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在宅生活を夢見る(前編上)

冷たい雨の日。上津よし子は今にも崩れてきそうな二階建ての古い木造アパートの階段下で訪問看護の到着を待っていた。

事業主で管理者でもある神代陽子の指示で、本日退院する女性の在宅支援の担当をすることになったのだ。

白木苗子が結婚出産の後に精神障害を発症してから、人生の大半を過ごした病院は歴史のある精神病院だった。

医療制度が変わってからは長く入院することが困難となり、入院中のものには在宅復帰を検討推奨されたのだ。

たっての希望で在宅復帰となった白木苗子は、すでに64歳になっていた。

なんども病院でカンファを重ね支援の方向を確認したが、看護師でもあるよし子には一抹の不安がどうしてもぬぐえないまま、退院の日を迎えたのだった。

病院から看護師とともに、退院後はじめての自宅に戻る予定だが、時間を15分過ぎても車は来ない。

ナビでも見つからず、入り組んで迷路のような道では、初めてのものは迷わないほうが不思議なくらいだ。

担当テリトリーで土地勘のあるよし子は「あと5分待って来なかったら先に入室しよう」と考えたところに、路地向こうから不安げに確認しながら入ってくる軽自動車が見えた。

初対面だったが挨拶もそこそこに援助にかかる。白木苗子は焦点の定まらない目のまま車から降りてきた。

転げ落ちそうなほど急で、横に二人並んでは歩けないせまい階段だった。雨で足元が滑らないように看護師が背後から苗子を支える。

もう一人の看護師はパーキングをさがすため車を移動し、よし子は私物を運んだ。旅行バッグではなく紙袋や風呂敷に包んだ沢山の日用品が、白木苗子の長い入院生活を物語っていた。

病院からの退院支援で、すでにワーカーたちにより入院中に最低限の家具が運び込まれていた。

白木苗子はワーカーに連れられて何度か部屋を見に来たのだろう、勝手がわかっているように一目散に壁に置かれた簡易なベッドに歩み寄り座り込んだ。

「これは、寛解ではなく緩解ではないのか」と直感的によし子は感じる。
寛解すると、治癒ではないが病状が軽減または、ほとんど消失して服薬管理でコントロールが可能になる。再発リスクも低く、日常生活を営むことが可能になる。

それに対して、緩解とは病状が一時的におさまっている状態で、油断を許さず再発リスクも見過ごせない。

寛解状態での退院が望ましいのだが、とよし子は不穏な気持ちになる。病院側に退院を急ぐ理由があったのだろうか、とふと思う。
医療改正があってからは、在宅支援の依頼が急増していたからだった。

壁にもたれてベッドの上に座り込んだ白木苗子の瞳は、下方の宙の一点を見つめて動かない。彼女の周辺にはドロリとした重く黒いものがとりついているように思えた。


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まる風太
チップ応援をいただいたことは一度もありません。予想もつきませんが、うれしいのでしょうか。責任が重くなりそうですが、きっとうれしいのでしょうね。