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パラサイクリングおそめ体験記〜ハンドサイクル育成チーム合宿編〜
みなさんこんにちは。日本パラサイクリング連盟で、取材や情報発信を担当する「追い風」編集部の染矢です。
日本パラサイクリング連盟では、障害者自転車競技のナショナルチームを統括しており、日本代表選手として国際大会等に出場する強化選手と、強化選
手を目指してトレーニングに励んでいる育成選手を擁しています。
2024年1月から、腕の力でペダルを回す「ハンドサイクル」の育成チームが立ち上がりました。発足後、定期的に合宿が組まれてきたのですが、2024年の4月、私たちの拠点がある福島県いわき市から比較的近い場所で合宿が行われることになり、取材に行って来ました。
選手たちはどのようなトレーニングを積んでいるのか。そして、間近で見るハンドサイクルにはどのような魅力があるのか。じっくりレポートしていきたいと思います。
未来のエース候補が集結
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4月27日。ハンドサイクル育成チームが訪れたのは渡瀬遊水池。栃木県、埼玉県、群馬県、さらには茨城県の4県にまたがる日本最大の遊水池です。
足尾銅山鉱毒事件で生じた鉱毒を沈殿させ、無害化させるという目的で作られたという歴史もある一方、周囲に広大な湿地があることから、国際的な湿地に関する条約「ラムサール条約」に批准する自然豊かな場所としても知られ、さらに、池がハートの形をしていることから「恋人たちの聖地」ともされているとか。
そんな遊水池のそばには、自転車専用コースを持つ「わたらせサイクルパーク」があり、この場所が今回の練習会場となりました。道幅が広く平坦な道が多いため、身体に強い負荷をかけることができ、ハンドサイクルのトレーニング場所として最適なのだそうです。
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今回練習会に参加した選手は、静岡県出身、ハンドサイクル歴6年山木平良選手(H3)と、千葉県出身、昨年競技を始めたばかりという水野祐樹選手(H2)の2人。その2選手に、松本亘コーチ、島田一彦コーチが加わった4名での練習会となりました。
パラサイクリング競技には、障がいの種類ごとに4つのクラスがあり、アルファベットで表記されます。山木選手、水野選手ともにアルファベットは「H」、つまりハンドサイクルの選手です。ハンドサイクルは、脚の切断やまひ、運動機能に障がいなどがある選手が乗る自転車で、足ではなく手で漕ぐ自転車です。アルファベットの右側の数字は障害の重さを表し、障害が重いほど数字は小さくなります。「H3」の山木選手と、「H2」の水野選手は、同じハンドサイクルの選手ですが、障害の程度が異なるため別クラスの選手ということになります。
この2選手をサポートする松本コーチ、島田コーチの2人も、実は元選手。松本コーチは 2019年の全日本選手権ロード大会のHクラスで優勝経験があり、島田コーチも、2018年の同大会Hクラスで2位に輝いた実力者。
今回は参加できませんでしたが、さらにもう一人、競輪選手の小酒大司さんもスタッフとして加わっていて、普段はこの5名で「ハンドサイクル育成チーム」として動います。
選手やコーチは、それぞれの自宅から自分で車を運転してやってきます。山木選手に至っては静岡県から5時間もかけて移動してくるそう。自宅を出発するのは朝4時ごろ(ということはもっと早く起床しているはず)。自ら車を運転し、到着後は休む間もなくトレーニングに臨みます。まだ練習は始まってもいませんが、選手やコーチの「タフさ」には本当に驚かされます。
育成チームが立ち上げのきっかけは、松本コーチの現役引退。それを契機に定期的な育成合宿を行う育成チームが立ち上げられました。チームを突き動かすのは思い。選手たちは「強くなりたい」「パラリンピックに出たい」という思いを、コーチたちは「若手を育てたい」という思いを持っています。
コーチたちの思いに応えるように、山木選手、水野選手ともに「強くなりたい」という思いが強くなり、発足後、1ヶ月に1〜2回ほどのペースで合宿を組み、世界で戦える走力を鍛えてきました。そして今回の渡良瀬遊水池での合宿に至ります。
過酷なトレーニング
