第56話『継承』
それから薩夜麻たちは、豆麻とウンノの案内によって、金田城に到着した。
金田城の城主は、対馬を代々治めてきた一族の当主だ。
しかしその城主は病弱で、荒事に向いていないため、島の防衛は豆麻とウンノが主導している。
薩夜麻たちは城の客間に通された。
城にいた防人たちは、薩夜麻たちが「白村江の戦」で生き残った将だと聞いて、驚きと敬意の眼差しを向けていた。
なお氷老と弓削は戦に参加していなかったが、防人たちはそれらの詳しい事情はよく知らない。
薩夜麻たちは客間に通されてから、豆麻とウンノにこれまでの経緯を話した。
夫婦となった二人は、博麻が長安でどのような境遇だったのか、まったく知らない。
二人にとって、博麻はかけがえのない父親である。
その父親が倭国を守るために犠牲になったと知り、二人は愕然としていた。
「つまり、父さんは、皆さんを逃がすために……」
「そうだ」
薩夜麻はうなずき、ウンノの方を見た。
彼女は博麻を深く敬愛していた。
博麻を父同然に慕い、彼とともに戦場を駆けた。
博麻が提案したこととはいえ、彼を置いて逃げたことを激しく叱責されてもおかしない。
それこそ彼女の性格ならば、怒りのままに拳が飛んでくるかもしれないと思っていた。
しかしウンノは静かに話を聞き、大きく息を吐いた。
「おじさんらしいわ」
ウンノはそうつぶやいた。
彼女の目から、一筋の涙がこぼれた。
豆麻はそんなウンノの頭を、そっと右腕で抱き寄せた。
二人も納得した。
いや、納得するしかないのだ。
自分たちの知っている博麻という男は、家族のために、仲間のために、故郷のために、己の命を捨ててしまう男なのだ。
「豆麻、ウンノ」
そこで氷老が、座った姿勢で深々と頭を下げた。
「俺は博麻に救われた。倭国を滅ぼす人間の手先として働いていた俺を、彼は最後まで信じ抜いて、俺の本来の夢を思い出させてくれた。彼より勇敢で高潔な男は、この世にいない」
氷老は顔を上げた。
「こんな俺ができることは少ないかもしれないが、約束させてくれ。俺は必ず、朝廷に博麻の功績を報告する。氷氏の当主となった後も、外交に関する権限を使い、博麻が帰還できるよう尽力しよう。もし万が一、彼が亡くなっていたとしたら、彼の遺骨を絶対に取り返す。そして君たち夫婦が飢えないよう、ぜひ支援させてくれ。どんなことでもいい……彼の恩に、報いたいのだ」
「ぼ、僕も手伝います! 僕も、博麻さんのことを諦めたくありません!」
氷老と弓削は、長安で博麻と知り合った。
博麻とは距離を置いていたこともあったが、今では彼の人間性に惚れこんでいる。
今こうして生きているのは、博麻のおかげだ。
ゆえに彼の家族である豆麻とウンノに、己のできることすべてで報いたいと訴えた。
豆麻も、ウンノも、博麻という男の生き様が、彼らにどんな影響を与えたのか理解できた。
「ありがとうございます。父も、あたながたのような仲間に巡り会えたことを、とても感謝していると思います」
「そうね。おじさんが帰ってこれなかったことは残念だけど、私も諦めないわ。おじさんは何があっても殺される人じゃない。あの人は、そんなタマじゃない」
二人のこの言葉は、現実から目を逸らした強がりではない。
それこそ、実際に博麻の死体を直視するまで、希望は捨てないだろう。
自分たちがこの世で最も、博麻という男の強さと、諦めの悪さを知っているのだから。