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デイサービスの朝(後編)
どれくらい時間が経ったのだろうか、しだいに寒さで下肢の感覚がなくなり、澄江は不安にかられてきた。
すると、遠くから小さな車が近づいてくるのが見えた。
「澄江さーん!」あ、私の名前を呼んでるような気がする。
デイの人が降りてきて車に乗せてくれたとたん、その心地よい温かさと安心感に意識が遠のくようだった。
いつのまにか家に着くと、マイクロバスが横付けされ、玄関で嫁の奈美子がいつもの職員と何やら話し込んでいた。
「そうなんですよ、何を言っても聞かないんです。むりにしようとすると暴力と暴言なんです」
「徘徊が広範囲にならないうちに、いま職員が多方面を捜索していますから」
「すみません、お手数ばかりかけてしまって」
「ああ、いいですよ。娘さんが謝らないでください。いつものことですから、心配されなくて大丈夫ですから」
「あ!帰ってこられました」小型車の到着に気づいたスタッフが足早に来て、笑顔で澄江を車から降ろした。
「娘さん! 澄江さん見つかりました。反対方向に歩かれていたようです。かなり薄着をされているので体が冷えてしまってますが、元気です。大丈夫ですよ」
「おかあさん!いったいどこに行ってたのよう!」と奈美子が泣き声になる。
「デイの車を迎えに行ったんじゃないの」憮然と澄江が答える。
澄江の言葉を受けてスタッフが笑顔で答えた。
「ありがとう。僕たちを迎えに来てくれたんですね、ほんとうにありがとうございます。でもこれからはもっと寒くなるから、家の中で待っててもらった方がうれしいですよ」
ほら、やっぱり嫁と違ってスタッフは私に優しい、と澄江は満足する。
「どうしますか?ご本人も問題ないようですから予定通りデイに参加されませんか。そのほうが気もまぎれるかと」スタッフが奈美子をねぎらうように言った。
澄江はそのままマイクロバスに乗せられた。
マイクロバスの窓から、玄関先で奈美子が両手で顔を覆い、肩を震わせている様子が見えた。スタッフと話している。
「もうそろそろ、施設を検討しても良いと思いますよ。十分頑張ってこられましたから、私たちは娘さんのほうが心配です」
「なぜか、息子がいると思い込んでいるようなんです。認知症もあそこまで進んでしまったら、施設に入ってもほかの人とやっていけないでしょうし、迷惑がかかってしまいます」
「澄江さんの認知症は、誰かがついて居れば大丈夫ですから。一人では大変ですが、施設にはプロが大勢いますからね、娘さんはもう、自分のために暮らしていいと思います。お互い、距離を取るほうが関係も良くなるものですよ」
嫁の奈美子がまたスタッフに私の悪口を言っている、と澄江はそう思った。
マイクロバスが動き出して何も聞こえなくなる。
澄江はいつものように、楽しいデイに向かうウキウキ気分を感じていた。
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