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朝9時半。練習が始まります。まずはスローペースで体に刺激を入れていきます。この日は曇り空。気持ちよさそうに体を慣らしていきますが、2周目からはグッとペースを上げ、ダッシュやインターバル走などを組み入れながら、5.4kmほどのコースを2時間半かけて6周していきます。選手一人にコーチがついてペアになり、並走しながらの指導が続きました。
ハンドサイクルは腕の力でペダルを回す競技です。瞬間的な力と、それを持続する力が必要です。また、障害の程度によって力を入れられる部位や強さも異なるため、自分の体と向き合いながら腕を回していかなければなりません。
また、「腕で回す」という言葉の響き以上にスピードが出ます。車高が低く、実際に座ってみるとわかりますが、そのスピードは思わず恐怖感を覚えるほど。私も2人の選手の姿を間近で見るために自転車で追いかけようとしたのですが、あっという間に姿を見失ってしまいました。
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練習中盤からのダッシュ走。山木選手、水野選手、2人ともかなりキツそうな表情で食らいついていました。
松本コーチからは「ラスト上げろ、ラスト上げろ!」と叱咤の声。2人も自らを追い込んでいきます。息を荒げてもがく2選手。私のいる場所に自転車が戻ってくるたび、ペダルを回す音と、選手・コーチの息遣いだけが聞こえてきて、一瞬で遠ざかっていく。その繰り返しです。
競輪選手を目指してトレーニングに励んでいた高校1年生のころ、怪我により障害を負い、車いすの生活となった山木選手。「足で漕ぐ自転車と比べるときついけど、自分は自転車に乗ってる時に感じるが風が好きなんです」と、この競技の魅力を語ります。
コーチと二人三脚の練習にも手応えを感じている様子で、「練習のおかげで、前よりも早くなってる実感があります。スピードが出て風を感じられるのが自分にとってはモチベーションです」と語ってくれました。
島田コーチも「山木は体格的に恵まれてるし、期待が持てる選手です」と太鼓判。「ぼくは山木よりひとつ軽いクラス。力的にぼくが教えるのがちょうどいいんですよ。だから、ここ数年は2人ペアでやってる感じです」。弟子について語るその表情に、山木選手への期待の大きさが感じられました。
一方の水野選手。昨年から競技を始めた若い選手ですが、島田コーチは「水野は元消防士ということもあって根性ありますよ。しごいていい選手にしたいですね」と不適な笑みを浮かべていました。松本コーチも島田コーチも、2人を育てることに大きなやりがいを感じている様子。練習中も、頻繁に叱咤激励のエールを送っていました。
国際試合の経験もある島田コーチは、自身の現役時代を振り返って、こう語ります。「海外のレースに出させてもらいましたけど、海外の選手はさすがに違うなって思いもありました。だからこそ、自分がやってきたこと、いいことも悪いことも、次の選手の若い人たちに教えてあげたいんです」。
その思いが伝わっているからこそ、2人の選手は必死にコーチの指示に食らいついているのかもしれないな、と思いました。
アスリートであるということ
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何周か走ったころでしょうか、水野選手がコーチを呼び、自分の顔や身体に水をかけてもらっているのを目にしました。
あとからご本人に聞いたところ、水野選手は、大きな怪我を負ったことが原因で汗をかく機能が失われてしまい、体温を調整することに困難があるそうです。肌に直接水をかけてもらい、体温の調節を行う必要があるのです。
その話を聞いて思わずハッとしました。練習の厳しさやスピードに見とれていて、4人に障害があることをほとんど忘れてしまっていました。
たしかに、ハンドサイクルは車高も低くF1のようなかっこよさがありますすが、その裏側には、腕だけで車輪を回すという過酷さがあり、さらには、選手それぞれの障害、困難がある。この競技のストイックな一面、選手たちの「アスリート」としての側面を強く感じました。
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水野選手は、競技者になったことで生活にも変化があったと言います。
