システム39と旅した10年 vol.13「仲間と駆け抜けたSIの世界 後編@M-SOLUTIONS株式会社 植草学/株式会社ソニックガーデン 倉貫義人」
このnoteについて
このnoteは、ジョイゾーを代表する対面開発サービス「システム39」が2024年6月30日に10周年を迎えることを記念し、スタートした連載企画です。
システム39とジョイゾーが歩んできた10年を振り返りながら、これまでお世話になった皆様への感謝と、これからの10年に向けたヒントを探していきます。
前編のnoteはこちらです!
今回のテーマは「kintoneエコシステムの仲間たち 後編」
前回に引き続き、「kintoneエコシステムの仲間たち」としてお送りしていきます。システム39をリリースと同時期に、kintoneに関するビジネスを立ち上げたお二人、M-SOLUTIONS株式会社の植草さん、株式会社ソニックガーデンの倉貫さんに、お話をお聞きしています。
今回は後編としてこれからの10年について。ぜひご覧ください!
次の10年、SIに必要なこと
kintone SIとノーコード
ジョイゾー:
今では素敵な関係を築いている皆さんだと思うのですが、側から見ると競合になってもおかしくないんじゃないかと思うんです。そこのところどうでしたか?
琴絵:
ライバルになり得ない、と思ってるかな。やってることも、レイヤーも全く違う。でも10年も経ったのか、なんだかすごく歳をとった気がする笑
植草:
ジョイゾーもシステム39始めて10年ですか。近くにいた身としては、なんだか大きくなったな〜と思います笑 最初の頃は開発者、二人くらいしかいなかったよね?
琴絵:
そうそう、最初は私もやっていなかったから。少し時間が経っても、黎明期は社長と山下くんと私くらいだった。
植草:
それは意外かな。よく水道橋(サイボウズの旧オフィス)のカフェスペースで39やっていたから、人数は少なくても、結構件数をやっていたイメージはあったよ。
琴絵:
いや、実はそんなことなくて。月何件も問い合わせがないから、年間20件も受注がないとか、全然あったんだよね。
それにシステム39単体で受注するというよりも、コーディングでのカスタマイズがほとんど必須だったと思うよ。私たちが設計して、アプリを作って。裏のカスタマイズを二人に作ってもらう、みたいな。
今よりもkintoneができることが少ない分、どう実現するかというところは頭を悩ませていたかな。
四宮:
そういう意味で言うと、できることが少ないからこそ、シンプルではあったと思う。結局kintoneだけではできないから、お客さんと調整しながら日々やっていて。とにかく複雑なシステムか、本当に削ぎ落としたシンプルなものを使ってもらうか。どっちかでしたね。
今はノーコードでなんでもできちゃうので、ある意味複雑化しやすくなってるところはあると思う。
今だからこそ必要なデータ設計とPM力
倉貫:
そう思うと、最初の方に作ったやつって、みんなそうだと思うんだけど、よくあれで動いているなってもの、あるよね笑
一同:笑
植草:
大量のデータが動いていて、利用の規模も大きいっていう案件あるじゃないですか。未だにガンガン現場で回して使えているし、本当にすごいと思う。
四宮:
全部じゃないと思うんですけど、それってちゃんとデータ設計ができてるからなんでしょうね。当時からデータ設計はとにかく必要だった。
琴絵:
今も絶対必要ですよ。最近皆さんが感じ始めていることかもしれないですけど、データ設計などの知識がなくてもできると思ってシステム開発を始めてる業者さんも増えつつあるなという感覚があって。
倉貫:
別にコード書かなくてもいいけど、設計できないとダメだもんね。
琴絵:
そうなんですよ!最近長くお付き合いのあるエンタープライズでkintone活用されてるユーザー企業さんとお話する機会があって。kintoneをずっと使ってきたことで、結果的に設計できない人では進めていけない、データ設計って本当に大事!と言う気づきを得たっていう。これってユーザーもSIerも同じなんですよね。
kintoneの市場が広がって、新規参入する会社さんも増えてきたけど、頼んでみたら全然動くものじゃなかったとか、途中で放棄してしまうとか。そんな状態で困ってしまって、私たちに相談してもらうみたいなケースも少なからずあるんだよね。
倉貫:
ハードルが下がったことは本当にいいことだけど…難しい。
植草:
やりきれなくて、放棄してしまうみたいな話は、開発してる側の難しさもあると思うんですよね。PM力のなさと言うか、お客さんとここまでやりますねと言う線引きがしっかりできなくて、一番ダメなSIのパターンになってしまうっていう。
従来のSIならここまでやりますね、と宣言して、そこでまず納品させてもらう。ここから先は追加なんです、っていうやり方をしていたけど、その形に持っていけてないところが多い。やってくださいと言われたことをずっと作ってしまう、直してしまう、SIとしてどこで終わりなのかわからなくなっちゃうんだよね。最終的に「こんなにやってるのに!」って、クローズできないパターンは本当によくある。
倉貫:
人月は納品があるからこそ、逃げ切れるみたいなところありますよね。逆に言うと自分がやっている納品がない開発は、逃げられない。逃げ場はない笑
琴絵:
いい意味でエンドレス笑
倉貫:
そう、エンドレス笑
四宮:
うちはむしろ2時間3回が決まりだから、逃げる逃げないじゃなくて、はっきりしてる、逃げられない笑
逆にその中で価値を出していかないと、お客さんの方に逃げられちゃう。その大変さもある。
琴絵:
対面開発でも従来の開発でも、結局はPM力が一番大事。企画力というか、お客様に納得してもらうように全体をコントロールしていないと、うまくいかないんだよね。
倉貫:
そうなるとkintoneか何かとか、あんまり関係なくて、ちゃんとデータ設計できること、プロジェクトマネジメントできることはこれからも求められんじゃないですかね。
植草:
まぁ、それも5年10年くらいじゃないかなと思いますけどね。
人間が扱いやすいようにデータを整形しているから、今のような綺麗な形にしないといけないと思いますけど、適当に入れてもいい感じに出てくる、なんてこともあるんじゃないですかね。
琴絵:
AIで?
