いつの時代に出会ってもきっと #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう
「ただいま留守にしております。発信音のあとにお名前とご用件をお話しください」
ピーッと鳴り終わる前に受話器を戻した。ピーピーピーッ…テレホンカードが吐き出される。世界文化遺産と書かれた姫路城のデザイン。
警告音に聞こえるなんて重症だ。
あきらめてファミマに寄る。夕食用の烏龍茶、鮭のおにぎり、メロンパン。そうだよ、メロンパンのままなら今日だって帰れたのに。
事務所に戻ると小笠原さんの声が飛んできた。
「あやちゃん、あとどれくらい?とりあえずキャッチだけでも欲しい」
「すみませんキャッチは10分、1時間あれば文字まわり全部いけます」
約束の夜だったのに。
この分じゃもう公衆電話まで走れそうにない。
◇
「で、そっちはどうやの?」
珍しく早く帰れたという報告のあと、グラスを置いて彼が続ける。カツンという音は長い話でも大丈夫という合図だ。
「それがさ、モールの表紙もめてて。食品の目玉はメロンパンって決まってたのにこのタイミングでナゲットに変更だって。商品部の課長の知り合いらしいんだ、ナゲットの会社の偉い人」
「マズイやん。各コーナーの目玉商品まとめ撮りして表紙に使うんやろ?間に合うんか?」
「間に合わせるしかないよ。初めて通った案だもん。今、小笠原さんがサンプル集め直してくれてる。来週、再撮してギリギリだよ。でもどう思う?こだわりを演出して競合に差をつけるとか言って冷凍ナゲットだよ。他の商材はさ、量販店にしてはがんばってるなって思ってたの。カシミアセーターのコーデなんてかなりかわいいよ。見た目だけなら百貨店に負けない…は言い過ぎだけど。でね、それ着たモデルがサクっとジワーのメロンパンかじってニマって笑う予定だったんだ。それがナゲットだよ、ナゲット。テナントにマック入ってるのに。ねえ、マックで買うでしょ、普通。」
「おもろいなあ。一気にしゃべるん特技なん?サクっとジワーて、まあわかるけどな。食べてみたいわ、そのメロンパン。せやけど小笠原さんも頑張っとるなあ。東京行って何年や」
「えっと、私たち出会う前だから2年くらい?」
「まだそんなもんか。あっ、あとな、マックやのうてマクドな。マックてへんやろ。軽すぎや」
「マクドの方がへんやわ。あーもう、うつっちゃった」
「ハハハ。けどまぁ、ええんちゃう?オープン12月やろ。ほら、めっちゃオシャレな格好した女の子がナゲット持って走っとる。きっと彼とこ行くのに身支度に時間かかったんやろな。手作りの料理なんてする暇なしやで」
「……… 。あーっ!それいい。すっごくいい!使えるよ。ゆうくん天才!」
「せやろ。今度マクドおごってな。おっ、1時か、ぼちぼち寝よ」
「あっ、ゆうくん、あの、さ… 指輪つけてる?」
「つけとるで。なんで?」
「んー、会いたい時ね、いつも指見てさ、話しかけたらゆうくんに届けばいいのにって思うんだ。そしたら寂しくないのにって」
「どないやろ。いつも話せるんやったらこないに思い出さへんちゃう?」
「そんなもんかな」
「そんなもんや。ほら、寝るで。来月の休み、そっちも決まったら教えてな。金曜ならいると思うわ」
わがままだと思われたくなくて先に受話器を置いた。
◇
実家暮らしの私に深夜の電話はかけられないと、毎月送ってくれるテレホンカードは近頃ほとんど度数が減っていない。
仕事、大変なのかな。クライアントと飲んでるのかも。友達とだって会うよね。
今夜はどこで誰と酔ってるんだろう。
京葉道路を千葉方面へ。箱崎から高速に乗る。1万円を超えるメーターを出す客にドライバーは親切で、飴に飲み物、時にはおにぎりまで渡してくれる。知らない人にもらったものは口にできないくせに結局いつも断りきれない。差し出されたカンロ飴をそっとバッグにしまった。
フロントガラスの向こうに赤い光の連なりが見える。
まぶたが重くなっていく。
ー
「あやちゃん彼いいの?今日、金曜だけど」
「大丈夫です。連絡しといたんで。OKスタンプ届いてる。ほら」
「かわい〜。フフフ、彼、結構オトメだね」
「ナイショですよ」
小笠原さんがグラスにビールを注いでくれる。オープンイベントの打ち上げには印刷会社の社員をはじめ、知らない顔が多く混ざっていた。
「あやさんですよね?」
「えーと大門印刷の…お噂はかねがね」
「営業の佐々木です。企画、評判良かったですよ」
その日から、佐々木さんが担当する案件によく呼ばれるようになった。
「あやさん、髪切ったんですね、いいっすね」
「あやさん、チョコ好きって言ってましたよね」
打ち合わせに行くと、今回のお題なんですけど、と言う前に必ず言葉が添えられた。
「佐々木くん、あやちゃんのことかなり気に入ってるよね」
小笠原さんの言葉を否定しなかったのはなぜだろう。かき消すように文字を打ち込んだ。
『ゆうくん元気?今日、新しい仕事受けたんだ』
夜遅くに通知音が鳴る。
『よかったな』
それだけ?
