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調査から始まる介護生活(後編)
調査員は笑顔になると「わかりました。そうですね、申し訳ありません。なにしろお会いするのが初めてなものですから、いろいろお聞きしなければなりませんのでお付き合いくださいますか?」
と、優しく話すが義父は「うむっ」と押し黙った。
少し間を置いて、調査員が言った。
「これは選ばれた方のところにだけ、役所から頼まれて訪問しています。結果を報告しなければなりません。
教師だった耕太郎さんの答えが、同年代の方の大きな助けになるのです」と笑顔で言う。
とたんに耕太郎の表情が緩み「それじゃ、仕方ないなぁ」
義父の年代にありがちな、お上崇拝がドンピシャだったようだ。亜沙子は調査員の柔らかい物腰に隠された、プロの技術を見た思いがした。
その後は義父の緊張も解けてきて、小一時間くらいの調査が予定通り終わった。
きちんと耕太郎にお礼といとまを告げると、調査員は亜沙子に目配せをし、二人で話が出来る場を設けてくれたのだ。
そこでは、耕太郎が居ると話しにくい事がらを存分に発散することができ、亜沙子はそれだけで気持ちが軽くなった。
思わず亜沙子が病名や病状に触れようとすると、優しく制止され「今日は介護の困りごとの調査です。日常生活で困っていることを聞かせてください」と言った。
「たとえば、同じことを何回も説明しないと理解ができず、家族の時間を取られてしまう、いつの間にか外へ出て帰ってこないので探しに行かなければならない、夜、寝ないので、家族がつき合わされて昼間の仕事に差し支える、着替えや身の回りのことが自分で出来ないので家族が介護している、失禁が多くて後始末が大変、などです」
どんなに病気が重くても日常生活が自立なら、介護の点数にはならないことも教えてもらった。
そして「ほぼ一か月内には、結果がご自宅に届きます。あとはケアマネジャーによく相談に乗ってもらってください」
さらに「ほんとは私の立場で言うことではないのですが、おそらく要支援ではなく介護の結果が出ると思います。
ご家族が考えておられるよりは認知症が進行しているようですから、専門医にかかられた方が良いかと思いますよ」とも言い残してくれたのだった。
私に辛くあたって来たのは義父ではなく、義父の認知症だったのかと亜沙子は気がついた。
優しかった義父が次第に変貌し、亜沙子は嫌われていると思ってきた。そのせいで夫とも争うことが増えていたのだった。
これまで鬱屈として世話をしてきた、ただの頑固者と思っていた義父は、目の前で一人の要介護者となった。
これからは自分が専属のケアスタッフになるのだと思うと、亜沙子はすっかり気持ちが明るくなっているのを感じていた。
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