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【イベント採録・後半】「制度設計、実態調査、日本映画のこれからを考える2」

2022年5月27日、Japanese Film Projectによる第2回目のシンポジウム「制度設計、実態調査、日本映画のこれからを考える2」が開かれました。司会は小西美穂さん(関西学院大学特別客員教授)。白石和彌さん(映画監督)、木下千花さん(映画研究者・京都大学大学院教授)、神林龍さん(労働経済学者・一橋大学経済研究所教授)、JFPから近藤香南子(元助監督)が登壇しました。
イベントの内容の採録・後半です。(以下敬称略)

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【訴え先】がない!悲痛な声

小西:2番目のテーマは「制度設計」です。課題を解決するための制度設計について考えていきます。

労働経済学がご専門、日本の雇用のあり方についてお詳しい一橋大学経済研究所教授の神林龍さんです。

神林:労働経済学を専門にしておりまして、労働に関係する事柄を経済学を使って研究するという仕事をしております。例えば最低賃金や、正社員と非正社員の格差の問題などを扱っております。

かつて公正取引委員会で人材育成・人材形成に関する研究会が催されまして、フリーランサーに関してどういった労働政策ができるのかということが議論されました。その中の1つの大きな事例として、芸能関係の方々、美術関係の方々というのが題材になり、そこでいろいろ議論をしたということがあります。

近藤:今、性被害の問題を皮切りに声が上がっているのが、窓口が欲しいということです。

「製作委員会内に相談窓口を設置する」というガイドラインについて

  • 「良い」が30%

  • 「製作委員会内に設置しても意味がない」が40%

  • 「どういった窓口かわからないので何とも言えない」が25%

と、大きく3つに分かれました。自由記述には「誰も相談しないと思う」の声も多くありました。なぜなら身内だからですよね。自分の組織の上の人に言うと、潰されてしまうんじゃないか、次から仕事が来ないんじゃないかという心配があるので、相談できない。

フリーランスの現場スタッフが困ったことを訴える窓口、どういう窓口があれば良いか、議論して早急に対応していくべきだと思います。

小西:製作委員会というのは、作品ごとにできるという理解でいいでしょうか。

白石:そうです。1つの映画を作るのに、今1社(東宝・東映など)で作ることが、ほぼなくなっている。テレビ局や映画会社、ビデオの会社など、何社かでお金を出し合って作るのを、その映画の製作委員会と呼んでいます。

小西:では、そこに相談窓口があったとしても、なかなか言いづらい。それこそ身内みたいなものなので。

白石:製作委員会も、その映画に直接出資はしてるけど、制作にそんなに関わってない会社もあるので、そこに窓口を作ってと言われても困る会社は多いと思うんですよ。結局、その現場を請け負っている会社のプロデューサーなどに最終的には行くことになってしまうので。それは確かに自浄作用があるのかなというのは、僕もホットラインを何本かで作ったんですが、現状の日本映画界に限界を感じているところですかね。


相談内容に応じた相談窓口を

神林:「製作委員会での窓口はあまり機能しないのではないか」というご意見が多数ありますが、実は日本の社会・労働市場でこうした紛争を処理する手段というのは、大きく分けて3つの層に分かれています。

1つは、製作委員会の中に作るのと同じやり方です。企業の中で紛争を処理するというやり方ですね。で、もう一方の極がこの3番目の、政府や行政が出ていって、窓口を作るという、裁判所に近い形になります。

そして、そこに関わっている人たちだけでじゃないが政府でもない、中間の格好ですね。これを私たちは専門用語で中間団体というふうに呼ぶんですが、業界団体であったり、労働組合であったり、いろいろな形があります。こうした中間団体を作って、そこで処理をしていく。

こういう三つの形と言うのが存在しておりまして、いろいろ使い分けがなされていると考えるのが一般的かなと思っています。

小西:制作現場には何がフィットしていくんでしょうね。

近藤:3つのバリエーションというか、たくさん窓口があれば選べますよね。

神林:そういうことですね。

近藤:自分の悩みに応じて、身近な人に聞いてもらいたいとか、この状況を皆と今すぐ解決したいという場合なら、企業内や製作委員会、身近なプロデューサーに相談するパターンもある。本当にこれは法的な問題として解決すべきっていうときは、政府や行政の、法テラスとかそういうことでしょうか。

