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M&Aは企業調査で決まる!公認不正検査士が語る「隠れたリスク」の見抜き方


M&A成否の鍵を握る企業調査の重要性

M&A(Mergers and Acquisitions:合併・買収)は、企業の成長戦略や事業再編において重要な手段ですが、その成否は事前の企業調査(Due Diligence:デューデリジェンス)の質によって大きく左右されます。企業調査は、対象企業の財務状況、事業内容、法務リスクなどを詳細に分析し、隠れたリスクや潜在的な問題を洗い出すプロセスです。このプロセスを疎かにすると、M&A後に想定外の損失を被る可能性が高まります。

本投稿では、公認不正検査士の視点から、M&Aにおける企業調査の重要性、特に**「隠れたリスク」を見抜くためのポイント**について解説します。企業調査の専門家でなくても、M&Aに関わるすべての方が、この記事を通じて、より質の高い企業調査を行うための一助となれば幸いです。

1. 企業調査の基本:財務・税務調査の徹底

M&Aにおける企業調査は、大きく分けて財務・税務、法務、ビジネスの3つの側面から行われます。ここではまず、財務・税務調査に焦点を当て、重要なポイントを解説します。

1.1. 財務諸表の徹底的な分析

財務調査の基本は、対象企業の**財務諸表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書)**を詳細に分析することです。過去3期分の財務諸表を比較分析し、以下の点をチェックします:

  • 売上高の推移: 継続的に成長しているか、特定の顧客に依存していないかなどを確認します.

  • 利益率の変動: 売上総利益率、営業利益率、当期純利益率の変動を分析し、その要因を把握します.

  • 費用の内訳: 人件費、広告宣伝費、交際費などの内訳を精査し、異常な増減がないかを確認します.

  • 資産・負債の構成: 現金預金、売掛金、棚卸資産、固定資産などの構成を分析し、過剰な資産や不良債権がないか確認します.

  • キャッシュフローの状況: 営業活動、投資活動、財務活動によるキャッシュフローを分析し、資金繰りの状況を把握します.

1.2. 修正の必要性と評価額への影響

財務諸表の分析だけでなく、実態に基づいた修正を加える必要があります。例えば、以下のような項目について、修正を行うことで、企業の実質的な価値をより正確に把握することができます:

  • 売掛金: 回収不能な債権を控除し、貸倒引当金の計上漏れがないかを確認します.

  • 棚卸資産: 陳腐化、滞留している在庫を評価減し、実態に見合った金額に修正します.

  • 固定資産: 減価償却不足がないか、遊休資産、簿外資産がないかを確認し、適切な評価を行います.

  • 前払費用: 実態のない前払費用を控除し、計上漏れがないかを確認します.

  • 未払費用: 未払いの人件費、社会保険料、賞与などを計上し、負債を適切に反映させます.

  • 保険積立金: 解約返戻金で評価を行い、保険料が節税目的で過大に計上されていないかを確認します.

  • デリバティブ: 時価評価を行い、含み損益を適切に計上します.

  • 役員報酬: オーナーや一族への過大な報酬を標準的な金額に修正します.

  • 退職金: 退職給付引当金の計上漏れがないかを確認し、費用を適切に配分します.

  • 偶発債務: 訴訟や保証債務などの偶発債務の有無を確認します.

これらの修正によって、企業の時価純資産正常利益をより正確に算出し、M&Aの評価額を決定する上で非常に重要となります.

1.3. 税務リスクの評価

税務調査では、対象企業の税務申告状況を詳細に分析し、税務リスクを評価します. 主なチェックポイントは以下の通りです。

  • 税務申告書の確認: 法人税、住民税、事業税、消費税の申告書を過去3期分確認し、申告漏れや誤りがないかを確認します.

  • 税務調査の履歴: 税務調査の履歴を確認し、過去に指摘された事項や未解決の問題がないかを確認します.

  • 税務上の優遇措置: 税務上の優遇措置の適用状況を確認し、適用要件を満たしているかを確認します.

  • 繰越欠損金: 繰越欠損金の有無と金額を確認し、M&A後の税務上の影響を検討します.

  • 税務に関する潜在的なリスク: 過去の税務判断の妥当性や、将来的な税制改正の影響などを検討します.

2. 隠れたリスクの見抜き方:不正リスクと非財務情報の分析

財務・税務調査に加えて、M&Aにおいては、隠れたリスクを見抜くための多角的なアプローチが不可欠です。特に、不正リスク非財務情報の分析は、見過ごされがちな重要なポイントです。

2.1. 不正リスクの評価

公認不正検査士の視点からは、対象企業に不正リスクが存在しないか、慎重に評価する必要があります。具体的なチェックポイントは以下の通りです。

  • 内部統制の評価: 内部統制の体制や運用状況を評価し、不正を防止・発見するための仕組みが適切に機能しているかを確認します.

  • 経費精算の状況: 経費精算のルールや運用状況を確認し、私的流用や不正な支出がないかを確認します.

  • 取引先の状況: 取引先の選定プロセスや取引条件を確認し、癒着や不正な取引がないかを確認します.

  • 経営者の倫理観: 経営者の倫理観や過去の不正行為の有無を確認します.

  • 従業員の不正リスク: 従業員による横領や情報漏洩のリスクを評価します.

  • 業界特有の不正リスク: 業界特有の不正リスクを把握し、その対策が講じられているかを確認します.

2.2. 非財務情報の分析

財務諸表だけでは把握できないリスクも多く存在します。非財務情報を多角的に分析することで、企業の潜在的な問題点やリスクをより深く理解することができます。

  • ビジネスモデルの分析: 事業内容、競争環境、市場動向、顧客構成などを分析し、収益性の持続可能性を評価します.

