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interview | 沼部早紀子 | 悔しさの残るパリ、そして4年後のロサンゼルスへ

9月7日に幕を閉じたパリ2024パラリンピック競技大会。パラサイクリング日本代表チームは、出場したすべての選手が入賞したほか、杉浦佳子選手が女子個人ロードレースで2大会連続の金メダルを獲得するなど見事な成績を収めました。大会から1か月半。ヘッドコーチを務めた沼部早紀子さんに、パリ大会の結果について、そして4年後への抱負を伺いました。

--パリ大会、大変お疲れさまでした。出場選手が全員入賞、さらには杉浦佳子選手がロード種目で金メダルという結果の伴った大会となりましたね。今日は改めてヘッドコーチの沼部さんに大会について振り返っていただきたいと思います。よろしくお願いします。

沼部:よろしくお願いします。パリ大会の前半は、正直、自分が想定していたよりも苦戦するかたちになりました。もっとやるべきことがたくさんあったんだな、もっとできたな、というのをずっと感じながらレースに臨むような感じでした。

もちろん、今の実力は出せたとは思います。選手たちの体調不良やケガなどイレギュラーなことが起きたなかで、チームとして乗り越えることができました。ですが、強豪国相手になると、実力を出せたとしてもメダルはそう簡単には取れない、そんな差を強く感じました。

後半は、期待も含めてプレッシャーをいい意味で感じながら、まだまだ大丈夫だ、まだここからだという雰囲気が出てきました。とくに杉浦(佳子選手)に関しては、状態がどんどん良くなっていって、チームとしても、もう1回頑張ろう、諦めちゃダメだという強い気持ちを持つことができました。そして最終的には金メダルが取れて、前半の悪いイメージを全部ひっくり返してくれと思います。

男子たちは望んでいた結果が出ませんでした。特にロードに関しては、海外の有力選手にほとんど歯が立たないという結果でした。やり切った達成感というより、厳しさ、悔しさを感じる大会でした。ただ、最後の最後に、杉浦がチーム全体の目標を達成してくれて、あの金メダルのおかげで「いい大会になった」と言える結果になったとは思っています。

チームとしての一体感の重要性を語る沼部さん

--自転車は個人種目です。だからチーム競技ではないと思われがちですが、チームとしての一体感が強く反映されるようなところがあるんですね。

沼部:はい。強く出てきますし、すごく大事です。バラバラの目標を持っていたら自分がどこに向かっているのか見えにくくなってしまいますよね。今大会は、今まで以上に明確に、トラックとロード、それぞれでメダルを取ること、かつ全員入賞ということを目標に掲げてきました。夢物語じゃなく、それ相応の実力と根拠を持って挑んだ大会でした。

選手それぞれが、自分は最低限どこまで行かなきゃいけないかを理解し、チームでも共有してきました。そのおかげか、メダル取れなかったけど頑張ったよね、という雰囲気にはなりませんでした。

川本(翔大選手)からは、メダルを取りに来たのに自分のミッションを達成できなかったと悔しがるようなコメントが出てきていました。そういうコメントが出てきたのも、チームとして目標を掲げて、全員が同じ方向を向くなかで、個々人がどれぐらいのパフォーマンスをすればいいか、それぞれが目標設定できたからだと思います。個人競技だけどナショナルチーム。やっぱりそこはチーム競技なんだろうなと感じます。

パリ大会の直前合宿で選手を見守る沼部ヘッドコーチと権丈監督

違いを見せた杉浦選手

--選手それぞれに振り返っていきたいと思います。まずは女子ロードレースで2大会連続の金メダルを獲得した杉浦佳子選手についてはいかがでしょう。ほんとうにすばらしい結果でしたね。

沼部:杉浦は、自分の目標だけでなくチームの目標まで達成してくれました。正直、東京大会からの3年間は苦しい戦いでした。年齢的にも体を酷使することになりますし、リカバリーにも時間がかかります。そういう事情がありながら、かなりの努力をしていたんです。

見事2大会連続の金メダルを獲得した杉浦佳子選手

今大会は部屋が一緒で、身近なところで大会に対する姿勢を見ることができましたが、生活のすべてを練習やレースのために過ごすプロフェッショナルな姿を貫いていたと思います。そこはやっぱりさすがだなと思いましたし、世界でもトップクラスのアスリートなんだと改めて思います。

じつは、前半は咳が出るなどコンディションがよくなかったんですが、後半にかけて体調をしっかり戻していったのはさすがでした。あとは気持ちの部分でも、メディアに対しては弱気な発言をしていたのですが、じつは手応えを感じていて、最終的には、自分はきっと大丈夫だと、今までやって来たことを自信に変えながら後半のレースに臨んだのだと思います。

