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シロクマ文芸部/壊れるまで僕は使う


初めての世界征服は至上の快感をもたらした。
今しがた押したボタンはまだ手の中で温かい。
都市は業火に包まれ、吹き上がる噴煙と倒壊したビルの凄まじい砂埃で
視界は完全に遮られていた。灰色の幕が渦になってはためいている。
文明は滅びた。この手にあるボタンによって。そして帝王が誕生した。
男はほくそ笑む。世界を掌握した喜びに酔いしれた。
だがふと背後から足音が聞こえた。生き延びた者がいろうはずのないのに、ト、ト、ト、ト…と、ゆっくり近付いてくる。カチャカチャ…と不安定な振動音と共に。男は息を潜めて気配を消した。
足音が止まると一層緊張感が増す。数秒の静寂が永遠のように続いた。
だが間もなくして「ご飯置いとくわよ」と声がした。
夕食が乗ったお盆を母親がドアの前に置き配する。
けれど男は返事をせずに、エンドロールの流れるゲームの画面を見ていた。
たった今、自分の押したコントローラーで廃墟と化した星が映っている。
その映像が暗くなった狭間にモニターの前に座ってる自分の顔が見えた。
どこから見ても不細工で、明らかに運動不足の肥えた図体と弛んだ頬の。
中学二年生から18年間引きこもってる、なにも手にしていない男がいた。

ああこのゲームもまた制覇してしまった。
新しいコンテンツをダウンロードしても、24時間暇なゲーム廃人だからすぐクリアしてしまう。コントローラーボタンは連打のせいで壊れかけているが
ティッシュボックスをむしって小さくたたんだものを挟んでおけば、ちゃんと作動する。おかげでこのゲームもクリア画面を拝めた。だがそれもやがて消えた。男の戦いも終わりを告げて、支配していた巨大都市は、セーブすればまた元通りになる。
夕食を取りに立ち上がって、なるべく隙間が小さく済むように開いた扉からさっとお盆を引き抜いてそっと閉めた。
いい匂いがする。今日は焼き鮭と大根と鶏肉のみぞれ煮。あさりとあおさの味噌汁。白飯が進みそうな献立で、香りのせいで腹がぐうんと減った。
明るいのが苦手だから、照明を点けずにモニター画面の光だけで食う。
もう十年以上締め切ったままのカーテンはうっすらカビが蔓延っている。
だからってどうでもいい。顔をチカチカ発光させながら飯を口に運んだ。

男の世界はこの六畳だけ。外のことはなにも知らない。
さっきまで眼前に広がっていた都市は幻。マンガに囲まれた部屋が全て。
そしてまだしばらくはここから出る予定はない。
レベルアップするため今のゲームをもう一度初めからやる。今夜も徹夜だ。
コントローラーもまだかろうじて動くし、両親も元気だ。
どっちもまだ大丈夫。自分のために充分機能してくれている。
壊れるまではちゃんと使う。あるものを大事にしろって言われて育ったし。
男は甘く煮込んだ大根をがぶりと噛みしめて、うめえ、とひとり頷いた。


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こちらの企画に参加させて頂きました。
初めての締め切りギリギリでした。
タイトルはカステラから借りました。
今年こそ面白いものを書ければいいなあと思います。


#初めての

#シロクマ文芸部



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渡鳥
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