ゆうくん
私…
「今回も評判良かったですよ。小笠原さんとあやさんのコンビ最強!このあとメシどうすか」
「ごめーん、まだ仕事あるわ。あやちゃん解放するから美味しいもの食べさせてあげて」
「いえ、でも…」
「あっ、佐々木くん、この子彼いるから手出しちゃダメだよ」
「ハイハイ。じゃぁ行きましょう。駅前のヤキトンすっごくうまいから」
なんで断らなかったんだろう。少し、ほんの少しだけ行きたいと思ってしまった自分に嫌気がさして、右薬指の指輪をギュッと握った。ごめん、ゆうくん。
週末の店内はカウンター席しか空きがなかった。
「あやさん、ビデオ通話、週何回です?遠距離ってなかなかですよね」
「あ、そう言うの好きじゃないみたいで。返信も遅いし。でも忙しいから仕方ないんです」
ついこぼしてしまった言葉。
佐々木さんの肩が触れる。
「そんなもんかな」
「え?」
「オレならまめに連絡するけどな。だって会えないんだから。それにほら、連絡しとけばそれ以外の時間は好きに使えるでしょ。忘れないうちにメモ取って安心して忘れる、あれと一緒ですよ」
メモ?
あんしんしてわすれる?
ー
「お客さん、インター降りますよ。お疲れだったんですね。グッスリ。ここまっすぐでいいですか?」
大通りにある自販機の前で降ろしてもらってミルクティーのボタンを押した。前に一緒に飲んだやつ。
ゆうくん、どうしてるかな。
右手が缶に当たってカツンと音が鳴る。
家族を起こさないようにそっと鍵を開けると靴箱の上に数枚の手紙があった。本当は真っ先に気付いた3日前の消印の封筒。一番最後にゆっくり開ける。
テレカが3枚、メッセージカードが1枚。
『 7日(月)は有給。クリスマスの週はアカンかった。』
そっけない文章。
抱えきれない思いが溢れ出て思わずカードを投げだした。
片方の気持ちだけが重い恋なんてうまくいくはずがない。
あれ?
ぼやけた視界の端にカードが映る。
見ていなかった裏面。
指輪のイラストと『あや限定モデル』の文字。
リングの石の部分には“送話口”と注釈がついていた。
『追伸 会社の近くにマクドができたから、朝から晩まで思い出して仕事にならん』
ねえ、
カードの文字がグニャっと曲がるから
笑っちゃったじゃない。
こんなんズルいわ。
ゆうくん
会えなくても大丈夫なんて言わないよ。
でも見えない時間も大切にする。
この先どんなに便利な世の中になっても
私、忘れないから。
明日の朝はマックに行こう。
指輪をギュッと握ったら「マクドや」って声が聞こえた。
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百瀬七海さんの企画に参加させていただきました。
貴重な機会をありがとうございました。
昭和、平成から令和へ。世の中はどんどん進化し、今では繋がりたい時にすぐ言葉を渡せる時代になりました。得体の知れないウイルスが大きな不安を振りまく今も、私たちは便利なツールに助けられています。今の思いを今、その温度のまま伝えられるというのは本当に素晴らしいことで…でも同時に思い出してしまったんですよね、会いたい時に会えないという寂しさを。
孤独と向き合う時、自分を支えてくれるのは果てしない想像力のような気がします。大切な人の心までも想像する力を持つことができたら、今より心が軽くなるかもしれない、このお話にはそんな気持ちも込めました。
令和2年、どなたにとっても素敵なクリスマスになりますように。
suzuco