麻酔の準備

7月となり米国でも新しい麻酔科レジデントが仕事場に加わりました。ちょうどいいタイミングでもあるので、麻酔の準備について書いていきます。

対象はローテーションを始めた医学生、初期研修医、麻酔科後期研修医1年目の方々です。

日本ではあまり知られていませんが麻酔の準備に関してはMSMAIDSというニーモニックがあります。それぞれ、

M: Machine(麻酔器)
S: Suction(吸引)
M: Monitor(モニタ)
A: Airway(気道)
I: IV(静脈路)
D: Drug(薬)
S: Special(その他特別なもの)

を示しています。MとSが2つあるのはご愛嬌ですね。

チェックリスト的なものを目指すので箇条書きスタイルでいきます。
もう慣れていてこんなニーモニック知らなくても大丈夫という人も、緊急症例で極度に時間が無い時や、他の人が中途半端に準備した環境で麻酔をする場合のチェックに使えますので参考にしてください。

自分が一から余裕を持って準備するときと違う状況、つまり、いつものルーチンとは異なる状況では、漏れが多くなるのでこういうチェックリストは有用です。
また、非手術室での麻酔(NORA: Non-OR Anesthesia)への応用にもなります。

尚、施設によって細かさが違うので実際使用する場合は適宜修正してみてください。

Machine(麻酔器)

麻酔器チェックの考え方は、おそらく起こらないであろう低いリスクを予防することです。低いとはいえ、起こると重大な被害を起こすことが多いためです。「どうせそんなの起こらないからやらなくていいでしょ」というのが天敵となります。

朝一番初めに確認するのは麻酔器です。ここに異常があった場合、直したり、確認、代替の用意をするのに時間がかかるためです。

まずは電源を入れましょう。通常わかりやすい位置にメイン電源のスイッチは配置されているため、あまり困ることはありません。
しかしDräger社のFabiusは電源が裏にあるため初見潰しの麻酔器かもしれません。

Dräger Fabiusの裏の電源スイッチ*1

現在の麻酔器はセルフチェック機構があるので、それを積極的に用いましょう。大概画面に指示が出るため、それに従えば大丈夫です。

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比較的最新機種のGE Aisys *2

朝一の症例前には行われることが多いですが、2件目と3件目などの症例間には忘れ去られがちです。少ないながら1件目を終えた後に異常が出る可能性、症例間で自分が不在の間に麻酔器に手が加えられている可能性(!)があります。

・麻酔器の位置チェック
始めは手術ごとの手術台、器械台、麻酔器、他医療機器の位置関係がわからないので難しいですが、回を重ねるに従い、麻酔導入から維持に向けて困難にならないような麻酔器のポジショニングをしましょう。

・配管チェック
酸素(緑)、空気(黄)、笑気(青)が接続されているか確認し、圧を確認します。笑気は配管が存在しない手術室もあります。

そして確認し忘れやすいのが余剰麻酔ガス排出装置用の配管(WAGD: waste anesthetic gas disposal)です。

下の画像は米国のもの。日本と配色は同じです。

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日本だと余剰麻酔ガス排出装置の配管の接続先は以下の様な例があります。

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日本メガケア株式会社 余剰麻酔ガス排出装置

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株式会社セントラルユニ 余剰麻酔ガス排出装置

一緒に補助ボンベの接続も確認します。さらに補助ボンベが麻酔器に設置されていない病院も(安全上よろしくはないですが)よく見かけます。

麻酔器にはガス圧力の表示があります。エスティバではアナログな計器の表示、最近ではデジタル表示の麻酔器も少なくありません。

下の画像の例では、上3つが配管の圧、下3つが補助ボンベの圧です。

画像1

配管圧については約400 kPa(50-55 psi)*3、日本では酸素が他のガスより30 kPa (4 psi)ほど高い値となっているのが正常です*4。
上の画像だと、ぱっと見で4付近に表示されていれば問題ないでしょう。

一方、補助ボンベ(cylinder, tank)の圧が上の画像ではいずれもゼロの表示になっています。これはボンベが接続されていない、またはバルブが開放されていないことを示します。例えば酸素ボンベを開くと以下の様になります。

