域、産業、包摂が共生により構築されるべきとしている。

二つ目は、「ありたい未来の姿」を実現するため、社会の価値観の転換を提唱したことである。その一つは、「縮小を前提とする価値観」の転換である。トレンドで予測された人口予測を議論の前提とする固定観念をいったんリセットし、議論を広げるべきことを提案している。もう一つは、「効率性重視の価値観」の転換である。過度に効率性を重視した社会から共生を重視した社会へ、また、インフラの価値観を効率性だけでなく公平性や地域特有の価値を付加すべきことを提案している。

こうした基本的考え方のもと、本提言では、目指すべき国土像として、全国津々浦々で安心して快適に暮らすことができる「分散・共生型の国土」を提案し、その実現のため、①国土強靭化、②地方創生、③経済安全保障、④インフラメンテナンス、⑤脱炭素化、⑥グリーンインフラと生物多様性、⑦DX社会への対応、の7つの視点から政策の方向性と具体的なインフラの例を掲げている。

さらに、政策実現のための制度として、①投資規模を明記したインフラの長期計画を策定すること、②インフラの計画・評価手法をB/Cに限定しないこと、③巨大災害事前防災、地域公共交通サービス、インフラ空間活用において公的負担を制度化すること、④インフラ整備・管理の各段階において住民参加機会を設定すること、を大胆に提案している。

本提言策定の過程で大きく意識したのは、日本社会への危機感である。災害やインフラの老朽化、地方の疲弊といった従来の国土の課題に加え、日本はここ30年間、先進国(G7諸国)の中で唯一経済成長をしていない。この間、日本の経済規模は世界の16%から5%へ落ち、一人当たりGDPも上位の西欧諸国の半分以下になった。人口も減少に転じ、社会の不安や閉塞感が進行している。この状況を改善するためには、人々の幸せを第一に考えて「ありたい未来の姿」を掲げるとともに、その実現のために既存の価値観も大胆に転換していくことが必要だと思われた。

また、インフラは経済・社会の重要な基盤であり、経済成長に必要なツールである。近年のデジタル化、気候変動、コロナ対応、安全保障環境等社会の大きな変化に合わせて進化・高度化させていくことが必要であり、決して概成するものではないとの認識で、必要な政策・インフラの例を提示した。

ただし、インフラ整備は供給者側の意志だけで進むべきではない。国民の理解と共感が必要であり、さらに一歩進んで、積極的に関わってほしい。すなわち、インフラは与えられるものではなく、地域を良くする貴重な財産として地域の皆で考えて創り上げていってほしいという気持ちもあった。

こうした思いや議論を経て本提言につながったが、残念ながら策定までの時間が短く、個々のインフラについて十分深掘りできなかった。その意味で未完成の提言であり、今後も議論を深めるべきだと思っている。また地方においても、本提言を参考に、各地域の未来を構想し、住民一人一人が必要なインフラについて真剣に議論を展開していただけることを願っている。

土木学会 第184回論説・オピニオン(2022年9月)



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