植草:
そう、AIで。コード書いてると楽しいんですけどね。
でもまぁ、コード書いてると効率悪いからね笑
一同:笑
最後に 3社の共通点と同じ目線を持つ仲間として
倉貫:
こうやって振り返ってみると、それぞれの時期にフェーズがあるんじゃないかなと思うんですよね。カンファレンスをやったり、それぞれのSIビジネスが稼働し始めた2015年ごろの新しいSIのフェーズ。その後、プロダクトや連携サービスを作るフェーズがあったり、みたいな。
琴絵:
今は教育フェーズかな。
植草:
あとはAIとか。僕らはもうAIしかしてないからね。
倉貫:
確かに。とにかく色々なフェーズを経て、今ここに至ってるという感じかな。
琴絵:
そう聞くとと同じように取り扱われるんだけど、私たち全員全然違うビジネスモデルなんだよね。新しいビジネスモデルだったんでしょうね、きっと。
四宮:
オルタナティブSIね。日経で取り上げられて、でも中身が全然違う。
琴絵:
「SIでそんなことやってるところがないよね」というところが集められた感じ。
倉貫:
まさにそうですね。
ジョイゾー:
先に話していたカンファレンスも同じでしょうか?
植草:
そうそう、人月しません、という共通点で。
倉貫:
メインストリームとは違う、っていうことだけなの共通点なんですよね。
琴絵:
実は中身の共通点はほとんどない気がする笑
倉貫:
共通点は歌謡バーくらいってことくらいですよ笑
一同:笑笑
植草:
だいたいイベント後で飲んでるイメージしかないですね笑
琴絵:
共通点はないけど、なんだかビジネスは10年続いてるようです、みんな笑
倉貫:
いや本当に。まず生き残ってることが素晴らしい。コロナもあり、色々あった中で。なかなかないですよ。
四宮:
一緒に飲んでても、ビジネス論で激論、とかしたことないですもん。
倉貫:
ないよ笑
植草:
全然ないですよね笑 夜中まで歌って飲んで。なんの話してるんでしょうね笑
倉貫:
笑 でもそういう意味だと、会社としてどうこうというよりも、この場が僕にとってはめちゃくちゃ心理的安全性が高い場なんですよね。
同じ世代で、同じ業界の中で、モデルは違うけれどもやってるというところは、ここの場なら何を言っても大丈夫だなって思えるんですよね。だから僕にとっては大事な癒しの場なんですよ。
倉貫:
そう考えると、サービスを開始した2014年当時、新しいSIっていうことで、39とか納品のない受託開発っていうことで、お互いキャッチーで注目されることも多かったと思うんですよ。
植草:
登壇とか、取材とかね。色々取り上げてもらいましたよね。
倉貫:
そう。同時に39万で続くわけないとか、納品のない開発なんてできるわけないでしょとか、人月を辞められるわけないみたいな。変わることはないみたいなことを言われ続けて、一時のブームだと思われていたんですよ。
そこから10年、まだ続いているよと。一過性じゃなくて、むしろ老舗だぞというぐらいにはビジネスを続けられたなというのが一番かなと。そういう目線を共有できるのはこのメンバーだからこそですよね。
変化し続けた10年 10年続いたからこそ見えたこと
kintone、そしてSI業界という同じフィールドで戦ってきた皆さんにお話をお聞きしました。 同じ業界だからこそわかる楽しさ、苦しさ、そして先につながる未来のお話。変わり続けて対応するからこそ10年間継続できた。同時に10年間変わらず突き通したからこそ、今につながってきた思いや根底にある技術を垣間見ることができました。
「システム39と旅した10年」も終着点が見えてきました。皆さんと一緒に最後まで駆け抜けていきます。
(ライティング:小渡 拓)