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タンスの中の思い(後編上)
そのうちにパトカーのサイレン音が聞こえてきて、回転灯の光が目に入って来た。(立石さん、これも何かの縁。私が呼ばれたのかもしれないね、力不足かもしれないけどちゃんと傍にいるからね)泰子は腹を決めてパトカーから降りてくる警察官を迎えた。
ひとりが部屋の中に入り、一人は泰子から事情を聞く。
「ですから私は今日が初めてなんです。お会いしたこともなければこの方の事情も知りません」行政から依頼を受けて、見ず知らずのケアマネジャーがこの現場にいることがどうにも腑に落ちない様子で、何度も同じことを聞いてきた。
「とにかく、私がここにいるいきさつと、この方の経緯を確認してください」と介護保険課の連絡先と担当の氏名を渡した。
「すみませんが、まだお聞きすることがありますので、もうしばらくここに居てください」と警官は泰子を解放しようとはしない。
するともう一台の警察車が静かに到着し、数人の作業服の男が降りてきた。足早に室内に入ると、足元に転がっている生活道具を端に片付け、立石亮介の身体を動かし衣服を脱がせはじめた。
「硬いなあ」「ここに・・・寝かせて」「金?」警官たちの声がとぎれとぎれに聞き取れた。泰子は玄関で待機しながら中をのぞくと、立石氏は部屋の真ん中に丸裸にされ、玄関側に足の方を向けて寝かされていた。
おそらく背の高い男性だったのだろう、るい痩のため骨格ばかりが目立ち、開いた足の間から大きく黒々とした陰嚢が広がっているのが見えた。
なんと無神経なのだろうか。彼らは室内をアレコレ調べるのに夢中で、遺体がどう見えているかに全く関心を向けていない。
タンスの引き出しから現金が出てきたようだった。彼らはそれを一枚ずつ畳の上に丁寧に並べ始めた。仰向けに寝かされた丸裸の立石亮介は50万円ほどの紙幣で囲まれた。
それはどう見ても事件現場の絵面になり、ただならぬ空気をかもし出している。しだいに上階から降りてくる通勤者が増えてきて、そのたびに玄関先に立っている泰子を避けながら、全開された玄関の中をのぞいてはギョッとして立ち止まりそうになる。
警察は死者に慣れてしまっているのか、尊厳はないのか、泰子は次第に警察に憤りを感じる。この寒さの中で遺体を哀れに思う。せめて毛布一枚をなぜ誰もかけてやらないのか、なぜ玄関を開け放つ必要があるのだろうか。
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