夜、孤独を叫びたい人の集まり
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メンバーシップのご紹介に向けて 今回からメンバーシップに入って頂いた方限定で、 エッセイ「あばたもえくぼ」を連載していこうと思います。 あばた(痘痕)は昔の流行病である天然痘にかかった跡のこと、えくぼ(靨)は笑った時に出来る頬の窪みを指し、欠点であっても惚れた目から見れば長所に見えることを意味します。 日常生活で目に映る非現実的で受け入れ難い世の中のほころびを私独自の観点で美麗な着地点に収める試み、それが今回から始まる エッセイ「あばたもえくぼ」 今回の寄稿をするに
僕の友達には神様がいる。 彼は誰にも見られていない。 でも彼はよく人のことを見ている。 「人間はよく考えているね」 おとぼけて彼は言った。 「貴方には人間が珍しいかい?」 「それはそうだよ」 彼は続けて、 「僕には分からない。 誰かと自分を比べることも どれか一つの愛を選ぶのも 倫理や法律だって人間次第 暴力も卑怯も損得も尊敬も 誰だって間違いがある癖に そんな言葉で括るなよ」と 「そりゃそうか貴方にも 人間が分からないなんて なんたる皮肉ですか」 突き放すように言ってみ
糸が絡まった時間も 解けば誤解だった 入り口は決して狭いものじゃなかった。 出会うことに意味を求めてたんじゃない 出会ったから別れる寂しさが生まれた 愛に似せた言葉の数を 頭の中で数えていたら すぐに時間は過ぎていった 忘れるな涙 すぐに嘘に変わるから 忘れるな、そうだ 僕は君にとって ただの一部でしかなかった 1年前を覚えているかい 頭に残るものは全てじゃない 朝まで起きていた君が 夜に寝かせていた言葉 止まずにいた雨が ようやく景色を見せた バスが来るまでは 痛む心
今度あったら何を言おう。 約束のかずだけ歳をとる。 今度あったら何をしよう。 言葉の重みが軽くなる。 遠くにいるならいつか会おう。 寂しくなるのは夢のせい。 近くにいるならならたまにでいい。 一人がずっと好きになる。 あの日の夜に名付けよう。 君の気持ちと同じ意味。 それでも時にはさようなら。 そんな僕らを何と言おう。 それさえあなたの手の中で。 別に気にしてないけれど。 いずれ会えると信じよう。
「夜と小僧」 「サンタクロースを信じなくなったのって子供の時?大人の時?」 夜に静かに問われている気がした。 無論「子供の時でしょ」 壁とキャッチボールをするように問い掛けに投げ返す。だが私の中ではイマイチ納得のいかない答えだった。 小学生の時、サンタクロースの存在について議論が白熱したことがある。 A「サンタクロース?!いるよ!だって昨日の夜ずっと起きてたけどいつの間にかプレゼントが置かれてたんだ!サンタクロースは魔法使いだよきっと!」 B「嘘だよ!だってママ
暑さも寒さも彼岸まで。 そうは言ってもこれから来る冬に向けて寒さを凌ぐ準備が必要になってくる頃。 四季は季節ごとに人の様々な感情を征服し、より叙情的に自らの心を抉り出す。そして季節の移ろいやすい時期にあってまそれはより色濃く現れてくる。 そんな時に限り、 たまには希望を抱いて運命をぐるっと変えてやろうではないかという気力がたまに湧いてくる。 しかし何とも希望という言葉の持つ曖昧で不確かな意味よ。 夢も博打。というかそもそも人生自体も博打である。選択によっては無数の解
しかし自分の心ほどいい加減なものもなく、自嘲的に現状を見つめていたつもりでも、明くる日に陽が射すのを見れば、昨日までの鬱屈とした世迷い言なども静まり、不思議となにか全てを許された心持にもなるのでした。 そしてこの許される、という行為を始めとして私の世の綱渡りは始まった気がするのです。 人間の内いずれか、それは神仏への信仰などまるでない世人にも、自らの咎を芽の小さい内に摘むべく、何もない祠に背中を折り、また窮地に追い込まれた時に限り、これまでの罪状を述べ、これ以上に悪を行わ
地方から東京へと出て僅か四畳程の仮住まいを見つけるまでは、友人の助けを借り、父に金の無心をはかりながら、ありとあらゆる家財道具を方々へと売り払っては金をつくるなどの変遷を経て私も大分苦心したように思えます。 そうしてようやく都内に根を下ろし、幾日か働く場所を思案してからは、住居の引越しにあてがった費用(もちろん身銭でなく東京に越すための金策を立てるにあたり、恥を偲んで父より借りたもの)の余りを懐に蓄え、食べる物といえばレトルトのカレーのパックなんかで済まして、ようやく日当の