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上の画像では酸素の補助ボンベの圧が5000 kPa (5 MPa)よりやや大きい程度なのでそろそろ交換の時期が近いです*4。

しつこいようですが、供給停止の事態に備えて補助ボンベはあった方が望ましいです。しかし施設によって標準装備されていないことも多いため、個人できる範囲を超えますし、ここでは対応等詳細を省きます。

補助ボンベの圧を調べ終えたら、ガスが抜けていかないようにバルブを再度閉めましょう。

・呼吸回路の組み立て
呼吸回路を適切に組み立て、麻酔器に接続します。

麻酔器 → 蛇管 → 人工鼻 → L字コネクタ → マスク(患者側)

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呼吸回路の接続例、ガスサンプリングチューブはついていません*5

二股に分かれた蛇管を麻酔器に接続する際は、基本は吸気接続口と呼気接続口どちらに接続しても構いませんが、

1. フィルターがついていればそちらを呼気接続口へ優先
2. 加湿器や追加ガス投与システムが付いていればそちらを吸気接続口へ

という風にします。
1はできるだけ麻酔器を汚染させないためで、2はガスに加えたものがそのまま患者に向かうようにするためです。

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上の画像ではどちらの蛇管の末端にもフィルターがついています。麻酔器内部側に矢印が向いているのが呼気接続口、麻酔器から外側に矢印が向いているのが吸気接続口です。

また人工鼻がL字コネクタより患者側に来ることもあります。

CO2チュービング(ガスサンプリングチューブ)は人工鼻に取り付けるか、人工鼻よりも麻酔器側に取り付けると、ガス分析機のウォータートラップに水が溜まりにくいです。

・二酸化炭素吸収剤(CO2 canister)

最近のものはエチルバイオレットなどの試薬が使われていて、二酸化炭素が吸収されていくとpH低下 → 紫色に変色となります。

変色があまりに強い場合、また実際に挿管・調節換気で用いてみてimCO2(inspired minimum CO2、ベースラインのCO2レベル)が2-3 mmHg以上なら交換を考慮します。

・リークチェック

セルフチェック機構があれば詳細なリークチェックがされますが、その機構がない場合での簡易リークチェックの仕方の紹介です。

ここでは専門医試験への準備も踏まえて日本麻酔科学会の一般的方法を引用します*4。

1. 新鮮ガス流量を 0 または最小流量にする。
2. APL(ポップオフ)弁を閉め、患者呼吸回路先端(Y ピース)を閉塞する。
3. 酸素を5-10 L/分 流して呼吸回路内圧を30 cmH2Oになるまで呼吸バッグを膨らまし、次いでバッグを押して、回路内圧を40-50 cmH2Oにしてリークがないことを確認する。
4. 呼吸バッグより手を離し、圧を30 cmH2Oに戻して、酸素を止めガス供給のない状態で30秒間維持し、圧低下が5 cmH2O以内であることを確認する。
5. APL弁を開き、回路内圧が低下することを確認する。
6. 酸素フラッシュを行い、十分な流量があることを確認する。

麻酔器内の低圧系回路や気化器周辺はまた異なるリークテストが必要なのですが、ひとまず上記を覚えることが重要です。

セルフチェック機構によるリークチェックのTipsとしては、ガスサンプリングチューブが接続されていて活動中だと、50-250 ml/分のフローでガスを取り入れているためマイナーリークとして検出されることがあります。そのためガスサンプリングの回路は外しておくのをお勧めします。

また従量式の調節換気が、ひとまず機能するかを簡易的に確かめるには以下をします。

1. 酸素を5-10 L/分 流し、Y ピース先端に呼吸バッグをつける。
2. 換気設定を、用手換気から調節換気へと切り替える
3. 従量式換気(VCV)で設定した換気量に近い値が出るか確認
4. 流量を下げても換気量が維持されるか確認

・気化器の残量チェック
完全に吸入麻酔薬が無くなった状態と満タンの状態は少し区別がつきにくいのでそこが注意点です。特に朝一の症例や部屋を引き継いだ時に確認したいです。