レースの後は感極まって涙を見せた

ロードのタイムトライアルでは、結果だけ見ると6位なんです。ですが、レースが終わった後に杉浦に話を聞いたら「いけると思います」って言ったんです。今回のコースって、彼女が得意とするヒルクライムもないし、ある程度の力があれば誰でも走破できるコースでした。しっかりとライバル選手のパフォーマンス、自分の仕上がりをふまえて、「いけると思います」「自分の走りが戻って来ました」って言っていて。さすがだなと思いました。

弱気なコメントは出すけれど、冷静にほかの選手を分析しているし、最後まで諦めていない。それが杉浦なんです。私から見てこれ以上やらなくていいかなと思うところを、さらにこだわっていく。やっぱりそこにこだわるか、こだわらないかが金メダリストとそうじゃない選手の違いかなと感じました。他の選手も見習ってほしいポイントですね。

悔しさを次につなげたい川本

--続いて男子を振り返っていきたいと思います。まずは、トラック種目の3000mパシュートで4位、1000mタイムトライアルでも6位入賞を果たした川本翔大選手についてはどうでしたか?  

川本:トラックでメダルを取ると言っていましたし、取らなければいけない選手ですよね。ただ、目標タイムの設定が私としても甘かったと反省しています。直前合宿で、疲労があるなかでそこそこのタイムが出ていて、メンタル的にも、東京大会から自信をつけてきたというのがあって、すごく頼もしい状態でパリに入っていました。ですが、私たちの想像以上に、ライバルが先を行っていました。

惜しくもメダル獲得とはならなかったが底力を見せてくれた

トラックがこういう結果になり気持ちを引きずってしまったのか、ロードでも、川本らしくない精彩を欠く走りになってしまいました。ただ、チャレンジはしたと思うんです。スタートの仕掛けやアタックなど、少しでも成長しよう、ここでやれることはやろうという気持ちが見られました。

じつは今回、3000mパシュートでは日本記録を4秒以上も更新してるんです。でも、よかったね、とはならない。本人も含めて周囲もです。日本記録更新してがんばったね、とはならないというところに、選手として一皮むけた姿を見せてくれたとは思います。

4年後は選手として最高の状態を迎えたい

川本は、ハイパフォーマンスディレクターの権丈さんが声をかけてから、10年近くの時間をかけて育ててきた選手なんです。今大会が28歳。次が32歳ですから、次の大会は選手として脂が乗りきった状態になるんじゃないかと思います。今伸びてるよね、次頑張ろうね、というフェイズではないことは本人も理解しています。若い選手たちにも背中を見せなきゃいけない。期待を込めて、次のロス大会に期待をしていきたいと思います。

最年長の藤田はモヤモヤの残る走り

--男子最年長、藤田選手はどうでしたか?  膝の負傷でトラック種目を欠場しましたが、得意とするロードのタイムトライアルで7位入賞と健闘しましたね。 

沼部:今回がパラリンピック5回目。年齢的にも大ベテランで私と同い年なんですよ。この年齢までトップアスリートとしてやってくること自体、相当なモチベーションがないと続けられないことだと思います。

藤田は本来の走りを見せられずにパリを後にすることに

ただ、今回に関しては、藤田本来のリーダーシップや今までの経験を活かせたかというと、そうではなかったと思います。藤田のいいところが出せずに終わってしまったのかなと思いますし、もがきながら乗り越えた大会だったのかなと。

本人はすごく真面目な選手で、それだけに心残りだろうなと思います。私自身がそう思いますし。周囲の皆さんは「入賞できてよかった」と評価してくれるかもしれませんし、もちろん、評価していい成績だとは思います。ですが、これまでの藤田の経験や年齢的なもの、今後の選手としての道筋を考えたとき、やっぱり今回が集大成になる大会だったはずです。入賞できてよかったね、とはいかないと思います。

大会が終わった直後に出たのがモヤモヤという言葉でしたし、大会中からその言葉はずっと彼の口から出ていました。なにか霧がかかったような状態だったんじゃないかと思います。次に向かうにあたって、少し時間が必要なんじゃないかと思います。ただ、年齢も含めて、少しずつ柔軟になってきているところもあります。そういった部分がポジティブに働いてくれたら、これからいい方向に向いてくれるかなとは思っています。

確かな足跡を残した木村三浦ペア

--タンデムの木村三浦ペアはいかがでしたか? トラック種目の1000mタイムトライアルでは日本記録を出して6位入賞を果たしています。

沼部:初日の公式練習で落車というトラブルに見舞われましたが、目標を見失わずに本戦に臨んでくれたと思います。彼らの専門にしている1000メートルはかなりハイレベルで、ヨーロッパ勢にはなかなか太刀打ちできないとわかっていたからこそ、最低限入賞という目標を掲げていましたが、その目標はしっかりと達成してくれました。

落車の傷跡が残る状態で懸命の走りを見せる木村と三浦

そして、大会以前に、彼らはさまざまな組織がバックアップしてくれないと出場すらできないという状態だったわけです。パイロットの三浦は競輪選手養成所に入っていて、候補生として厳しい訓練をしている状態でした。養成所の選手が1か月もの間、パラ大会への出場のために日程を空け、公益財団法人JKAの承認を得て海外に出ていく、それ自体、前代未聞の出来事だったんです。

