第51話『不滅』
牢の中で座る博麻に、外にいる王毫は激怒していた。
彼の激怒の理由は明白だ。
黒常に不利な証言をすれば、処刑をまぬがれるように手を回す。
博麻はその約束を、裁きの場にて反故にした。
「この愚か者めが……慈悲をくれてやったというのに、それを無下にするとは!」
王毫の怒りは収まることなく、牢越しに博麻を怒鳴りつける。
「これで貴様の処刑は決まったも同然だ! お前の命なぞどうでもいいが、そのどうでもいい命を、我らは救ってやろうとしたのだぞ⁉」
「助けてくれと言った覚えはない」
博麻は平然と答えた。
「俺は倭国のために戦っただけ。あんたらの内輪もめなど知ったことか」
ごろり、と博麻は床に寝転がった。
悪びれもしない博麻の態度に、王毫の怒りは頂点に達する。
「そこまで言うなら後悔させてやるぞ! 我らの総力を挙げて、お前の仲間たちを追跡し、捕らえて八つ裂きにしてやる! ……いや、それだけでは飽き足らぬ。いずれ倭国に軍を送り、お前の故郷も、家族も、この世から消してやるからな!」
王毫の怒号は牢内に響き渡った。
他の牢にいる囚人たちも、今は息をひそめて静まり返っている。
彼らも博麻と王毫のやり取りに興味があり、耳を傾けているのだ。
「あんたら、俺たちを侮りすぎだよ」
博麻はゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
そして格子を挟んで、王毫と相対する。
「俺の仲間たちは、絶対に逃げ延びる」
「な、なんだと、何を根拠に……!」
「信じているからだ。あいつらは倭国にたどり着き、唐軍が攻めてきても跳ね返せる防衛力を作る。お前たちが倭国に対して戦を仕掛けようとしても、必ず失敗する」
「貴様、あの白村江の戦を忘れたか! 倭軍は我らに負けて、逃げ帰ったではないか!」
「そうか、だったら何度でも戦をしてみると良い」
「なっ……⁉」
博麻は薄い笑みを浮かべる。
その瞳は殺意に輝き、戦場に臨む男の目をしていた。
「次は大勢の唐兵が死ぬだろう。海の藻屑となって、お前たちは何も得られない。負ける戦を仕掛けてくれるなら、願ったり叶ったりだよ。心から、そう思う」
そして博麻は口角を上げ、歯をむき出し、ぞっとするような満面の笑みを見せた。
だが、それでも目が笑っていない。
挑発や強がりではない。
心の底から、戦をするなら望むところだと、考えている目だ。
「どれほど傷ついても、俺たちは這い上がる。倭国は、不滅なり」
そう告げる博麻を前にして、王毫は後ずさった。
格子の向こう側にいる博麻に対し、無意識に距離を取ったのだ。
そして王毫は思った。
この世には煮ても焼いても食えない人間もいるのだ、と。