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通夜の飛び入り客(後編下)

茜はサービス事業所への報告を忘れていたことに気がついた。吉野みちるが「あれから気になって眠れなかったんです。そうですかダメでしたか」と言い、自分も一緒に通夜をしたいと駆けつけてきた。

デイサービスで正勝が信頼していた一人の男性スタッフもまた、車を飛ばしてきて三人の通夜となった。そのころには部屋も温まりみんな落ち着きを取り戻していた。

必然、思い出話に花が咲いた。不思議と腹は空かなかった。泣いたり笑ったり過ごしていると、デイの男性が「写真撮りましょうよ」と言い出した。

みちるは「えー、不謹慎じゃないですかぁ」ととまどったが、茜が「いいんじゃない、生きてようが死んでようが大切な記念写真だもの」というと、急に活気づき撮影大会となった。

さすがに正勝の死に顔を撮るのはためらわれたが、柩を取り囲んでワイワイと何枚もスマホで写真を取りあった。

そのときだった。壁際から床を這う白いものが、高台に乗せられた柩にゆっくりと近づいてくる。それは形を変え、ちょうど山を渡る雲のように動きながら横に這ってきた。淡く白い色が濃くなったり薄くなったりしながら。

「見て、アレ」と咄嗟に茜が指をさす。その方向に目を向けた二人が一瞬目を見張る。その間に、白いブヨブヨした塊は柩のまわりに到達し、まるで正勝を包みこむようにしてとどまった。

みちるが目をまん丸にして「ヨシノさんだ!」と歓喜の声を上げた。正勝の妻、一年前に先立った最愛のヨシノだというのだ。

三人とも不思議と怖さはなかった。むしろ胸が熱く高鳴っていた。そうだ、間違いない。ヨシノが夫を迎えに来たのだと誰もが信じて疑わない瞬間だった。

「早く写真、早くはやく!」茜たちは正勝とヨシノを中心に脇から囲み、数枚の写真を撮った。白いものは、満足したように柩の後ろから壁を伝って上に登り、みるみる微かになり消えた。

スマホを確かめると、数枚の写真のうちの一枚に、それははっきりと映りこんでいたのだった。
不思議なことに、三人ともその出来事をあたり前のように受け止めていた。

夜が白々明けて身震いするほどの寒さを感じるころ、息子の勝司が通夜の部屋に走り込んできた。茜たちは勝司をねぎらいながら、息子にはこのことを話さないだろうなと思った。


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まる風太
チップ応援をいただいたことは一度もありません。予想もつきませんが、うれしいのでしょうか。責任が重くなりそうですが、きっとうれしいのでしょうね。