木村は、パリ大会出場が、簡単ではなかったと一番わかっている選手です。悲願だった東京大会に出られずに悔しい思いをして、やっとの思いでつかんだ切符でした。そして、パイロットの三浦が出場するために、たくさんの人たちが動いてくれたことを知っていますから、並々ならぬ気合と感謝の気持ちが出ていたと思います。

それだけに、公式練習でハプニングがあってすごく動揺したと思うんですね。ですが、強かったと思います。木村は転倒後も「5日間あるんで直します。最大限尽くします」って言ったんですよね。気持ちは全然折れてなかったです。練習ができない日もあって、少しずつ調整が狂っていく感覚があったと思いますが、かなり前向きに頑張ってくれたと思います。

日本記録も更新したが、満足することなく先を見据える

一方の三浦は、黙々と調整を続けていました。彼は冷静でしたね。最終的には、わずかですが日本記録も更新しているんです。目標にしていたタイムは届かなかったから悔しい思いもしていたと思いますが、決勝に残って2本走るっていうところは達成できたのかなと思っています。

ただ、選手の努力以外のところ、彼らに合ったサイズの自転車のフレームを準備できなかったとか、メカニック的な部分でも課題がありました。チーム全体の戦略として反省点があります。木村は、レース直後にこれからはこういう練習もやらなきゃいけないって話を自分で持ち込んできました。モチベーションとしては、次に向かう方向にいい感じに進んでいます。

パリ大会の直前合宿で木村・三浦ペアと談笑する沼部ヘッドコーチ

--沼部さん個人としては、今後4年後を見据えるなかで、どんなふうに活動していきたいと考えていらっしゃいますか? 

沼部:まさに今、大会の振り返りをして今後の計画を立てていくなかで、まずはチーム体制を再構築することに取り組んでいくことがミッションになります。まずは、必要なポジションに必要な専門家に入ってもらうこと。そして、権丈さんと私とでコーディネートしていく。そういう体制づくりが大事だと考えています。

専門家の起用に関しても、全員が同じサポートをするのではなく、選手のレベル、考え方、ライフスタイルなどに応じて、個別に進めていく体制が重要です。盤石のサポート体制を作ったうえでトレーニングに入る、ということになります。そのための資金も必要になってくるので、パラサイクリング連盟のサポートをしてくださる方への声かけなども含め、連盟全体で動いてくことが必要になってきます。

私個人としてもナショナルチームの強化戦略をしっかり固めたいですね。4年先だけではなく中長期計画をしっかり立てて戦略を立てるために考えないといけないのが新しい選手の育成です。外部の組織や他競技の団体とも関係を持ちながら進める部分ですので、ナショナルチームの指導だけでなく、もう少し奥の部分から関わっていかないといけないと感じています。

チームがいい方向に行くのであれば、私はヘッドコーチじゃなくてもいいんですよ。裏方でもいい。大事なのはアスリートセンター。しばらく前にアスリートファーストという言葉が言われていましたよね。今は選手が一番というより、選手を中心に据えてバックアップする体制づくりが必要です。

そのためにも、スタッフが自分にできることをそれぞれ高めていかないといけない。メカニック、トレーナー、コーチ、それぞれが自分たちの行動計画を立てて動いていく必要があります。語弊がありますが「自己犠牲を厭わない」という精神じゃないと世界と戦えないということをパリで感じました。

他の国のチームは、スタッフも選手も目つきが違うんです。ふわふわしてちゃダメ。これまでも本気でやってきましたけど、やって来ただけの自信が目を見てわかるくらいやり尽くさないといけません。

視線は4年後、そしてさらにその先へ

--次回は2028年ロサンゼルスです。意気込みを聞かせてください。

沼部:自転車競技に限らずですが、パラリンピックの競技レベルが、東京からものすごく飛躍したと感じています。毎回こんなに進化するんだなって。だから、私たちは負けはしましたけどちょっと嬉しくもあるんです。ヘッドコーチという立場抜きに俯瞰してみると、ものすごくフィジカルレベルが上がっていて、パラアスリートの可能性を感じました。

世界に目を向けてみると、障害の有無関係なく同じレースに出場できるような環境が生まれています。世界はどんどん先に行きます。私たちも止まっちゃいけない。そのためにも、ひとつひとつ計画に落とし込んで、実行をしていくことがほんとうに大事だなと思います。

一人でやるわけじゃないのでチームワークですよね。みんなの力を合わせていけば総力は大きくなりますから。ナショナルチーム一丸となってロスに向かっていければと思います。

沼部早紀子(ぬまべ・さきこ)
栃木県生まれ。学生時代に自転車競技に出会い、競技生活を約8年間、その後はコーチとして活動。現在は、日本パラサイクリング連盟に所属。日本代表のヘッドコーチとして、パリ2024パラリンピック競技大会をはじめ、数々の国際大会に参加。

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