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記憶の断片

ふうちゃんさんのイラストをお借りしました。

少し前のnoteにかいたけれど、ある日突然の出会いから、個展をすることになったと言うお話の続き、というか、どうしてそうなったかと言う経過をほんの一部書いてみる。
☆彡

あれは30代。娘が3歳くらいの、ある晩秋?の連休だったと思う。
その年の春。夫は大病をし手術をして、8月から会社に復帰した年。
夫は休日になると、「1人で西国三十三ケ所巡りをする」と言って、いつも私と3歳の娘は家に残された。

その時も泊りがけで出かけていて、残された私と3歳の娘と2人、TVを見ていた。連休の世の中は、家族連れでお出かけし楽しそうな映像ばかり、偶然に、ハーバーランドオープンの賑やかな映像が目に入った。

「Mちゃん。ママとおでかけしましょうね」と、私は急いで支度すると、娘を連れて電車に飛び乗った。(その当時、駅に近いマンションでした)
あの頃の神戸の街やハーバーランドは、華やかで活気にあふれていた。

デュオギャラリーの前を通ったとき(現在と場所はちがいます)、とても気になる絵が目に入った。でも、小さな娘がいたから、素通りして先に子供が喜びそうな、オープンしたばかりのハーバーランドの海の方へと行った。

ひとしきり遊び、娘も私も満足した帰る道すがら、ギャラリーの前を通ったとき、今度は、気になったその絵から、引っ張られる何かエネルギーのようなものを感じ、ふらふらと娘の手を引いてその絵の前にたたずんだ。
50号くらいの北欧の白い太陽を描いた絵だった。

その絵の前から、私は身動きが出来なかった。どれほど時間がたったかわからなかったけれど、背後で人の気配がした。でも私は絵に惹きつけられているので振り返ることもできなかった。
「気にいりましたか?」という、男性の声が背後でした。私は振り返りもせず「はい。心が温かくなる絵ですね」と言った。
「これは、北欧の太陽を描いていて、周りには子供たちが遊んでいるのです」という、答えが返ってきた。そこで私はハッとして、声のする方をふり向いた。

そこには、ひげを蓄えた、サンタクロースのような初老の男性が笑顔でたっていた。
「この絵を描かれたかたですか?」と、我にかえり訊いた。
その男性は、満面の笑みでわたしを見た。その時、娘のことを思い出し、ハッ!としてあたりを探したら、入り口の所に座っている、優しそうな初老の女性とお話をしていた。

その日。私は先生と奥様と初めての出会いをした。
先生は嬉しそうに奥様に「彼女ね。僕の絵を気に入ってくれたようだよ」とお話しされた。そこで、年明けて元町にある海文堂ギャラリー(今はありません)での個展の案内葉書を手渡してくださった。「ぜひ来てくださいね。初日はパーティするから、お嬢ちゃんも一緒に。凄く楽しいから」と、言われた。

流石に、翌年のパーティには行けなかったが、その年、8号ほどの絵を購入した時から、個展の度に先生手書きメッセージの入った国内での案内状を毎回頂くようになり、その年の冬のアベニュー神戸(もうありません)での個展からは、パーティに参加した。絵画のファンの様々な方々がいらっしゃった。

ワインや飲み物、スウェーデンのお菓子や食材、大丸などで購入したお惣菜などをテーブルに並べ、画廊の中での気取らないパーティ。娘以外にも小さな子供もいて、クリスマスパーテイのようだった。娘は大喜び。
そのパーティの間に、絵の話を皆さんにしたり、パーティの参加者の方々を紹介されたりした。私はそこで知り合った方々に、個展の時、随分とお世話になった。

先生は海外でも個展の時は、奥様とご子息と一緒に会場にいらっしゃったようだ。サンタクロースのような先生の魅力も人を惹きつけるひとつだったけれど、奥様とご子息の優しいお人柄に、お二人のフアンの方々も多かった。
あの頃は、先生経由で様々な方々としりあうきっかけとなった。

初めての出会いの時まで、私は絵もお名前すら存じ上げなかった。伊勢丹や他デパートでも個展をされ、後に北欧では有名な先生だと知った。先生の自叙伝を知ると、ただ絵を描くためだけに、その時代、とても真似のできない体験を数々されている。それを支えた奥様やご子息も素晴らしい。

あの日あの時、画廊にいてくださり、お声かけしてくださったおかげで、私は個展をする運びに繋がった。そういう方々が多かったし、いまも変わらないようだ。

後で、偶然に私の娘の絵画の先生とも知り合いだったし、後に有名になった児童文学作家の方とも知り合いになった。他色々と繋がる出会いがその当時あった。書ききれない。とっても楽しかったけれども、自分でもよくわからない不思議な時代でもあった。

私たち家族が上京した頃も、数回、個展の時に青山の画廊にお伺いしたことがあったが、先生の奥様が亡くなられてから、絵の雰囲気が随分と変化されていた。私が出会った頃の作風とは、違う感じだった。

神戸の画廊で私の夫とも会ってくださったし、そういえば出会った頃のあの当時、家でささやかなクリスマスパーティもやった。先生とご子息が来てくださった。思い出した~。

その後、随分若い方と再婚されたけれど、(横浜であった、その再婚の式と披露宴に、わたしと娘は出席した)今は一人になられているそうだ。
親の看病やお葬儀、娘の結婚や出産、さらにコロナ禍もあり、引っ越しもありで、かなりご無沙汰してしまったけれど、今思い出しても楽しかった思い出である。
人との出会うご縁は、本当に不思議なものだとおもう。(スピ系で言うなら、生まれる前の自分のシナリオ?!)

長々と書いてしまいました。


ありがとうございます。