神林:はい、問題の種類っていうのはいろいろあるんです。「今はとりあえずちょっと不満に思ったので、ここをすぐ改善してくれないか」っていう問題から、「これは正義に反するだろう」という話までバリエーションがいっぱいあるんです。それぞれのバリエーションの位置に応じて、どういう人が介在するのが良いのか、というのが違ってくる。

日常のことであれば、実は日常一緒にやっている人たちがみんなで話し合って、こういうふうにしましょうと解決するのが実は早いこともあるんです。そうではなくて、これは社会的に正義の問題だという話になると、本当に公正な第三者というのが入ってこないといけない。

窓口の種類によって得意な類いの問題が違って、自分が考えている、感じている問題というのは、一体どう解決してもらうのが望ましいのかを考えて、自由に選べるのが理想形ということになります。

ただ、時間と費用はかかる。皆さんお忙しいということもありますし、特にフリーランサーの方々は収入と直結しますので、必ずしもこの3つのルートを自由に選べるわけではない。ただ、そのことは日本の社会はちゃんと認識しておりまして、もし仮に時間もお金もないが、公正な方に見てもらわないといけない、ということに関して、弁護士会が法テラスと呼ばれるものを各都道府県に作っております。とりあえず無料で相談を受けてくれて、本格的な紛争になりそうになったときには、お金を貸してくれる、勝ったときの賠償金でそれをまかなうというシステムも作られてきております。なので、この辺はどんどん積極的に利用していくという姿勢も必要かなと思います。

法テラスHP

小西:監督と女優、監督とスタッフのような、明らかな上下関係の中でハラスメントや暴力・性加害が起きることが問題になっている。こういう中で組合もない、自分の声を束ねてくれる土台がなくて、個人で相談しようってなると、狭い映画業界の中では勇気がいる、ハードルが高いんじゃないかなと思うんですが。

白石:本当にハードルが高いと思いますし、その結果、辞めていった人はすごく多いです。今、この3つの中でいうと業界団体窓口と中間団体というのは、僕の知る限り、ほぼ映画界にないので、まずこの3つを作りたいなっていうのはあります。特に性加害の問題って、どのパターンでもハードルがすごく高い。非常に難しい問題だったりもするので、ここをどう解決していくかというのも早急な課題なんだろうなと思いますね。

木下:私自身、大学で相談窓口を5年間やっていて、似ている部分もあります。個人的な人間関係、師弟関係の中で、しばしば被害や加害が起きがちであると。まず第一に、窓口は絶対あった方がいいと思います。どこかに行けば話を聞いてもらえるかもしれないし、ここ以外の何か出口があるっていうだけで違うので、あった方がいいとは思うんですね。ただ、とりわけ性加害の場合、どれが適正な対処法かっていうのが、本人にとってものすごく重い事例であっても、「ただちょっと言われただけじゃないの」「口で言われただけでしょう」と、行った先でそう扱われる可能性はあるのかなっていうこともあります。

神林:そういうことは多々あって、難しいんです。日本の場合は今、白石さんがおっしゃったように、業界団体であるとか、中間団体でのスクリーニング、問題を引っ掛けていくっていう体制が非常に弱いんですね。もう0か1か、組織の中で決着をつけるか、それとも出るとこ出るか、と両極端な紛争処理の形がとられているというのが典型的な事例です。それで各所で、中間的なものを作っていかないといけないのではないか。という運動が起こっています。公正取引委員会で人材に関する紛争処理について話し合われた時も、まさにこれが問題になって、業界団体でボードみたいなのを作って、そこで紛争が処理できるようにするべきだという意見もきちんとついております。

ここがこれから先、日本の社会で発展していかないといけないところなんじゃないかと思っているんですけれども、先程の調査のように、こういうところ(中間団体)に人が入ってこないのですかね。その辺の問題がやっぱり根強いのかなと思っております。

白石:やっていかなきゃいけないだろうなとは思いますね。ただ、そこの1番にせよ2番にせよ、映画の撮影現場って、狭い世界なので。誰が誰に何を言ったか、もう詮索するまでもなく一目瞭然でわかるような世界なんですよ。なのでこれはもう報復は絶対何にもつけても許しちゃいけない。ということが超大前提にないと。業界全体としてもそれだけは許してはいけないという前提を作ってから、中間団体、そして相談しやすくなる環境を徐々に作っていくというのが必要かなとは思いますね。

