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魔法とは目に見える呪いである。

魔法が物理現象とは全く異なる事象であることは、属性の相性という概念を通して充分に理解して貰えた事だろう。
では物理現象でないのなら、すなわち「魔法現象」とは具体的になんなのかを考えていく。

まずは魔法が使われている作品を幾つか思い返して見よう。ラノベでも良いが、魔法という要素がシステマチックに管理されているゲームで考えた方が分かりやすいかもしれない。

そこには「ステータス」というものがある。攻撃力や防御力などを数値化したものだ。当然魔法による攻撃力や防御力と、剣などによる物理現象とでは参照されるステータスは異なる。

RPGなどのゲームにおけるステータスで、魔法の攻撃力はINT、魔法防御はMNDで表されることがある。
INTとはintelligent……即ち『知性』であり、MNDはmind……即ち『精神力』である。

知性が魔法の威力を左右するのは、なんとなくわからんでもない。魔法の呪文や言語、魔法陣などを覚えるには確かに高い知性が必要だろう。同じ呪文であれば知性に関係なく同じ威力であるべきという疑問は一旦閉まっておくとして。
しかし、精神力が魔法を受けた時のダメージを左右するというのはイマイチよく分からない。魔法のどこをどう見ても精神攻撃には見えないだろう。

私の考察はここで一度詰まった。辻褄を合わせるのは得意な私だが、「魔法とは何か」という根本的な部分で躓くとは思わなかった。

もう一度、1から考えてみよう。
まず、魔法は物理攻撃ではない。
しかしだ。現実的に考えればそもそも、燃え盛る炎に身を包まれようと、強い水圧で体に穴を開けようと、それらは全て物理現象による攻撃になるはずだ。
しかし、魔法が実は精神攻撃だったとして、ゲーム的に言えば間違いなく『HP』が減っているのだ。にもかかわらず、身体を幾ら丈夫にしようとも、心を鍛えなければ魔法による攻撃は防げないらしい。

では何に攻撃しているのか。リアルに1週間くらい考えた結果答えは出た。
魔法はおそらく、「魂に直接攻撃をしている」と考えるのが自然な設定だろう。

さて、ゲーム作品でばかり考えてきたが、近代魔法学はやはりラノベも考察の対象だ。
ラノベには「無詠唱」という概念がある。その手の作品において魔法というのは「イメージを形にするもの」というのが広く認識されていると思う。
無詠唱の出る作品において詠唱は「イメージを固めるもの」と語られることが多いが、それは少し違う気がする。

何故しっかりとしたイメージを固める必要があるのか。無詠唱なら勿論、詠唱をするにしても、具体的なイメージがある方が成功しやすいという作品も多い。
まずそもそも、これは魔力に人のイメージを読み取る能力があるということだ。そして無詠唱は詠唱による指定という縛りを受けない、つまり自由度が上がるだけではなく、何故か威力も上がる。

つまり魔力には「強い願いを反映させる能力がある」のではないだろうか。
そして人の最も根源的な強い願いとは、やはり負の感情……相手を恨む感情の方が強いだろう。
ここから、魔法の起源が分かる。
「相手を殺したい」という強い願いを反映させる現象……魔法というより「呪い」と我々は呼称するものだ。
相手を殺したいほどの強い恨みに、魔力というよく分からないがファンタジーなものに反応する。まぁ、ファンタジーの設定としては奥の深い設定なのではないだろうか。

よって魔法=呪い!としても良いのだが、これでは不完全だ。
私を含めたみんなの知っている「魔法」は、ただ対象が勝手に死ぬだけの地味なものではない。わかっているとも。

まぁあの炎やら水やらは一体なんなのか、魔力がどうやら「強い願い」に反応するらしいのは分かっていただけただろう。
そこで、さらに起源を考えてみよう。
なんの偶然か、呪いを発見した人類だが……その恨みが強いほど、「より苦しませて殺したい」と思うはずだ。
それこそ炎の海の中でなるべく苦しませたいという者も、冷たい水の中で窒息させたい者も居たはずだ。
魔法による炎は、魂への攻撃と同時に身体が燃える感覚を与えるもの……という解釈になる。

この設定は非常に便利だ。
狭い洞窟の中で使っても酸素不足を突っ込まれたりしないし、なんなら水の中で使っても問題ないわけだ。
回復魔法やデバフ、バフの魔法なども「強い願い」が元になっていると考えれば説明もできる。
我ながらなかなか都合のいい設定を思いついたものだ。

結論として、魔法を一言で言い表すのであれば、「目に見える呪い」と言い換えるのがいいのではないだろうか。

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