
ロードアジア選手権に向け、ハンドサイクルの3選手が合宿に参加
今年2月7日から16日にかけ、タイ北部のピッサヌロークで開催されるロード・アジア選手権に向け、ハンドサイクルの選手たちのさらなる強化を図る合宿が1月10から14日まで行われ、栃木県の渡良瀬遊水池でトレーニングが実施されました。
合宿に参加したのは、アジア選手権出場に向けて今年1月新たに強化選手に指定された3名の選手と育成選手1名。正月の休み明けの身体を目覚めさせるとともに、アジア選手権に求められるスピードやスタミナを叩き込むトレーニングです。この合宿の一部に追い風通信編集部が帯同しましたので、レポートしていきたいと思います。
ハンドサイクル選手の紹介

まずは合宿に参加した選手を紹介します。
<強化指定C選手>
写真左 田中祥隆選手(H3)
元競輪選手。2023年全日本パラサイクリング選手権ロード大会・男子ハンドサイクル(H3)1位。51歳のベテラン。
写真中 野田昭和選手(H2)
リオ2024パラリンピック競技大会車いすT52クラス400mに出場するなどパラ陸上選手として活躍。競技をパラサイクリングに変更して2年目。
写真右 官野一彦選手(H2)
リオ2024パラリンピック競技大会車いすラグビー銅メダル。ロス大会出場を選手としての最後の目標と位置づけトレーニングに励む。

<育成指定選手>
水野祐樹選手(H2)
昨年立ち上げられたハンドサイクル育成チームに参加。パラスポーツ自体が初体験だったが、育成選手に選出されトレーニング中。メキメキと実力をつけ始めている。
今回のアジア選手権には、田中、野田、官野の3選手に加え、トライシクルの福井万葉選手が参加する予定です。ハンドの3選手は、「陸上競技」や「車いすラグビー」といった競技で国際大会への出場経験があるアスリート。それぞれ実績のある選手ばかりです。
じつは、パラサイクリングとその他の競技を「かけ持ち」する選手は世界的に見ると珍しいものではありません。ただ、これまでは3選手とも日本パラサイクリング連盟の強化指定を受けていたわけではなく、あくまで個人として大会へエントリーしたり、トレーナーと契約したりしながらパラサイクリングの練習を続けてきました。
今回のアジア選手権を前に、初めて連盟の「強化指定C」に選出され、アジア選手権に出場することになります。強化指定を受けての国際大会デビュー戦という位置づけです。
強化・育成指定とは?
この「強化・育成指定」について簡単に紹介しましょう。

日本パラサイクリング連盟は、パラサイクリングのナショナルチームを統括しており、日本代表選手として国際大会に出場する「強化選手」と、強化選手を目指してトレーニングに励んでいる「育成選手」を選出しています。強化指定にはA、B、Cの3つがあります。
この「強化選手」の指定を受けるには、大会で一定の成績を収めるなど厳しい条件があります(上の画像をご覧ください)。指定を受けると、大会参加費や合宿の帯同費などが連盟から支払われるようになり、日本代表コーチからの指導も受けられるようになるなど、手厚いサポートを受けながら競技力を高めることができます。
今日現在、強化指定を受けているのは二輪の川本、杉浦、藤田(この3選手はA)、タンデムの木村(B)、トライシクルの福井(B)の4選手。さらにそこに新たにハンドサイクルの3選手がCに加わりました。ぜひ、この3選手の顔と名前を覚えておいていただけたらうれしいです。
ちなみに、水野選手が受けている「育成選手」の指定は、今後、成長や活躍が期待されるものの、まだ実力が国際的なレベルには達していない若手選手に与えられるもので、現在4名。このまま記録を伸ばしながら、ワンランク上の「強化指定」を狙うということになります。水野選手はこの日の合宿に志願して参加。目線は「上」を向いています。
ハードなトレーニング開始

朝8時半。埼玉の冬場特有の「赤城おろし」が吹くなか、渡良瀬遊水池の駐車場にコーチや選手たちが集まってきました。
それぞれ自家用車を運転してここまでやってくる選手も多く、田中選手の生活拠点はなんと北九州。門司港でフェリーに乗って大阪に入り、さらに車を運転して合宿地の茨城県土浦まで移動し、そこからさらに車を運転して、この渡良瀬遊水地までやってきたそうです。
4人の選手に加え、松本亘コーチ、島田一彦コーチ、元競輪選手の小酒大司コーチらも合流。合計8名での強化合宿が始まりました。