近藤:韓国では映画に特化した被害者支援団体「韓国映画・ジェンダー平等センター ドゥンドゥン」などがあります。韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)と女性映画人会がお金を出して、韓国で#MeeTooが盛んになった時に立ち上がった団体です。ハラスメントの研修や相談窓口を、専門のカウンセラーなどの知識がある人が請け負っています。アンケートの結果にも、どういった窓口が望ましいか、たくさんのご意見が集まっていますので、調査・分析して、こういったものが必要なんじゃないかということを、今後訴えていければなと思っています。

KOFICのHP:スタッフ募集から製作・興行、実態調査まで映画界の情報が一元化されている。


契約書と透明性

小西:では、次は契約書と透明性です。アンケートの結果でも、契約書や発注書、というものが必要だ。という意見がもう圧倒多数だったということですが。

近藤:「全スタッフ(社員・俳優を除く)へ契約書or発注書の発行を義務化する」という適正化機関のガイドラインに対して、88%の人が「必要」と答えています。女性スタッフにインタビューした際も、一番最初に「契約書がないんです」という声がありました。みんなおかしいと思っていたけど、何十年も「そういうものだ」とやってきているので、言えないということがあります。

小西:この実態を受けて、透明性を上げていくことがいかに重要なのかということですよね。

神林:もうこれは必須ですね。やはり何か起こったときに契約書がないと何も進まないと思います。何かを準備することに対しても、どういう仕事をすれば良いのか、契約書があった方がわかりやすいですよね。事後的に何を言われるかわからず、とりあえず現場に行くんだけれど、何でもいいからやってくれと言われるのは、専門の技師として、あるいは俳優、監督として作り方が変わってくるとも思うんですね。そういうところも含めて、契約書などをきちんと作っていくのは必要だと思います。

小西:本人のスキルアップやモチベーションにもつながる重要な話ですよね。映画研究者としてはこの点いかがでしょうか

木下:(映画史研究的に契約書などの記録が)残っていたらよかったのにな、というのはあります。研究で技師さんなどにお話を伺っていて、大手の5社のうちで働いていらっしゃる方でも契約書がないこともよくあります。お給料は新聞記事に載っていてわかるとかそういう感じなんですね。

そうした研究が一番進んでいるのがアメリカ占領期と言われていて、アメリカだと、手紙にしたり、記録や議事録を作ってくれていて残っている。労働者の側もそうですけど、雇う側もいろいろ残して公開してくれるといいんですが。実は意外と神話的に言われているような「金庫に現金が詰まってて、それをガッてつかんで映画を作っていた」というのは必ずしもそうではなく、実は結構(記録が)残っているという話も聞きます。歴史的にも、もちろん今現在も契約書は必須かなと思います。

なぜ契約書がないのか

小西:契約書がないことについて、何か構造のようなものはあるんでしょうか。

白石:そうですね。そもそも撮影部の助手にしても、演出するにしても、制作部にしても、わりと仕事の内容がはっきり分かれていない。それぞれを持ちつ持たれつでやっている部分もあるんで、あなたの仕事は大まかにはこれですよと言いつつ、現場に行くと日本人は働き者なんで、他のこともカバーしながらやっているという部分は非常にある、というのが1つあります。

撮影が開始される予定のギリギリ2か月前まで、本当にイン(撮影開始)できるのかわからない状態っていうのもままあることで、下手すると1か月前でもまだ「本当にこれインにできるのかねぇ」と、予算が集まってないという状況も多々あります。製作委員会方式になってから、目標金額の8割しか集まっていないこともある中で、一人一人とお金の話をしきれないとか、あわよくばあいまいにしておいて、ダメだったらごめんなさいというような、プロデューサーの生理が働いての結果だと思いますね。

小西: Netflixなどの別のやり方とかもご覧になってるとは思うんですが、日本映画特有の問題っていうのはあったりするんでしょうか。

白石:監督をやっていても、今作っている映画がいくらの作品でどんな予算組みになってるかっていうのが、わからないときがあるんですよね。プロデューサーから一方的に、例えば「美術の予算、これだけね」って各部に渡されるんですけど、それが今作っている映画に対して適正なのかわからないことがある。