シミのついた畳。流れて来る空気を堰き止める窓のガムテープ。市の指定袋に詰め込んだここ一週間のゴミ。殺伐とした雰囲気を醸し出す六畳間に僕の生活環境がそのまま垂れ流れていた。 布団から這い上がり、スマホの電源を入れるとすぐに音楽再生アプリをタップする。中には僕の愛する作品達。その中から一つだけ、今日のテーマに沿った曲を探し出す。音楽には気分に合う時間や場所がある。選び間違えれば昼過ぎに起きた事実なんかよりもずっと悲惨な1日の予定が待っていると言っても過言では無い。自然とスマホを
祖母は庭で遊んでいても部屋で遊んでいても常に私達の前に顔を出した。 もうそれ好きやん、俺たちのこと。 だがたづは本当に怒っていた。目をひん剥き折れた腰を引き摺りながらそれでも私達の前にやって来る。 「こらぁあぁあ!!!」 彼女の叫び声はヤクザ映画の誇張された怒声のようだ。北野映画で重宝されそうな個性。しかしその才能は氏の目ではなく我々子供に対してしか開かれなかった。 あととにかく出現方法が恐ろしい。 いつも通り2階で騒いでいると、一階の祖母の部屋から怒鳴り声が聞こ
私には祖母がいる。父方も母方も祖父は私が生まれる前に亡くなっているのだが、祖母に関しては両家健在である。 その中でも母方の祖母「たづ」はとてつもない人だった。 天真爛漫で元気旺盛、若々しくてエネルギーの塊のような私は友達が沢山おり、知るところ敵なしであった。たった一人祖母を除いて。 私の父母の結婚の際に母が嫁いできた形で家族が始まったわけだが、その中でもたづは権力者として猛威を奮っていた。 私は小学校を終えるとすぐに友達を家に集めていた。少ない時で五人多い時で十人ほど
お尻のあざ 人生にはなぜこんなことが起きるのかと疑問に思うことが少なくない。私のお尻のあざもその一つだ。 私には生まれつきお尻にあざがある。 赤ちゃんの時に青たんと表現されるそれではなく、くっきりと判でも押されたようなあざだ。 別段あっても困らないものだが、褒めるべきところをあげるならば、日本列島(本州らへん)と形が似ていることだろうか。江戸時代に伊能忠敬が列島を周り作り上げた日本地図が現代のものとほぼ誤差がないことが有名でだが、その直後に生まれていれば寺子屋でモデルと
「当たり前のこと」は一体何のことを指すのだろうか?私自身この当たり前と言う言葉が腑に落ちたことは一度もない。常識的な枠から外れたと思われる行動や発言をした時に良くこの当たり前を持ち出しこれ見よがしに説教してくる輩がいるが、あなた方はどこでそんなもの学んできたのか? 専門の教育機関があるなら是非パンフレットでも送ってもらえないか? 本当に送られたら鍋敷にでもしてしまうだろうがとにかく自分の求められる履修範囲の広さに戦慄してしまう。 社会原則に則したルールやマナーのことなら
私が不器用なことを綴ればそれだけできっと2000文字のレポートにはなる、と感じるほどに私は不器用である。 学生時代に働いていた喫茶店のマスターはミスを重ねて動揺し制御の効かないロボットのようになってしまった私を「サイコパス」と指弾した。 理由は次の行動が読めないかららしい。そこら辺の中学生であれば鼻を垂らして喜ぶだろうがこれでも一通り思春期の荊の道を傷を負って歩いてきたのだ。病はとっくに完治している。であれば言葉の通じない動物などに例えてもらえれば、まだ幾分か可愛げがあった
或る人のエッセイに吊るしてあった表現 「孤独を叫び続けろ」 これほど愛おしくまた下らない言葉は今のところ私の中にはない。 よくロックバンドなどを聴いていると「あ!この人私のこと歌ってる」と思うことが少なくない。 そんなバンドは売れてからよく、 赤裸々に現実を歌う若者の代弁者 などと講評されている。 自分の中にそっと閉じ込めていた過去の経験やトラウマを歌として世の中に訴えかけているのだ。 それは孤独を叫ぶという意味ではとても意義の或る行為だと思う。しかし大切な物である
挑戦してよかった そう思えたことの一つに映画の撮影がある。 大学生最後の一年。 皆で取り組んだ映画の撮影には思いもよらぬ自分の気づきがあった。 脚本作りやキャスティング、舞台セット作りや音響、照明、音楽。沢山の用意が撮影には必要だった。映画は総合芸術とも言われるように一人の力だけでは完成しない。多くの人に協力を呼びかけて助力してもらった。建物の建設に設計図は不可欠であるが、骨組みがしっかりしてるかなどの確認は素人目には分からないように、私も撮影時には分からなかったネジの緩