・自己膨張式マスク(Ambuバッグ®︎)の有無
麻酔器が機能しなくなった際に患者を換気する手段となります。どこに置いてあるか把握しておきましょう。

麻酔器について細かく調べようとしたら書くことはたくさんあるので、詳細の部分はいずれ麻酔器についての記事を書きます。
陰圧テスト、酸素濃度計やフローセンサーの校正はルーチンではなく必要に応じて行うことが多いです。

自分は、手術室入ってきてから、麻酔器位置確認 → 電源ON → Ambu確認 → 圧をサッと確認 → 麻酔回路組み立て → セルフチェック → 吸引準備… といった流れでやっています。
下に研修医の先生がついている場合は、麻酔器位置 → 最終セルフチェック日時確認 → 吸引確認…という風にしています。

Suction(吸引)

主に気道関係で用いることになります。導入時急遽必要になった時に慌てないためにも必ず確認しましょう。緊急症例などでの迅速導入(RSI)で必須です。

初期研修医の先生の準備し忘れや、他の人に任せて最近準備を行っていない外回りの先生(上級医)の確認ミスが多い項目です。

持続吸引をON、吸引カテーテルやヤンカーをつけましょう。

日本の吸引器の仕組みや組み立てに関しては、既に組み立てられているか準備されていることが多いと思いますが、以下のウェブサイトにある動画がわかりやすいと思います。
大研医器株式会社、フィットフィックス

日本では調整口付きの14Frの緑色の吸引カテーテル、米ではYankauer suction tip(ヤンカー)が基本となることが多いです。

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テルモ サフィード吸引カテーテル(調節口付き)14Fr

Monitor(モニタ)

いわゆるASAスタンダードモニタを用意・確認します。

心電図モニタのケーブルに電極パッドをつけ、パルスオキシメトリ自動血圧計の準備をします。モニタの電源もつけてカプノグラフィが起動しているかどうかも確認しましょう。

よくあるのはPhilipsのガス分析装置がスタンバイのままでアクティブになっていないのに気づかないまま導入をしてしまうことです。
換気中にカプノグラフィの波形が出ないなと気付き、慌ててアクティブにするも少しの間待つ羽目になります。導入時の30秒〜1分はとても貴重なので是非事前に確認するのを習慣にしましょう。

Airway(気道関連)

よくあるのは、

気管チューブ±スタイレット + カフシリンジ + 喉頭鏡

の組み合わせです。気管挿管する全身麻酔症例ですね。

気管チューブのサイズについては、最もよく見かけるのが

成人男性:内径7.5mm、成人女性:内径7.0mm

の選択です。これもバリエーションがあるのでその都度施設や外回りの好みを確認するといいと思います。成人のカフシリンジは10mlシリンジを用います。

スタイレットの有無や、直接喉頭鏡vs. ビデオ喉頭鏡については患者の状況、施設や外回りの好みにもよるのでここでは扱いません。スタイレットの角度すらも好みがあるので、研修医の皆さんはこの辺りの確認にうんざりしていると思います…

気管チューブのカフの漏れがないか、適切に空気の出し入れができるかを確認しましょう。

シリンジを用いてパイロットバルーンのあるあたりからカフに空気を入れます。シリンジは少し押し込むのがコツです。

カフが膨らんだのを確認したら、シリンジを外し、片方の手でパイロットバルーンが膨らんでいるのを確認します。更にもう片方の手でカフを押すごとに、パイロットバルーンが膨らむのを確認します。

急にパイロットバルーンやカフが虚脱して圧が逃げてしまわないか、を見ましょう。特に漏れがなさそうなら、シリンジを再び繋いでカフを脱気します。

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気管チューブの解剖*6

気道デバイスは気管チューブ意外にも、声門上器具(LMA)、二酸化炭素チュービング付き鼻カニューレ、SuperNO2VA®︎などのCPAPデバイス、などがあります。麻酔計画に従って必要なものを準備します。

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SuperNO2VA®︎ (睡眠時無呼吸症候群の患者の鎮静症例に有効です)

経口エアウェイ(口咽頭エアウェイ、OPA)や経鼻エアウェイなども近くに置いておくと必要時に焦りません。

IV(静脈路)