Netflixなどでは、確かプロダクションフィーと言って、今回のプロジェクトに対して、「あなたたちプロダクションの取り分はこれ」と決めて、総予算の残りのお金は全部使い切ってくださいという明朗会計をしているんですが、今までの日本の映画の作り方は、予算がそもそもあいまいな中、「とりあえず現場はこれでクランクアップまでやってね」とプロダクションに渡されて、そのプロダクションがどう利益を取るかというと、予算をただただ抑えていく。毎回枕詞のように「今回予算がないんで、給料を8掛け、7掛けでお願いします」と。

予算を受け持つ人と現場のスタッフとの信頼関係がもう何十年も崩壊したままで、その割にはプロデューサーが僕らの給料を削ったお金でいい車を持ってたりすると、「ちょっとどうなってるの?」ということが延々続いている、というのが現状ですね。

小西:法的に問題もあるんじゃないんですか。

神林:自分は経済学で必ずしも法律の専門家ではないんですが、微妙だと思います。費用の負担であるとか、その仕事の内容というのは、現場裁量で決められるべきだという考え方は日本社会にやっぱり厚いんですね。そうなると、いくら契約で事前に書いてあったとしても事後的に「事情が変わったんでそこまで払えません。これで我慢してくれませんか」というようなことは、一般のビジネスでも頻繁に起こるんです。で、それが非常にフレキシブル、過度にフレキシブルになっているのが映画界の事情なんじゃないかと思います。

今1か月前になってもインできるかわからない状況が生まれているというお話があったんですけれど、やっぱりこれは過度にフレキシブルなんだと思います。

逆に、1ヶ月前にできるかどうかわからない状況からインできちゃうっていうのは通常考えるとやっぱり異常ですね。誰かどこかに「準備しておいてね。仕事ないかもしれないけど、呼ばれたらちゃんと来てね」という人たちがいれば1カ月でインできることがあるかもしれないですが、では、仕事がなかったら、その人たちはどうするのということがあると思うんです。契約書をきちんと書いてないということは、裏腹になっていて、因果関係がおそらく逆になっている。契約書を書かなくていいからそういうことができるんですよね。

だから最初に契約書を書いて、これできっちりいくというのを最初に決めておけば、逆算してちゃんと準備をすると思いますので、普通のビジネスであればそういう点もあるんだと意識なさった方が、この業界にとってはよろしいかな、と思いましたね。

近藤:現場スタッフレベルでも、お金の話をしてもらっていないのに、プロデューサーが豪華そうな感じで暮らしていたりすると、腹が立ったりすることってあると思うんですね。信頼関係のベースになることがおざなりにされたままなのに、一方的に信頼関係で仕事をしてくれと言われるわけです。すごくつらいことだと思いますし、分かっていながら解決できなかった問題でもある。

「契約書を作ってください」という一言がこれだけ言いにくい業界だっていうことですね。ですから適正化で契約書をというのは、絶対やってほしいと思います。ただ、アンケートにも回答があったんですが、「俳優を除く」となってるんですよ。俳優も入れていただきたいですね。

小西:契約書、そして透明化っていう課題が出ました。しかし、映画界には組合もないし、賃金も結構アバウトで、出来上がりで減らされたりするケースもある現状が浮かび上がってきました。神林先生、何が必要でしょうか?

神林:もう組合を作って、統一契約書を作るべきだと思います。統一契約書の負の側面というのはもちろんあります。それも分かっていますが、現状が、負の側面があるなんていうことを言ってる場合ではないという気配が非常に濃厚なので、とりあえず統一契約書を業界団体で作ってしまって、技師さんだったらこれでいく、小道具だったらこれでいくと作る。基本それで進めて、そこからステップアップする分には個別に交渉して、こう書き直してもいいけれど、最低ラインはこれで、という取り決めをきちんとするっていうのは非常に重要だと思います。


業界団体とお金の動き

小西:次に、いろんな課題と打開策が見えてきたところで、解決するには、結局お金という問題です。映画の現場が長時間労働で支えられてきたのを、ゆとりのあるスケジュールで働きやすいようにと映画を作っていくと、その分予算が必要になりますよね。

