シロクマ文芸部/My Little Lover
木の実と葉が敷き詰められた木々の間を僕らは歩いていた。
「すうと初めて出会ったのもこの森だったね」
恋人のすうは「そうね」と頷いた。とても可愛らしい声で。
踏みしめる枯れ葉がしゃりしゃり鳴る。
森の道は一面落ち葉のじゅうたん。黄色と赤のモザイク模様。
あちこちに転がってる木の実やどんぐり。
暑すぎた夏がやっと去って散歩にちょうどいい深秋の午後。
僕らの服装も落ち着いたテイスト。旬の味覚と同じ色合い。
澄んだ空気に揺らめく柔らかい日射し。優しい葉枝のさざ波。
それが僕の背中を押した。 今日がいいと決意させた。
「誰もいなくて静かね。こんなに素敵な所なのに、みんな知らないのね」
すうは微笑んで胸元までの栗色の髪を細い指でするりと撫でた。
「ほんとだね。僕たちだけの庭みたいだな」
答える僕は歩みを緩める。言葉を探して目線を落とした。
黒のコンバースと紅葉の葉は案外絵になると関係ないことを思いながら。
「すう。僕たち今日で終わりにしよう。ここでお別れしよう」
振り向くとすうは大きな黒い瞳で僕を見た。
ぱちくりする瞬き。長い睫毛。小さな口元をじっとつぐんでいた。
「もういいよ、すう。今までありがとう。とても楽しかった。
君のことが大好きだったよ。ずっと君を忘れない。
だからもうここでお帰り。出会ったこの場所でさよならしよう」
すうの目から涙が一滴溢れた刹那、僕の前にいた彼女が消えた。
代わりに現れたのは栗色の尻尾をくるりと巻いた一匹のリスだった。
もじもじと手を擦り合わせて俯いていた。
僕は彼女の前にそっとしゃがんだ。
「やっぱり君だったんだね。
一年前に僕が助けたあの時のリスだろう?
ここにスケッチに来ていた時だよね。
木に引っ掛かっていた凧糸が
リスの足に絡まっていたのをほどいてやったのを覚えているよ。
そのお礼に来てくれたんだね。
僕は売れない画家でずっとひとりだったから
君がいてくれてとても楽しかった。
とても幸せだったよ。
だから今度は僕が君にお礼をしたい。
もう本当の姿に戻っていいよ。
君は森の住人だ。君の住処でお暮らし」
小さなすうの体をそっと撫でた。
ふさふさの尻尾に触れるとすうは少し悲しそうにきゅうっと縮まった。
「いいんだよ。僕はずっと知っていた。
だって君ったら時々僕が眠ってると思って尻尾をブラッシングしたり
どんぐりをたんまり棚に隠したりしていただろう?
そんな君が可愛いくて愛おしかった。
素敵な毎日をありがとうね。
本当に感謝しているよ」
すうは僕の手のひらにそっと頭を擦り付けると
大きな目で見上げて微笑んでるみたいに前歯を見せた。
そして落ち葉の中を駆けていった。
ロールケーキみたいな尻尾が見えなくなるまで見ていた。
さようなら。
可愛くて小さな僕の恋人。
本当は最初現れた時から知っていたんだ。
だって君ったら自分を「すり子」なんて名乗るんだもの。
そんな名前いないよ。
きっと人間のことを慌てて勉強してきたんだな。
だから「すう」って呼んでたけど
その呼び名を僕は気に入っていたんだよ。
とってもね。
ふうっ、と息を吐いて天を見上げた。
木立の隙間に澄み渡る空はなんて高い。
手を伸ばしても届かないほどに。
涼しい風に踊る枯れ葉がかさりと僕に囁いた。
“また会えるさ”
うんそうだね。
でも元気でいるならそれでいいんだ。
センチメンタルな季節でよかったよ。
もし誰かが通り掛かっても
僕が少し涙を拭っていたって
秋がそうさせると思ってもらえるだろうからさ。
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こちらの企画に参加させて頂きました。
初めて書かせてもらいました。宜しくお願いします🍁
お気持ちだけで充分です。ご自身のためにお納め下さい。