輸液バッグを用意し、輸液セットを組み立てます。初期研修医の先生は静脈路がいくつ必要か外回りの先生に確認しましょう。

輸液セットは、
1. クレンメを閉じる
2. 輸液バッグに刺す
3. 点滴筒をつまんで中にある程度輸液を満たす
4. クレンメを開き、重力を用いてチューブ内を液体で満たす
5. クレンメを閉じる
という手順を踏んでチューブ内に空気を入りにくくします。

ターニケット、酒精綿、静脈留置カテーテル、ドレッシング材(テガダームなど)、固定用テープ、などを一つにまとめた静脈路確保キットを作っておくと早くて便利です。

Drug(薬剤)

各種薬剤を用意します。鎮静薬、鎮痛薬、筋弛緩薬、昇圧剤などが基本の準備です。

よくありそうな濃度と容量を書いていきます。
フェンタニル:50 mcg/ml, 2 ml
プロポフォール:10 mg/ml, 20 ml
ロクロニウム:10 mg/ml, 5 or 10 ml
エフェドリン:4 mg/ml, 10 ml または 5 mg/ml, 8 ml
フェニレフリン:50 mcg/ml, 20 ml

フェンタニル、プロポフォール、ロクロニウムはアンプル・バイアルにある原液のままです。エフェドリンは40 mg/1mlのアンプルを、フェニレフリン(ネオシネジン®︎)は1 mg/1mlのアンプルを生理食塩水等で希釈します。

持続注入薬で最も用いられる代表はレミフェンタニル(アルチバ®︎)です。
レミフェンタニル:0.1 mg/ml, 20 ml (2 mg/20 ml)
2 mg粉末の入ったバイアルを20mlの生理食塩水で溶かし、内径の細い1 mm程度のエクステンションチューブを接続し薬液を通します。シリンジポンプに設置し開始速度を設定したら準備完了です。

レミマゾラム: 1 mg/ml, 50 ml (50 mg/50 ml)
レミマゾラム(アネレム®︎)は50 mg粉末の入ったバイアルを50mlの生理食塩水で溶かします。

小児
アトロピン:0.1 mg/ml, 5ml

小児は施設や体重による違いが多いためほんの一例です。なおアトロピンは0.5 mg/1mlのアンプルがあり、それを希釈したりします。体重の小さい患者には適宜希釈度合いも大きくなります。

Special(その他)

これは麻酔計画に従って特別に加えるものです。

例えば、
観血的動脈圧測定(Aライン):加圧バッグ、生理食塩水 500ml±ヘパリン 2000U、Aラインキット、カテーテル針、消毒薬、ドレッシング、清潔手袋、手首を支える枕、トランスデューサーホルダー、必要なら超音波など 

硬膜外麻酔:硬膜外麻酔キット±局所麻酔薬、消毒液やシート、清潔手袋、ドレッシングなど

末梢神経ブロック:超音波、針±カテーテルキット、局所麻酔薬(皮膚用とブロック自体の2種類)、神経刺激装置と電極パッド、必要ならレッグホルダーなど

一側肺換気(いわゆる片肺換気):ダブルルーメンチューブまたは気管支ブロッカー+太めのシングルルーメンチューブ、鉗子、気管支鏡など

があります。

以上、MSMAIDSという有名なニーモニックを軸に少し詳らかに麻酔の準備を紹介しました。分かりにくい点などありましたら改善していきますのでお伝え下さい。

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参照

  1. Holland EL, et al. (2016). How Do I Prepare For OR Power Failure? APSF. https://www.apsf.org/article/how-do-i-prepare-for-or-power-failure/

  2. Roth P. (2011). Chapter 15 anesthesia delivery system. Basics of Anesthesia (6th ed.). Elsevier.

  3. Tirer S, Mahan M. (2007). Pipeline Pressure Primer. APSF. https://www.apsf.org/article/pipeline-pressure-primer/

  4. 日本麻酔科学会. (2016). 麻酔器の始業点検. https://anesth.or.jp/files/pdf/guideline_checkout201603_6.pdf

  5. Gonzalez RM, Maguire JM. (2011). Reusable Anesthesia Breathing Circuits Considered. APSF. https://www.apsf.org/article/reusable-anesthesia-breathing-circuits-considered/

  6. Haas C, et al. Endotracheal Tubes: Old and New. Respiratory Care. 2014; 59(6): 933-955.

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