近藤:先程の契約書に関しても、1個1個の契約書を全部対応するだけでもまず経費がかかりますよね。さらに撮休もしっかり取って、インターバル、家に帰って寝る時間を取っていたら、今のやり方よりぐーんと撮影期間が延びて、人件費も増える。全体的に予算がアップしてくるとは思います。

適正化機関だと、一定規模以上の作品にガイドラインを適用するって言うんですが、その一定規模がいったいどの程度の予算を想定しているのか、そのあたりの議論も全然オープンになっていない。小規模でやっている作品にも適用するとなると、撮れなくなってしまうことになると思うんです。

小西:ここで必要なことは、どんな点でしょうか。

神林:よくある方法として、成功した人にチャージするというやり方があります。映画界でも演劇界でも美術界でも、下積みを経由してスターになる人たちがいらっしゃる。その人たちの稼ぎは桁が全然違いますので、ちょっと還元してくれない、と言うことができるんじゃないかと思います。プロデューサーと呼ばれる人たちがお金を余計に取ってるんじゃないかという疑念も発生してるわけですよね。そういう場合には、外形標準として多くお金を取ってる人たちに関してある程度チャージをして、協同組合のようなところに還元してもらい、活動を維持していく。そうしたことは古今東西ずっとやられていることですので、業界全体でそれについて考えていくことが必要になると思います。

小西:お金を動かしていくことの壁もあるんじゃないかなと思いますが。

白石:プロデューサーも真面目にやってる方はいっぱいいるし、アコギな人とは僕も付き合わないようにはしています。ただ日本映画が最高収益を上げたというニュースもあって、映画業界実際は潤ってはいるんですよね。ただ、この実態調査を見ても、現場の人たちは前と変わっていない、なんなら労働環境は苦しくなっている状況が続いていて、それはやっぱり成功した部分に介入してフリーの人たちの生活を豊かにするっていうのは、本当に考えなきゃいけない時期に来ているんじゃないのかなというのは強く言いたいですね。

木下:ちなみに組合はずっとなかったわけじゃなくて、もちろん一時期はあったわけです。戦後すぐは、映画会社ごとじゃなくて、全部共通の組合があって、ストライキなどをしていた時期もありました。

それはともかく、今こんなにお金がない状況が、どっちが原因でどっちが結果なのかわからない。映画を作りたいと思っているスタッフというのは相変わらずたくさんいて、映画が好きで、業界に入るとあまりにも生活、労働環境もひどく、プライベートもなくなり、だんだん夢がついえて離職してしまう状況。その結果人手が少なくなるから、ますますブラックになる。悪循環のような気がするんですよね。お金がないっていう状況が、本当にお金がないのか、お金がなくても作れるということになっているから、お金がないのか?

近藤:罪深いことですが、お金がなくても作りたいんですよね。映画作りは楽しいので……。私も12年現場を離れているんですけど、今でもカチンコを打つ夢を見ます。何ものにも代えがたい時間が訪れることがあって、それを知ってしまうと、離れられなくなってしまうというか。

とはいえ、現状として、観客の皆さんからいただいてる鑑賞料金から、スタッフには一円も還元されないんです。制作費からのお給料がすべてで、監督・脚本の方などはほんの少し印税はあるんですが、実際はどんなにヒットしようが貰えないんです。自分が頑張ったことに対して貢献がないので、例えば一律少しだけ取っておいてくれて映画界に還元する仕組みが諸外国ではある。そうなったら健全、売り上げから次の映画にお金が回って、その映画でまた頑張るというような仕組みになると思うんですけど、それがないんですよね。

小西:驚きました。映画がヒットしても、スタッフに還元されない。

白石:そうですね、スタッフとして27年映画に関わると、やっぱりたまにヒットする映画はあるわけです。その時何が起こるかっていうと、ヒットしたんで大入り袋配るよって言ってもらうんですけど、500円玉が入っていて終わりなんですよ。

小西:ウソでしょう。

白石:そのシステムはやっぱりおかしい。映画って、やっぱりうまくいくときもあれば、うまくいかない時も当然ある、うまくいかない時に還元してもらおうという気はないですが、例えば100億ヒットしましといっても、現場では「今回予算がないんで給料7掛けね、8掛けね」と言われてみんな働いている。すごい儲かった時はスタッフに還元してほしいなっていうのはあります。

