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百歌墨香 1


 久しぶりに、書の作品づくりに取り組み始めた。いずれは自分で詠んだ歌などもしたためてみたい。が、ひとまず古今和歌集より、よみ人知らずの恋歌を一首。

古今和歌集 恋歌四 六三〇番 よみ人しらず

君や来む われや行かむの いさよひに
真木の板戸も ささず寝にけり


 「いさよひ」には、もちろん十六夜の意味もあるのだが、十六夜の月が前の晩、すなわち十五夜の満月よりも少し遅く出てくることに由来して、ためらう、の意もあるという。遅れて出てくる月に、前夜の満月より少しかけたることの恥じらいをみた人の詩的な心に憧れずにはいられない。十六夜ののちは、立ち待ち月、居待ち月、寝待ち月と、満月の晩から月の名は日毎変化し、ついには「臥待ち月」と臥してまで月の出を待っている。月を待つ自らの姿を月の呼び名にしてしまうところに、古人のユーモアと可愛らしさを感じる。けれども、こうして見ると、いさよひ、だけでなく、月の出を待つ言葉はそのまま、恋しい人を想う言葉に思えてくる。月の姿に、人を待つ恋心を重ねて呼び名を付けたのかもしれない。

 『百歌墨香』は、二年ほど前から、もし作品集をつくるなら…と想像していた題で、本当は花にちなんだ百首を「百花墨香」としようと思っていたのだけれど、歌を選び始めたら花の歌以外にも書きたいものがでてきたため、『百歌墨香』として始動してみることにした。色紙を選んだり、字典を片手に構想を案じたり、筆に身を任せてかけたときに生まれる偶然の調和や流れに出会えたり、古筆の手習にはない楽しみが作品作りにはたくさんある。


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