見出し画像

救援と救護の一部始終を文字に落としてみた


「はじめに」断っておこう。(2,000文字の文章)
私が毎日投稿を続ける理由は、自身の筆力を鍛えるためであり、他者の共感がメインではない。このようなスタンスが時折り鋭い意見を生む。それは他人の批判などではない。自分自身の心を鏡に映し出すが故の感性の賜物だ。

本文

天高く馬肥ゆる昨日ーー暦の上では立冬ーー九州福岡地方は日中どこか秋の名残を感じさた。柔らかな陽射しは月極駐車場のアスファルトに温もりを与えプリウスの真っ赤なボディをキラキラと眩しく輝かせた。

時は二週間ほど前に遡る。
たまにしか乗らない私のプリウスが、ある日突然起動しなくなった。STARTボタンとセルモーターは無関係だ。バッテリーが原因とは思えなかった。

さらに数日前リモートキーはおろか、メカニカルキーを使ってもドアが開かなくなるではないか。自慢じゃないが私は、子供の頃プラモデルを作って貰らうほどメカが大嫌いであった。
それは今も変わらない。

しかし知性は誰にも負けないと自負している。そこで持てる知識を総動員し、仮説を立て、電話口の兄に自信たっぷりに披露してみた。

「そんなバカな」

一蹴された。

ちなみに兄は元自動車整備士で私から言わせれば完全にクルマオタクの部類に入る。滅法詳しいことは言うまでもない。

昨日兄からLINEが入った。

「今、そっちに向かってる」

頼んだ覚えはないのだか......こちらの都合もお構いなしのようだ。普段は私に対して迷惑ばかりかけてる兄もクルマ絡みに関しては「入れ食い」だ。この時ばかりは頼もしい存在に映るから不思議である。プリウスの件ということは容易に想像できた。そして駐車場で待ち合わせとなったのである。

だだっ広い駐車場で静かに時を待つプリウス。その洗練されたボディの美しさはまるで芸術品だ。その横には大きさだけで存在感を誇示しようとする、見苦しいダサいセダンのVIPカーが停まっていた。

私は兄にキーを渡す。兄はそのキーを鍵穴に差し込み回した。

ガチャ、「開くやないか」

なるほど、結論から言おう。リモートキーに収納されている金属の細長い鍵は把手も同じサイズだ。例えばプラスドライバーの持つところが先端の金属の棒と同じ太さだったらどうだろう。ネジを締めつけたり、外すのは容易ではないはずだ。理屈は同じである。

さらに付け加えると、私は薬指と小指が麻痺しており右手に力が殆ど入らない。精一杯力を入れているつもりでも、神経が麻痺してると力や感覚が伝わらない。最近ようやく箸でインゲンの天ぷらなどをつかめるようになった程度である。

つまり、私の右手に力が入らない点を考慮に入れてなかったのである。

次に兄はハンドルのクラクションを鳴らしてみる。

「バッテリー上がってるぜ」

そもそも一般的なクルマに於いて、エンジンがオフであってもクラクションは鳴るように設計されている。それは緊急時やエンジンがオフの状態で子供が中に閉じ込められた時クラクションを鳴らして、外の人に知らせるようにできているからだ。

例えプリウスなどのハイブリッドカーでも例外ではないという。つまり車両全体の制御システム(ECU:エンジン制御ユニット)が起動してなくてもクラクションなどの電装アクセサリーは全て12ボルトの補助バッテリーからの供給だ。

さすがオタクだ。

晴れ渡る青空の下、プリウスとダサいセダンがキスをするように顔を合わせた。その非日常的な光景は舞台に上がった俳優のようだ。午後の太陽は向かい合う二台にスポットライトを照りつけた。

両車のボンネットを素早く上げる。オタク曰く、赤と黒のケーブルを繋げるのにも順番があるそうだ。

私は呆然と立ち尽くして見学だ。

まず、救援側のバッテリーの➕にクリップを挟む。次は救護のプリウスの➕、そして➖はアルミのシリンダーヘッドに接続する。
厳密にはHYBRID SYNERGY SYSTEMと刻印されたエンジンのカバーの部分だ。最後に救援側のバッテリーの➖にクリップを挟むという手順だ。

私はただひたすらに頷きながら聞き役に徹した。手や足を出す余地がない。何せ電気に関する知識がない私が下手に扱い、季節外れの火花が散って大事なプリウスが万一故障してもつまらない。リスクを取って手伝う理由なんて1㎜もないのだ。

ダサいセダンがいよいよ美しいプリウスに命を吹き込む瞬間だ。ワクワクとドキドキが止まらない。
エンジンのかからない車なんて、ただの鉄の塊であり邪魔でしかない。それはまるで、真夏の扇風機が真冬の部屋に置いているようなものである。

兄は素早くプリウスに乗り込み、フットブレーキを踏みながらスタートボタンを押した。

「ピーッ」プリウスの声が聞こえた。

そしてインパネに【READY】の表示。

ただの鉄の塊が文明の利器として蘇った瞬間であった。
数秒後、プリウスのエンジンがアイドリングを始めた。その鼓動は私の胸の高鳴りを共有してくれたかのようであった。

いいなと思ったら応援しよう!