男性依存症(後編)
陽子のかもし出している空気から、十分にデートの内容を察することが出来た。
表情に出さずに「彼とゆっくり話ができましたか」と聞くと、うるんだ目で一気に話し始めたのだった。
朝、駅で出迎えてその足でホテルに直行したこと。夜半帰宅するまでずっとホテルの一室で過ごして幸せだったこと。陽子は開いた口がふさがらなかった。
気を取り直して「じゃあ、たくさん話が出来て彼のことをよく知ることが出来たね」というと「顔見てるだけで、ほとんどしゃべらなかった」という。
「初めて会う人でしょう。誘われてもいきなりホテルには行かないんじゃないの?」とつい非難口調になってしまい、ゆかりがどうして?という顔をした。
「一般的には、まずお茶してお互いの紹介などをしない?それから映画を見たりショッピングをしたり公園を散歩したりして、たくさん話をするものだよ」とちょっと古典すぎたかなと、陽子は言いながら気恥ずかしい思いがよぎる。
「えー、そんなのつまらない」「でもいきなりホテルはないと思うよ」するとゆかりは「だってわるいもの」というではないか。
意味が理解できずに「悪いってなにが?」と聞くと「遠く(他府県)から時間とお金使ってきてくれたから」その返事に陽子は絶句する。
まるでセックスがお礼のつもりのようだ。陽子は危機感を感じて言及した。「子供ができたらどうするの?」
「大丈夫、行く前にいつもの先生のところに行ってお薬もらったから」ゆかりは平然とそう言った。
「いつものってあなた、婦人科の先生がいるの?」「うん、もう何年もお薬もらってる」ゆかりには全く罪悪感がないようだった。
彼女の使用している薬はアフターピルで、行為後〇〇時間内に服用することで妊娠を避けることができる。安易に処方する婦人科の医師に腹が立つのを覚えた。
いやいや、医師もむやみに処方はしないだろう。おそらく陽子が考えていたよりゆかりの性依存は重症だったのかもしれない。医師はそのことを知っているから処方したのであったにちがいない。
セックスを代償にするとき、男性がこよなくやさしくなることをゆかりは知っていたのだ。男性のあたたかさに触れるために行っているのではないのか。
だとするといわゆる性依存ではない気がする。また、恋にとらわれて肉体的にも精神的にも悪影響がでるような恋愛依存でもない。
もしかしてゆかりは無意識に父親のやさしさやあたたかさを求めているのではないだろうか。
いづれにしても一人で克服するのは困難な病気(と呼んで良いのか疑問があるが)のようだ。専門的な支援を受けながら、健全な女性の感覚をとり戻す必要があるだろう。
もう一度、精神科の医師に相談してみよう、と陽子は思う。
ゆかりは自分の理屈が偏っていることに気が付いていない。男性からの目を引く魅力を備え裕福な両親を持ち、ほしいものがなんでも手に入るゆかりには頑張る必要がなかったのだろう。
ゆかりに自立できるチャンスがあるとすれば、何か困難な状況が必要かもしれない。障がい者の人生は高齢者の支援とは異なり、方向性が見えなくなることがある。
その時は本人、支援者ともにリセットの時間が必要になる。つかず離れず、ソバに居ることで答えらしきものはクライアントが自分で見つけてくるものだ。
それまで同じ距離で見守り続けることしかできないのかもしれない、と陽子はどうしようもない苛立ちを押さえた。