よっしゃー!の真意
先般、私は医者からガンと宣告されたらガッツポーズをして「よっしゃー!」と叫ぶ記事を投稿したのだが、「その意図が理解されてないのではないか?」と思った。
「ガン」という言葉には人に恐怖を植え付ける力がある。その恐怖心を医者から利用されてモルモットにされるのではないか?金をむしり取られるのではないか?そして、この私に対して永遠と続く数々のウンチク。これが私には何よりも耐えられない 。つまり、端的に言えば、「よっしゃー!」の一言で医者の言葉に支配されることなく自身の信念を貫くことができる魔法の言葉なのだ。私はこの手法を18歳の時に確立し、いまだに公言しているが、誰にも刺さらない。そして未だガンになっていない。
つまり自分の死を受け入れて残りの人生を過ごすから見えないものが見えたり、新たな気づきがあるのであって、これは死刑囚と同じである。死刑囚が死を受け入れる過程で得る悟りとは、余計な欲望や恐れを手放し、生きる意味を再認識することだ。それと同じく、「ガン」という宣告は私にとって、恐怖ではなく悟りの入り口となる。
「ガン」と宣告されて慌てふためくなんざ見苦しいにも程がある。朝起きて、夕に臥し、来る日も来る日も無意味な生死の繰り返し。ならばいつ死んでもいいであろう。これが「よっしゃー!」の真意である。