「昨年から競技に本格的に関わるようになって、大変は大変ですけど、体幹が変わった気がします。生活にも変化を感じるんですよ。前よりも楽になってる感じがします。もともと全然運動しないタイプだったんですが、本格的にやってみたいなと思ってチームに参加しました。トップ選手にくらいつけるように頑張りたいです」
そんな水野さんの仲間となった山木選手も「水野さんは体を使うのが難しい障害がありますし、自転車に乗り込むときもだれかに手伝ってもらわないといけないけど、最近はある程度自分でできるようになってきてます」と、仲間の成長を暖かく見守っていました。選手、ライバルである以上に仲間である。そんな山木選手の暖かい眼差しを感じました。
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練習が終わると、ハンドサイクルからそれぞれの車椅子に乗り換えるのですが、その乗り換えもほとんど自分で行っている様子を見て、再び驚かされました。
合宿に参加する前、私は、選手たちは自分を介助する人やサポートをする人など誰かしらの健常者がそばにいる状態で練習するのだろうと勝手に思い込んでいました。ところが実際は、健常者の付き添いは一切なく、現地までの車の運転、車椅子からハンドサイクルへの乗り降り、自転車の積み込みなども、ほとんどひとりでこなしていきます。
もちろん、選手やコーチ、スタッフの障がいの程度もそれぞれなので、ひとりでするのが難しい場合は、お互いに助け合います。例えば、自転車から車椅子への乗り降りを手伝うときは、両側にふたりついて乗り降りの介助を行います。ですが、やれることはみんな一人でやる。障害あるからきっと助けを必要としているはずだと考えることも、またどこかで傲慢なのかもしれない。そう思いました。
ものすごくストイックなアスリートであること、その背後に、それぞれの障害があるということ。その距離感がとてつもなく大きいんです。だから私たちは、選手たちのその振り幅の大きさに思考を揺さぶられ、さまざまなことを考えてしまうのかもしれません。
世界へ届く追い風を
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ダッシュ練習のラスト1周。ゴール付近へ戻ってきた山木選手に、松本コーチから「手を休めるな!」と叱咤の声が送られます。
松本コーチは、ゴールの後も、クールダウンする山木選手に走り寄って、「平良、後半だれたな。均等に力を出せるように頑張ろう」と厳しいアドバイス。世界を見据える育成チームは最後までストイックです。
練習が終わったころ、再び2人のコーチに話を聞くことができました。松本コーチは「若手を指導するのは大変ですが、ぼくだけでなく、島田さんや小酒さんなど強力なメンバーがいるので心強いです」とチームの充実ぶりについて語ったあと、「2人には、まずはアジア圏内で活躍してもらって、そして世界に行ってもらいたいですね」と語り、大きな期待を寄せていました。
島田コーチは「ぼくも現役の頃は、ハンドサイクルの先輩に練習に付き合ってもらい、選手として育ててもらいました。だから自分も、先輩のように若手を育成したいと以前から思っていました。育成チームに携わることができてうれしく思います」と感謝の言葉を口にします。
かつて選手だったコーチから伝承されていく志。これが、この育成チームの強みなのかもしれません。
そのスピード感や、選手たちのアスリートとしての魅力もさることながら、チームの一体感、そして、ペアを組む二人ずつの師弟関係にも、ハンドサイクルのチームとしての魅力があると感じました。
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顔と名前が一致すると、これまで以上に選手たちに親近感を感じてもらえるはずです。山木平良選手、水野祐樹選手。ぜひこの2人の、顔と名前を覚えていただいて、今後もエールを送っていただけたらうれしいです。
コーチ陣も成長の早さに太鼓判を押す2選手。次に会う時には、より成長した姿を見せてくれるはずですし、皆さんからのエールを追い風に、自己ベストを更新し続けてくれると思います。私も、心の中で2人にエールを送りつつ、また取材できるのを楽しみに待ちたいと思います。
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