軽くミーティングが行われたあと、早速トレーニング開始。1周7キロのコースを軽く2周して体を温めたあと、周回コースを3周まわる21キロのタイムトライアルに臨みました。田中選手、官野選手、野田選手、水野選手の順番で、それぞれ1分ほどの間隔をあけて続々とスタートしていきます。
ハンドサイクルは、文字通り両手でペダルを回す自転車競技。主に下半身に障がいのある選手たちが参加します。風の抵抗を抑えるため車体が低く設計されており、地面スレスレのところに取り付けられたシートに背中をつけて入り、首を持ち上げて前方を確認しながら疾走します。


最高速度は、なんと時速40km以上になるそう。この車体の低さで、かつ生身を晒して運転するわけですから、恐怖心と向き合いながら的確に操作する力が必要です。しかも、ペダルを回し続けないと推進力が得られないため、腕や背中の耐久力・持久力、強い精神力も求められます。
練習後に選手に話を聞いてみると、車椅子ラグビーの日本代表としてリオパラリンピックで銅メダルを獲得した官野選手は、「チームスポーツのラグビーとちがって、少しでも気を抜いたら自分のタイムに跳ね返ってくるから厳しい。すぐに次のステップに行けると思っていた自分は甘かった」とトレーニングの厳しさに言及していました。
もともと車いすマラソンの選手だった野田選手も「車輪を指で叩くように回す車椅子とちがって、ハンドサイクルは休む暇もなく回し続けるのでかなりしんどいです。ウェイトトレーニングに当てはめたら、自重とマシンくらいちがう」と運動量の大きさについて語っていました。


鍛え抜かれたパラアスリートをして「しんどい」と言わしめるハンドサイクル。ストイックに競技に打ち込む姿勢が求められます。激しく檄を飛ばしていた松本コーチによると、3選手とも「身体が始動しつつある状況」ということですが、各選手とも、終盤はもがきながら、心肺機能にも強い刺激を入れながらのトレーニングとなりました。
3選手、それぞれの想い

午前の練習後、3人の選手に話を聞くことができました。
年明けにインフルエンザになり体調を崩していたという田中選手。「家で寝ているしかなかったんですが、ようやく食欲も出てきて体を作れる状態になってきた」と手応えを感じた様子。アジア選手権に対しては「トップの選手と比べても力の差はそこまで大きいとは思っていない。戦えるんじゃないかと自信も出てきた。結果を出し切りたい」と意気込みを語ってくれました。
もともとは競輪選手だった田中選手。2013年、練習中にケガを負い、そこからさまざまなパラスポーツの選手として活躍後、2020年から本格的にハンドサイクルに参戦。2023年の全日本パラサイクリング選手権ロード大会では、男子ハンドサイクル(H3)で見事1位となるなど、ベテランながら実力をつけてきている一人。アジア選手権でも上位入賞が期待されます。

野田選手は、もともとは車いすマラソンの選手として活躍していましたが、8年ほど前にヒジを故障。いったんは競技生活から身を引いていましたが、東京2020パラリンピック競技大会をきっかけにハンドバイクを始め、力をつけてきた選手です。「寒い時期に野外でトレーニングするのは初めてなので不安もありましたが、体の状況をしっかり確認できた」と話してくれました。
国際大会は初めてですが「パリのパラリンピックを二人の子どもたちと見ていたときに、どうしてお父さんは出てないの? って言われて。息子たちに自分が競技してる姿を見せたいという動機もあります」と野田選手。愛する子どもたちの存在も、アスリートとしての競争心、闘争心に火をつけてくれているようです。

ハンドサイクルに転向して4年目となる官野選手は、汗を拭いながら「ラグビーで結果を出してきて、転向してもそこそこ戦えるはずだと思っていたんですが、自分が甘かった」と反省の弁を述べていました。一方、ハンドサイクルのトレーニングを続けてくる中で、「人間として成長させてもらっている」とも語ります。
目標は4年後のロサンゼルスパラリンピック。4年後は47歳になることもあり「選手として最後の大会になると思う」と、パラアスリートとしての競技人生をかけて4年後に挑んでいるだけに、今回のアジア選手権は、そのための重要な通過点になりそうです。競技は違えども世界を舞台に戦ってきた官野選手。その走り、競技に臨む姿勢にも注目したいところです。
ロードアジア選手権について
田中、野田、官野の3選手が出場する2月のロード・アジア選手権には、今回紹介したハンドサイクルの選手以外にも、トライシクルの福井選手が出場する予定です。
パラサイクリングのレースは2月7日から9日の3日間。大会の詳しいスケジュールは、日本パラサイクリング連盟ウェブサイトのこちらの記事に詳しく掲載されていますので、ぜひご覧ください。
さて、今回のレポート記事、いかがでしたでしょうか。追い風noteでは初めて紹介する「ハンドサイクル強化選手3人衆」。ぜひ顔と名前を覚えていただき、2月のアジア選手権に向けて「追い風」を送っていただけたらうれしいです。よろしくお願いします!
