気管挿管の適応
今回は気管挿管について書きます。対象は医学生、初期研修医をはじめ医師全般です。
医療に携わっていると身近な気管挿管。しかしなぜ気管挿管を行うかについてはあまり詳しく語られていない気がします。ありふれていて基本的なことだからこそ、どういう時に気管挿管が必要になるのかを述べていきます。
人工呼吸器の適応についても触れていきます。
よく言われる適応
気管挿管の適応は? と聞かれて大体挙げられるものは、
1.酸素療法*1に耐えられない低酸素血症
2.高二酸化炭素血症を呈する換気障害
3.意識障害
4.急性喉頭蓋炎のような上気道閉塞のリスク
5.誤嚥のリスク*2
以上の様な感じだと思います。
他にもいくつか挙げられる方はいると思いますが、そこは要点ではありません。これらは正しいものと部分的に間違っているものが混在しているため、気管挿管の適応の原理があやふやになりがちです。
あらかじめ答えから言います。気管挿管の適応は、気道保護、気管と外界のバイパスのためです。
気管挿管の適応 ≠ 人工呼吸器の適応
実は一番陥りやすい考え方が、気管挿管の適応と人工呼吸器の適応を混ぜて考えてしまっているパターンです。気管挿管と人工呼吸器はセットになっていることが多いことが原因です。
非侵襲的陽圧換気療法(NPPV or NIPPV: non-invasive positive pressure ventilation)というものをご存知でしょうか。簡単に言うと気管挿管の不要な人工呼吸器です。この存在があるだけでも、気管挿管の適応と人工呼吸器の適応が異なることは明らかです。
人工呼吸器の適応は、陽圧呼吸と機械換気が必要な時です。
1.虚脱した肺胞を広げるため(酸素化改善)
2.換気補助・呼吸筋の力を補助するため(呼吸仕事量↓)
3.自発呼吸がない or 足りない(機械換気)
つまり酸素療法に抵抗性のある低酸素血症は、厳密には気管挿管の適応ではなく人工呼吸器の適応です。換気障害も然りです。
気道保護としての気管挿管
気管挿管の目的の一つに気道保護があります。
上でも挙げた急性喉頭蓋炎のような喉頭の周りを閉塞させてしまうような疾患では窒息の可能性があります。窒息は致死に至るまで分単位という怖い状態です。そのため気管チューブを入れ、気管と外界をバイパスしてあげます。
他にも誤嚥といった病態があります。唾液や胃内容物が声門を通り気管内に入ってしまう現象です。脳梗塞などにより嚥下機能が弱まった状態で起こります。
こういった病態では気管チューブを入れ、その気管チューブに付属するカフを膨らませて気道と消化管を隔離します。
意識障害の際は舌や咽頭が閉塞しやすく、さらに誤嚥のリスクも高まるので、気管挿管の適応となることがあります。自発呼吸も無いか弱いことが多いので、人工呼吸器の適応となりやすいです。
外界と気管をバイパス
なぜ上気道保護だけでなく、「外界と気管をバイパス」なんて表現を使ったかというと、頻繁な下気道へのアクセスが必要な場合に気管挿管が必要になるからです。*3
代表例は喀痰の気管内吸引です。喀痰排出の多くなる肺炎のような疾患では適切に排泄されないと、肺胞に留まって酸素化を悪くしてしまいます。
ラリンゲアルマスク(声門上器具)と気管挿管
どちらも共通点は上気道保護ができます。
ラリンゲアルマスクは口咽頭までしか保護しないのに対して、気管挿管は声門の保護、さらに下気道へのアクセスが容易という利点があります。
ラリンゲアルマスクでは喉頭痙攣(laryngospasm)は防げません。気管内吸引も非常にやりずらく、声帯を刺激して喉頭痙攣を誘発することもあります。
さらに安定性といった面では圧倒的に気管挿管が有利です。ラリンゲアルマスクは比較的容易にズレてしまいます。そのため患者が動かないことや、頻繁な監視が必要になります。
このためICU管理ではラリンゲアルマスクが使われることはありません。ICUでは体位交換がたくさんありますし、リアルタイム監視も不可能です。ラリンゲアルマスクは一時的な換気のためや、麻酔管理目的に使われます。
まとめ
気管挿管の適応のまとめです。
1.酸素化障害や換気障害は正確な適応ではない
2.閉塞機転や、余計なものが気管に入るのを防ぐ気道保護
3.気管内吸引などの頻繁な下気道アクセスに必要
注
1* リザーバーバッグつきマスク 10-12L/分とか。
2* 急性症状の場合が多いです。
3* 「頻繁な」アクセスというのもポイントではあります。例えば単発で行う予定の気管支鏡は、局所麻酔を撒いてそのままダイレクトに口から入れたり、ラリンゲアルマスク越しに挿入ということもできます。こういった場合には気管挿管は必ずしも必要ではありません。
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