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南に居場所はない
乾いた銃声が2つ。男が倒れ、おれはその体を盾にしながら車の左に回り込む。まだほかにも追手がいるはずだ。地下の駐車場は音は響くが、暗くて視界が奪われる。車内に入れないかと運転席から覗くと、人の気配がした。後部座席に誰かいる。女だった。
女はこちらに気付くと目を見開いて、施錠しようと身を乗り出したが、おれがドアを開けるほうが早かった。口を塞いでこめかみに銃口を突きつけながら後部座席に押し戻す。女の顔はおびえきって、眼球が涙で光っている。
「伏せろ、シートの下に隠れろ。外にまだ何人かいる」
女はふるえる声で、
「殺さないで…お願い」
と言う。おれをあいつらの仲間だと思っているのだ。
「おれもやつらに追われてる。おまえに危害は加えない」
女はそれでも両腕で胸をかき抱いたまま動かない。
「早く頭を下げろ、窓から見えるとまずい」
そう言い終わらないうちにビシッ、ビシッと銃弾がボンネットにめりこみ、足音が近づいてきた。
おれは女を突き倒し、
「キーを貸せ!」
と叫んでハンドルにかじりつく。差し出された鍵を奪い取ってエンジンを起動させ、アクセルをいっぱいに踏み込むと、男が4人ヘッドライトに照らされた。みな銃を構えこちらへ向けて撃つ。おれはそいつらの真ん中へ車を突っ込む。右手でハンドルを大きく回して1人を車体で払い、空いた左手で窓から銃をつき出し1人撃つ。残り2人がひるんだ隙に出口から抜け、地上に飛び出した。
そのままフルスピードで市道に出ると、まっすぐ北へ進路をとる。深夜の街灯の光が彗星のように流れる。夜明けまで5時間。とにかくこの街から出なければ。それまでにこの女をどうしたらいい。
ふと後部座席から場違いな泣き声があがる。おれはまじまじと後ろの女を見た。上着に隠して、その胸の真ん中に小さな赤ん坊を抱いていたのだった。
(続く)