軽いものを重く使うということ

手裏剣術の中には2本、もしくは3本以上の複数本を同時に打つ技がある。
例えばこれを命中時に両目の間隔に揃えることを「両眼打ち」と呼ぶこともある。もしくは、逆に大きくばらけさせることで多人数を相手にしたり避けにくくなると考える人もいる。
考え方は人それぞれだが、複数本を同時に打つという技術は存在する。
これは見世物的な曲芸を目的としたものではなく、手裏剣を武器としてとらえた場合は前述のような意味や考え方を持っている。
現代において手裏剣術を学ぶ意味は人それぞれだろうが武器として習おうという人はいない。空手や合気道のように武術としての理合を求めて手裏剣術と向き合う人がほとんどだろう。私自身もその一人だ。

この複数本同時打ちだが、簡単なようで少し難しい。
手裏剣の太さや形状にもよるが、手にした複数本すべてに意識を通さないと手の中でばらけてしまい、刺さらないどころかひどい暴投をしてしまうこともある。
複数本同時打ちに挑戦した当初はどうやって保持しようかを考えて、手裏剣が指に当たる場所を変えてみたり工夫をしながら試行錯誤するがなかなか上手くいかないものである。
私もそんな時期に友人からアドバイスをもらった。
「何本持っていても手の中にあるのは常に1本、いつも1本を打つつもりで打剣してみて」
この言葉はとても刺さり、実際にこのアドバイスを受けてから成功するようになった。
持ち方や射出方法にばかり目を向けていたが、意識の中で1本にまとめてしまうことで余計なブレが抑えられた。確かに保持する数が増えれば物理的に保持にくくなるので手の内(持ち方)を変えることはあるが、2~3本程度なら横に並べて持つことが出来るし、仮にそれ以上に本数が増えて持ち方を変えたとしても複数本を持つのではなくただ一本を持つという意識を持つことで身体の使い方はまるで変ってくる。
コツ的なことを言うと、複数本を手に持つと1本1本は回転しやすい傾向にある。これは大きくて長い手裏剣を持っても同様なのだ。
小さい1本の手裏剣を複数本持つということは大きい手裏剣を1本持った時と感覚は同じということになる。
身体の動きの違いとしては、手に持つものが重ければ重いほどに身体全体を使おうとするだろう。軽いピンポン玉なら指先だけでも投げることは出来る。少し重いものになれば手首も使う。もう少し重量が増せば方から腕全体を使うし、さらに重い砲丸などになれば身体全体を使う必要がある。
これは自然な動きだ。ピンポン玉など極端に軽く空気抵抗も大きく影響するものなどを除き、適度な質量があるものであれば軽いものを持った時でも身体全体を使った方が力は乗る。スポーツにしても武道にしても、手だけで動かせるものを身体全体を活用して効率よく力を出していく動きは非常に有効であると言える。それが「軽いものを重く使う」ということの意味であると私自身は考えている。

手裏剣の複数本同時打ちはまさにこの「軽いものを重く使う」を感じることが出来る練習方法だと私は感じているのだ。
もう少し突っ込んでコツを言ってしまおう。
人間が手にしたものの重さを感じるためには脱力が必要である。そして、もう一つ。手首をあまり使わないこと。手首というのはとても器用で素晴らしい機能がある。だからそこに頼ってしまうと無意識に手首だけで重さを処理してしまう。結果として身体で重さを感じることが出来なくなってしまう。
手裏剣はもともと手首のスナップをあまり使わない。しかしこの「あまり」がポイントで、実はどんなに意識をしてもそんな名人でも多少は使っているのだ。そこで、意識下でこのスナップをさらに使わないよう強く心がける。手にしたものの重さを身体で感じたい。身体といっても広く大きい。お腹の中心、できればへそ下あたりで重さを感じるように意識して持ったら、その重さを打剣中常に感じていたい。そうすれば身体は重く使える。
身体が重く使えれば放たれた手裏剣にも重さが乗る。
手裏剣は軽いもので20グラム、重いもので100グラム前後ある。どんなに軽くても質量は存在している。この重さをまずはしっかりと身体で感じてほしい。

私は2本同時に刺せるからすごいとか、さらに多く複数本の手裏剣を的に刺すという結果を目的を目的としてはいない。手裏剣の種類を変えずとも、本数を増やすことで増えた質量以上に身体を重く使うことの意味を感じることがこの練習の本来の目的なのだ。その動きがきちんと出来ているかどうかが「的に刺さる」という結果として表れているだけなのである。
武道の世界などにおいても極意と言われるものは身体感覚に訴えるものが数多くある。その入り口に立ったばかりの人から「私、出来ていますか?」という質問が無意識に出ることがある。
手裏剣術においては身体操作が出来たか出来ないかは結果として如実に表れる。そこもまた手裏剣の楽しいところであり残酷なところだと感じる。

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