本質的には、映画作りって本当に豊かな作業であるし、一生の仕事にするにはこれだけ楽しい仕事、僕はないと思ってるんですよ。でもやっぱりスタッフも本当に映画に関わってリッチになって、いい人生だったね、と歩んでもらいたいというのが僕の最大の願いなんですけど、なかなかそこには行かないなと、本当に忸怩たる思いで毎日やっているっていう感じですね。

小西:本当に多くの作り手の夢や、楽しいっていう志、エネルギーによって、日本の映画が支えられているんだなっていうのを思いました。

中間団体の必要性

神林:先程木下さんがおっしゃった、悪循環っていうのが実はキーワードだと思うんです。本当に悪循環が起こっているんだったら、もう潰れてますよね。映画界は何十年もこの状態が続いているわけですから。けれど、実際に起こっていることは、邦画収入史上最高値っていうのがどんどん突破されてるんです。ですから全体から見ると、悪循環にはなってないんですね。ここがポイントなんです。つまり業界として、このやり方が持続的に回るような形になっているので、これが続いているんです。なので積極的にそのメカニズムに手を入れて変えていかないと、このまま続きます。ということが示唆されるんですね。

それが1つの非常に強い示唆です。悪循環になっていると思うな。ということですね。ではお金がどこにどう配分されているのか、ということをきちんと冷静に見た上で、ちゃんと配分を決めましょうと決めていかないといけない。諸外国、例えばフランスなんかは入場料に税金をチャージして、そのお金を政府が取って分配するという形(仏CNC・下図)をとります。政府が信頼できるんだったら、このやり方でもできるんですけれど、日本政府が信頼できるかどうかは、ちょっと人によって違う格好になるので、例えば1パーセントの入場料収入を協同組合に積み上げて、そこで年金を作るとか、最低賃金に対する補助をするという集団的な保障を作る必要がある。

*仏・CNC(フランス国立映画映像センター)のシステム・日本芸術文化振興会『フランスにおける映画振興に対する助成システム等に関する実態調査 報告書』より

入場料収入に1パーセントをかけるかは、収益側にとっては無視できないけれども、映画がヒットしたときはものすごいお金が入るわけです。なので、ものすごくお金が入るんだったら、その時だけちょっともらう、とかですね。いろいろなやり方があると思います。それを冷静に数字を見ながらきちんと交渉できる、ちゃんと解釈できて交渉できる組織が必要で、それが中間団体に当たるんだろうと自分は今考えています。

感想と質問

小西:最後に皆様の感想をご紹介します。

現場感覚だと労働環境は苦しくなっている気がします。全然潤いの恩恵を受けてません。音楽CGとかには発注書を出します。撮影現場のスタッフには出していません。口約束とメールだけ。おかしいですね。」

こちらは質問です。「映画と配信系Netflixはじめ予算と制作期間がある程度確保できる場合だと、労働環境で例えば休みが取れる期間や給料などに大きな違いが出てきたりなどはあったりしますでしょうか。」

白石:はい。映画撮影では、撮影が休みと言いながら、翌日の準備などもあってほぼ休む人はいないんですよ。ただ、配信系では完全に働いてない、完全な休みの日を週に1回とか、2週間に1回取るように作ってくださいとか。1日の撮影は12時間以内に終わらせて、遅くなったときはこのぐらいインターバルを取りましょう、などとなっています。映画とかドラマってなかなか13時間ねって決めても、例えば東京ドームに1万人エキストラ集めたシーンがあったとして、12時間でキッパリ終わるかというと、そうもいかない場合もあるので、インターバルなど、独自のルールを使って労働環境を変えようとしている配信会社はあります。で、今後は適正化機関もあるということで、映画会社によってはそのルールにのっとって改善しようと試みているところもあります。

(配信系は給料や作業費を)値切るのはやめましょうっていう考え方はどうやら持っているんじゃないかなっていうのは肌感としてあります。だからと言って、いたずらに市場というか時価を変えてしまうのも、やっぱり映画作れなくなっちゃうので、「いつもの倍出すんでこっちに来てください」ということをやってるっていう感覚もないですね。