  • 契約関係の確認: 主要な取引先との契約内容を確認し、M&A後の契約継続リスクを評価します.

  • 人事労務の状況: 従業員の構成、給与体系、労働時間、労使関係などを確認し、労務リスクを評価します.

  • 法務リスクの評価: 訴訟、契約違反、知的財産権侵害、法令違反などのリスクを評価します.

  • 環境リスクの評価: 環境汚染、法令遵守状況などを確認します.

  • ITリスクの評価: システムセキュリティ、データ保護、BCP(事業継続計画)などを確認します.

  • 業界特有のリスク: 業界特有のリスクを把握し、その影響を評価します.

  • M&A後の統合リスク: M&A後の組織統合、システム統合、企業文化の衝突などのリスクを評価します.

3. 企業調査の実践:効率的な調査方法と注意点

企業調査を効率的に進めるためには、事前の準備計画的な実施が重要です。

3.1. 事前準備の徹底

企業調査を始める前に、以下の点を準備することが重要です:

  • 調査チームの編成: 財務、税務、法務、ビジネスなどの専門家で構成された調査チームを編成します.

  • 調査対象範囲の明確化: M&Aの目的や対象会社の状況に応じて、調査対象範囲を明確化します.

  • 資料収集リストの作成: 調査に必要な資料リストを作成し、対象会社に依頼します.

  • スケジュール管理: 調査スケジュールを策定し、進捗状況を定期的に確認します.

  • 企業調査の場所と環境: 調査場所と必要な作業環境(机、椅子、電源、コピー機など)を確保します.

  • インタビュー対象者の選定: インタビュー対象者を選定し、スケジュールを調整します.

  • 業界や会社の理解: 対象会社や業界の情報を収集し、専門用語や固有名詞を把握します.

3.2. 効率的な調査方法

企業調査を効率的に行うために、以下の点に留意します。

  • インタビュー: 対象会社の経営者や担当者にインタビューを行い、資料だけでは分からない情報を収集します.

  • 実地調査: 工場や店舗などの現場を視察し、実際の業務状況を確認します.

  • 資料レビュー: 収集した資料を詳細に分析し、異常な点や矛盾点がないかを確認します.

  • 回転期間分析: 売掛金や棚卸資産の回転期間を分析し、異常な変動がないかを確認します.

  • 三期比較分析: 過去3期分の財務諸表を比較分析し、トレンドや変動要因を把握します.

  • 分析的手法: 様々な分析手法を活用し、多角的に企業の状況を把握します.

  • 専門家の活用: 必要に応じて、弁護士、税理士、不動産鑑定士などの専門家を活用します.

3.3. 調査時の注意点

企業調査を行う際には、以下の点に注意が必要です:

  • 先入観を持たない: 先入観を持たず、客観的な視点で調査を行います。

  • コミュニケーションを密にする: 調査チーム内で密にコミュニケーションを取り、情報を共有します.

  • 情報漏洩に注意する: 調査で得た情報を厳重に管理し、情報漏洩を防止します.

  • 資料のコピー: 現場で確認した資料は必ずコピーし、後で再確認できるようにします.

  • 記録の徹底: インタビューや現場視察の内容を詳細に記録します.

  • 柔軟な対応: 予期せぬ問題が発生した場合でも、柔軟に対応します。

4. 企業調査の結果の活用:M&A戦略と交渉

企業調査の結果は、M&Aの戦略策定や交渉において重要な役割を果たします。

4.1. 株式価値評価への反映

企業調査の結果を踏まえて、対象企業の株式価値を評価します。評価方法としては、時価純資産法収益還元法類似会社比較法などがありますが、企業の特性やM&Aの目的に応じて適切な評価方法を選択します。企業調査で明らかになった修正事項やリスクは、株式価値評価に反映させる必要があります.

4.2. 契約条件の交渉

企業調査で判明したリスクや問題点は、契約条件の交渉に活用します。例えば、以下のような交渉が考えられます。

  • 買収価格の減額: リスクや問題点に応じて、買収価格を減額します.

  • 表明保証の要求: 対象会社の表明保証(表明した内容が真実であることを保証すること)を要求し、虚偽があった場合の損害賠償責任を明確にします.

  • 補償条項の設定: M&A後に判明した問題に対する補償条項を設定します.

  • クロージング条件の設定: M&Aの最終的な実行条件を設定し、リスクを回避します.

4.3. PMI(Post Merger Integration)への活用

企業調査の結果は、M&A後の**PMI(Post Merger Integration)**においても重要な情報となります. 企業調査で把握した課題やリスクを踏まえて、組織統合、システム統合、業務改善などを計画的に進めることで、M&Aのシナジー効果を最大化することができます。

5. まとめ:M&A成功への道標

M&Aは、企業にとって大きな転換点となる重要な決断です。その成否は、事前の企業調査の質によって大きく左右されます。本稿で解説したように、財務・税務調査だけでなく、不正リスク非財務情報の分析も徹底的に行い、隠れたリスクを洗い出すことが重要です。

M&Aは、単なる企業の買収・合併ではなく、将来の成長戦略や企業文化の統合など、複雑な要素が絡み合うプロセスです。専門家の知見や経験を活かしながら、慎重かつ計画的に進めることで、M&Aを成功に導くことができるでしょう。

**企業調査は、M&Aの成否を分ける重要なプロセスです。**この投稿が、M&Aに関わるすべての方にとって、より質の高い企業調査を行うための一助となれば幸いです。


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木津俊彦
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