冷めたポテトフライはもう置いてきた
ボクにはもう、あの夜更けはきっと来ない。
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夜更けと聞くと、どうも六本木でのカラオケが思いだされる。
新卒で入った会社が六本木にあったので、その近くでよく飲み歩いていた。
といってもお金があるわけではないので、1杯が180円と破格のビールを謎の居酒屋チェーンで飲み続け、そのあと決まって青い看板に赤い文字で書かれたカラオケ屋に駆け込んだ。
大学時代はオールなんて屁でもなかったのに、25歳を過ぎたあたりから夜中の2時過ぎになるとまぶたの重さに比例して聞こえる歌声に霞がかかる。
夢を見ることなく起きると、もう4時過ぎ。
一緒に盛り上がってた仲間たちも、ほとんど寝落ち。
2,3人が「我らは最後に残った勇者だ!」と言わんばかりに熱唱に興じている。
頼んだハイボールの氷も溶けきった。でも慣れないバイトが作ったであろうカラオケの濃いハイボールは、この時がちょうど良かったりもする。
起きがけの乾いた口にはちょうど良い冷たさだ。ひと口ごくり。
…うん、可もなく不可もなく。朝なのにお酒を飲んでいる背徳感は悪くない。
ちょっとしょっぱいものはないかしら。
…ある。
下に敷いた紙が油を吸いきったポテトフライ。
パリッ、とか、サクッ、みたいな概念はもう消失した物体。
みんな「お腹いっぱい」だと言っていたのに、なんであいつはこれ頼んだんだろう。
でもちょうどいいや。
ひと口食べる。
…ああ、ひと口で十分。ごちそうさま。
そこからは勇者の熱唱を聞きながら、朝日を待つ。
その前に始発の時間がやってくる。もう帰る時間だ。
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飲酒にオールにポテトフライ。体を痛めつけて人生を消費してた。
でもこれは、なんにも持ってない自分だからできた遊びだったのかもしれない。
満たされないけどありあまるエネルギーを自分にぶつけ、六本木の夜で手ごろな非日常を謳歌する。
「俺っていったいなんなんだろう?」の気持ちを纏いながら生きる日々。
でも。
今は仕事も充実し、結婚し、子供もできた。
自分ができること、できそうなこと、できないことも見えてきた。
満たされた、わけではない。
もがいた結果がやっと出てきて、こんな自分で戦う自信と覚悟ができたんだ。
だから自分を大切にしたい、そう思うようになった。
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ボクにはもう、あの夜更けはきっと来ない。
でもそれは、とっても良いことだ。
前を見ればいいんだから。
冷めたポテトフライはもう置いてきた。
新しい夜明けが待ってるはずだから。