トルコ・ハルフェティ連詩を終えて: 三宅勇介 x 四元康祐 往復書簡第六回
三宅さん、
「頭で書くタイプの詩人」問題、炸裂しましたね。
なんだか三宅さんに僕の詩の弁論陳述をやってもらったみたいな。
でも正直いうと、「頭で書く」のはやっぱりいけない、というか頭で書いた詩は書いていても面白くないし、読んでも不気味さに欠けて驚かされない、という思いはあるんです。三宅さんの言葉を借りると、システムの外に出ていけない。
「機智」や「奇想」がそのまま「頭で書く」ことに繋がっているわけじゃないですからね。「機智」や「奇想」というのはあくまでも最初の設定の仕方であって、そこから先どう進むかは、別問題だと思うんです。「機智」や「奇想」から出発して、無意識の深層に降りてゆき、自分でも思いがけない獲物を捕まえて帰ってくることもあれば、「共感」から出発して「頭で書く」(本人はそう思ってないにせよ、使い古されたクリシェの範囲で書いてしまう)場合だってあるでしょう。ただ「機智」「奇想」から出発した詩はそれだけで「頭で書いている」と思われがちだし、実際最初に「機智」や「奇想」がある分、その後を頭だけで書いてもそれなりのライト・ヴァースになってしまうという危険を孕んでいるのかもしれません。その危険というか誘惑に抗って、あくまでも垂直の下降を通してシステムの外へ出てゆきたいものです。(それにしても角幡唯介さん、面白そうですね。『極夜行』を紹介するラジオ番組を聴きましたが、ぶっ飛ばされました)。
(これは誰の手だろう?エフェの奥さんかな?)
「機智」「奇想」の詩の弁護をするとすれば、自意識が抑制されているということだと思います。その代わりに批評精神が発揮されて、自分自身すら批評の対象として突き放される。そこが「個人的述志」の詩と対照的なところで、そこから「笑い」とかユーモア精神も生まれてくるんじゃないか。機智が上滑りした詩も恥ずかしいけれど、自意識が生のままで晒されている詩(結構多い)はもっと恥ずかしいなあ。
で、連詩に戻ると、トルコの詩人たちには若干「個人的述志」の傾向があったように思います。ただしその根っこが自分を超えた大きな、深いところに届いているので、読んでいて恥ずかしい感じはしない。それでも連詩が進行してゆくにつれて、繰り返しや単調さが出てくるのは否めない。そこをなんとか揺さぶって、テクスト上に変化を生み出すことを期待してダメを出したりもしたわけですが。
(水に映った我が姿に見惚れる謎の詩人)
三宅さんが何度か投げかけた「現代国際政治」的なテーマに対して、彼らが真正面から答えようとしなかったことにも、この「個人的述志」の傾向が関わっているのではないかしら。大国のミサイルも、ポピュリズム政治家の蔓延も、「君と僕」の親密な二人称世界や日常の一コマへと回収されてゆく。その世界は繊細な美と優しさに満ちているのだけれど、同時にある種の脆弱さも秘めている、と僕の目には映ります。
それがとても他人事だと思えない。というのもトルコではこの十年ほどの間に独裁的な政治の強権化と反対勢力への弾圧が激しさを増しているわけだけれど、その過程には度重なる憲法改正があるんです。トルコの政治状況を見ていると、日本の近未来に思えてくる。その二つの世界を結ぶ共通項の一つに、両国民の気質における、情に厚く、美に繊細な感受性というのがあるように思えてならないのです。
初めてトルコを訪れた時、僕はこんなトルコの海辺の写真に添えて、こんな詩を書きました。
ブルサにて
この枠の
外側で
イルクヌールは
笑っている まだ
砂利と悲嘆
風と圧政
櫂の音は聞こえない
呼び声も もう
世紀の紐が
捩れて
大陸の皺が破れて
愛が滲んで
優しさしか
ないのだろうか
この岸辺の眩しさを
やり過ごすには?
枠に凭れて
振り返るイルクヌール
その唇の仰角に
星と三日月
(2018年1月「びーぐる」38号掲載)
1万2千年前(でしたっけ?)の遺跡のほとりで過ごした某市長さんとのひと時も強烈でしたね。まるでガルシア・マルケスの小説の一コマみたいなビザールな滑稽。でもそれを面白がって笑い飛ばしているうちに、詩もまた政治の獰猛な食欲の餌食となってしまう……。地上の楽園のような湖畔で巻かれた連詩も、現実のグロテスクと無縁でいることはできないのだということを、皮肉たっぷりに教えられたような気がしますが、それも連詩という形式が、他者を招き入れ、システムの外に向かって開かれているからこその出来事だったのかもしれません。
(即興的に行った連詩で揚句(詩)をしたためる市長さん)
あれ、あんまり総括って感じではなくなってしまいましたね。もう一回、三宅さんにお返しします。
この往復書簡の初回はこちらから↓
https://note.mu/jpr/n/n66cbd658e21d