近藤:私も聞いている限りでは、べらぼうに給料が上がるという感じではないです。そうしてしまうと、バランスが崩れてしまうということもあるので。ただ、Netflixとか配信系は基本的に自社の制作会社ではなくて昔からあった日本のプロダクションに仕事を卸しているので、やり方がそう大きく変わっているというわけではありません。

最後に

木下:私も映画がものすごく好きで、作ってる方の情熱もわかるので、何とかなるといいなというのと、日本映画はずっと政府の援助をほとんど受けないで、民間でやってきたっていうプライドも歴史的にあるので、不信感もあるのかなと思いますが、この伝統を続けてほしいですね、悪い伝統じゃなく。

神林: 2点最後にお伝えしておきたいんですが、1つは、中間団体というのは、日本社会は非常に作るのが下手です。これはもう歴史的にそうなので、非常に難しいチャレンジになるかもしれませんが、ぜひこの努力をやっていただきたいと思います。2点目が、映画界が持っている目標ですね。やっぱりいい映画を作る、いい映画をいっぱい作る、というようなことを外してほしくはない。例えば賃金を上げましょう。それは確かに必要ですけれど、賃金を上げる、ということだけを目標にすることは考えないでほしいなと。いい映画を作ることは、日本社会全体にとっての財産になりますので、そうやって活動を続けていっていただければなと思いました。ありがとうございました。

白石:本当にいろんなお話を聞くことができて、今足りないもの、課題がよくわかった気がします。今日僕が一番衝撃だったのは木下先生がおっしゃってたように、日本映画ってずっと悪循環の中にいるんだろうなと思ってたんですが、神林先生の悪循環じゃなく、循環してるからこうなってるっていうことです。これを変えるっていうのは難しいことなんだなと思いました。世界各国、いろんな映画のお金の作り方だったりとか、ケースバイケースでそれを見習っていくことも重要なんですが、日本独特の映画作りっていうのがあって、その良さも日本映画の多様性にも繋がっている。いいところをもらいながら、日本オリジナルの映画を豊かにしていくシステムを構築していくということが非常に重要なんだろうなと。課題が多いし、早急にやらないこともたくさんあるんですけど、映画界のために何か力になれるようなことがあるのならで、この身を捧げたいと考えていて、頑張りたいと思います。

近藤:性加害の問題を皮切りに、こうやっていろんな問題が噴出してきましたが、経産省による実態調査は2年以上前に行われていて、業界団体も経産省も労働環境がひどいことは認識していたわけですよね。でも具体的に現場に降りてくるようなことが示されてこなかったわけです。そして性加害の問題が出てきた後も、何も示されていないんですね。聞いたら「適正化でやります」という回答が来たっていうだけです。私はすごくそれに失望していて、映画制作の母体となる会社なりから、「こうしますよ、こういうことをやっていきますよ」とガイドラインを出す時間は十分にあったと思いますが、そんな様子もない。スタッフのことを守っていないことに、私は憤りを感じています。

実際現場でそう思っている方も、今まで声を届けるところがなかったのですが、上げてこなかったというのもあると思います。だから、現場にいる皆さん、プリプロからポスプロまで、上映や配給宣伝に関わる皆さんも、より豊かな映画文化を持続していくためにどういう現場にしたいか、どういう風に働いていきたいか、コミュニケーションを取って作り上げていくような動きができるように、JFPはいろんな調査や提言をしていきたいと思っています。

小西:本当に暴力は許さない、そして性被害も許さない、弱い立場の方々に立って考えるっていうそういう現場にしていただきたいなと切に願っています。本日は長時間に渡り、ご視聴どうもありがとうございました。

※本シンポジウムは、トヨタ財団 2021年度研究助成プログラム「日本映画業界に※本シンポジウムは、トヨタ財団 2021年度研究助成プログラム「日本映画業界におけるジェンダーギャップ・労働環境の実態調査」(代表:歌川達人)の助成を受けて開催します。

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一般社団法人 Japanese Film Project は非営利法人のため、継続的な活動に際し、資金繰りが課題となっています。JFPでは、映画界の労働環境・ジェンダー格差改善に向け調査活動を継続していくため、年間サポーターを募集します。活動に賛同し、応援の寄付をいただけます際は、下記より、ご支援いただけますと幸いです。


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