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通夜の飛び入り客(後編上)

正勝は茜が病院を出てしばらくは安静と抗凝血薬の点滴で安定を保ったように見えたが、検査の準備にかかる間に静かに息を引き取ったという。

虚血による急性冠症候群によるもので「家族には後ほど詳しく説明があると思いますが、息子さんからはまだ連絡がないのです」と電話の向こうで看護師は言った。

折り返すように茜が病院に戻ると、有田氏は小さな部屋にひっそりと寝かされていた。あのままもう少しいれば良かった、と茜は悔いを残した。誰にも看取られずひとりで逝ってしまったのかと思うと涙が流れた。

その時、ようやく息子からの携帯電話が鳴った。動揺した声で「すんません、すんません。夜道を走るためにドライブインで眠っていたもんで」「あの、お父さんが・・・」「聞きました。今病院に電話しましたから」

「それで、荷物を先方に降ろさない事にはそちらに行けないんですが」と息子が困った様子で言った「何時になりますか?」

「2時には荷を下ろせます。ほんとはその作業に2時間ほどかかるんですが、事情を言って代わってもらいますんで、車を乗り継いで、朝までにはそちらに着けると思います」

「それから、お父様を病院に長くは置けません。葬儀場とかはお決めになってますか?」「・・・」

長患いをしていたならともかく、なかなかそこまで準備している家族は少ない。
「お母様と同じ場所で宜しければ、こちらで手配させてもらっていいですか」というと、一も二もなく了解された。

ケアマネジャーの管轄外の仕事内容に違いなかったが、この状況だと致し方ない、と茜は納得する。生活に関わる業務である限りこうやって仕事の範囲が広がっていく。それを不満に思うケアマネジャーにはさぞかし負担な仕事だろう。

茜から連絡をもらった葬儀屋が30分ほどで病院に到着し、手際よく遺体を移動する。茜はその車について走った。今夜は帰れないなと頭に浮かんだ。

詳細は息子さんと、と説明しながら葬儀社と打ち合わせをする。出来るだけ少額で済みそうな部屋を用意してもらう。遺体を納める柩と袈裟の棺かけが整えられると、亡くなった実感がわいてくる。

エアコンをつけたものの部屋が冷え切っているため、なかなか温まりそうになかった。ご遺体にはそのほうが都合が良かった。

息子が到着するまでは自分が夜伽をしよう、と誰に言われるでもなく茜は決意していた。


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まる風太
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